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105 旅の途中にて

王都を出てから、6日目の朝。

現在、朝食のお時間です。


「昨夜のお嬢様はパワフルでしたねー。自分の家だからって、まさか下着で廊下を歩いてくるとは思わなかったですよねー」

「「・・・」」

旦那様にもマイクさんにも、無視されてしまいました。ちなみに、下着で歩いてきたお嬢様を捕獲するのに、護衛さんたちは『どこを触ったらいいんだ!?』と一瞬戸惑ったのだとか。でも戸惑ったのは一瞬だけだったそうです。プロだね!


結局、宿泊先では毎晩、お嬢様方が旦那様のお部屋に忍んできています。王都から離れるにしたがってお嬢様方の積極性が上がるみたいです。なんとかして王子様をゲットしようと試みているみたいですが、どう考えても成功するとは思えないのに、みんなよく頑張るねという感じです。


「去年もこんな感じだったんですか?」

「今までは“たまに”積極的な方が居たくらいですね。去年に関して言えば、まだマリア嬢の件が周知されていなかったようですので比較的平穏でしたよ。今年はちょっと異常です」


マイクさんが淡々と解説してくれました。ああ、なるほど。マリアちゃんの件からもう一年くらい経ちますもんね。

旦那様の妻の座に立候補していたマリアちゃんは筆頭侯爵家のお嬢様ですので、他のお嬢様は遠慮していたのだろうということですね。まぁ、遠慮というより、マリアちゃんに睨まれたら、怖いもんね。


そして、朝食後は食休みもそこそこに、馬車移動です。


王都を出て2日目の、隠し通路を通ってきたお嬢様はゆるふわ系で、3日目のお嬢様は天然を装った計算高い系、4日目のお嬢様は思い込みの激しいイタイ系で、5日目は肉食系でした。


「今夜はどんなお嬢様が来ますかねぇ。これまでとは違うタイプだとすると・・・清純派を装った腹黒系とか、エロカワ系とかどうですか?」

「「・・・」」

また二人に無視されました。



そして、夕方に到着した本日の宿泊地は、子爵家のお屋敷でした。お出迎えしてくださった子爵家の皆様の中に、若いお嬢様は・・・おお!居ない!居ないよ!


「リィナまだ喜ぶのは早いですよ。今日は晩餐会だそうですから、そこで登場するかもしれません」

「なるほど。あえてお出迎えには出ないで、ドレスアップした姿で満を持して登場するって魂胆ですね」

こそこそとマイクさんとそんなことを話していたら、護衛さんたちに笑われてしまいました。でも護衛さんたちも気持ちは私たちと同じです。毎晩毎晩、本当に迷惑しているのはむしろ護衛さんたちかもしれません。


そして、夜。

通常、晩餐会っていうと夜9時頃から始まるらしいのですが、事前に晩餐会の打診をされた時に旦那様が

『旅で疲れているので、早い時間に始まるなら』と伝えてあったらしく、夜6時から始まっています。


そして、夜9時をまわった頃。


「リィナ、起きてるか?」

「起きてますよ、どうぞ」


旦那様といえば、相変わらず私の部屋に逃げてきています。もちろんベッドには近寄らせません。とは言っても今回私に与えられたお部屋には居間はなく寝室メインのお部屋。つまりベッドもソファーも一部屋に収まっているため、あまり意味はない――いや、そんなことはない、心構えが大事。


というより“起きてるか”って聞いてきますけど、寝ていても部屋に入ってくるわけだから、むしろ起きていなきゃならないんですよ?わかってます?私も疲れてるんですよ?


旦那様とは最初にお嬢様が来た日以来毎晩、騒ぎが起きるまでは二人でお話ししてたり、お酒飲んだり、お茶を飲んだりしながらまったりしている感じです。旦那様は今日はお酒とグラスを持参です。


「晩餐会はいかがでした?」

「ああ、案の定だった」

案の定ということは居たんですね、お嬢様が。マイクさんの洞察力がすごい・・・旦那様のお話では、『子爵の叔父の妻の友人の娘』のお嬢様が晩餐会にいらしていたそうです。子爵とは他人だよね、その子。


短い時間とはいえ毎晩旦那様と二人で過ごすので、旦那様と二人で居ても気を使わないことに慣れてきました。たまにお茶を入れてくれとは言われますが、お酌を頼まれることはありません。社会人歴そこそこ長いですから、お酌くらい抵抗なくできますけど頼まれません。というわけで頼まれないならやりません。そういえば地球でも欧米だと、お酒は男性が注ぐものでしたっけ?ワインとかは確かそうでしたよね、そっちの文化に近いのかしら。だとしたら私にも、もう少し飲ませてくれてもいいのになー


「リィナ、お前酔ってるな?」

「酔ってませんよ?」

「・・・お前は酔うと饒舌になるんだ」


えっと・・・私、どこから声に出していたんでしょうかね?


グラスを取り上げられた私は、おとなしく紅茶を飲むことにしました。

お菓子はガマンです、夜食べると太るからね。


旦那様は晩餐会の後だってのに、おつまみ食べてます。まだ若いし鍛えてるから代謝もいいんでしょうね、ケッ。


平気でおつまみを食べている旦那様を見ながら、ちょっとヤサグレていたら、マイクさんが部屋に入ってきました。いまノックしなかったよね!?


「どうやら本日は大丈夫そうですよ」

「そうなんですか?お嬢様どうしたんですか?」

「それが、少しでも細く見せるためにコルセットをきつく締めていたらしくて、腹痛でそれどころではないようです」

「「・・・」」

マイクさんの報告に、私も旦那様も反応できませんでした。だって、お腹締めすぎて腹痛って、どんな状態よ!?でも少し休んでから来る気かしら・・・?


「マイク、お前も飲むか?」

今日の襲撃はもうないだろうと判断したのか、旦那様はマイクさんにお酒を勧めます。

「そうですね、いただきます」

マイクさんは少し考えたあと、そう答えました。旦那様はマイクさんにソファーを勧め、マイクさんは座ってお酒を注ぎ始めました

「あの旦那様?今日はお嬢様が来ないなら、自分たちの部屋で飲んだらどうですか?」

「「・・・」」

無視されました。ムムム。




「それにしても、どうにかならないですかねぇ」

しばらく経つと、お酒を飲んだマイクさんが、愚痴り始めました。では私も便乗して。

「本当にねぇ。どうにかならないですかねぇ」

私の相槌に気をよくしたのか、マイクさんは更に愚痴ります。

「まだマリア嬢が居たときは防波堤になっていたのに」

「そうでしょうねー。マリアちゃん怖いもんねー」

「シオン様は年齢的にもそろそろ正式に婚約してもいい年頃ですから、なおさらお嬢様方が近寄ってくるし」

「へぇ。やっぱり王族って、結婚とか早いんですか?」

「マイクお前ちょっと黙れ。結婚年齢なんてそんなの人それぞれだ。父上が王妃と結婚したのは36才だし」


へぇー、そうなんですか。晩婚なんですねー・・・そうか、戦争してたからかな?人質として来たって言ってましたっけ?

そして、ちょっと気になる発言がありましたよ。いい機会だから聞いてみます!


「どうして旦那様は自分の母親なのに『王妃様』って呼ぶんですか?」


公式な場ならわかりますけど、どうしてこんな飲み会みたいな雰囲気でも王妃様って呼ぶんでしょうね?


「・・・育てられた覚えがないからな。母親だと思えないんだ」


うわっ、どうしよう!聞いちゃいけない系だった!?


「クリスの話では、あの人は俺を生んで、適当に名前をつけてからは、子育てを放棄したらしい」

「名前、名前ですか?シオンって?適当ってことはないでしょう?まぁ、ちょっと安易な気もしますけど、きれいな花だし良いじゃないですか。」

「花?」

「え?赤と青で紫なんじゃないんですか?あ、男の子としては花の名前というのが気に入らないとか?」

「・・・お前が何を言ってるのかまるでわからないんだが?」

「リィナ、酔っているのはわかりましたが、もう少し順序だてて話してください」


酔ってないし!!


そんな訳で、久しぶりに漢字を書くことになりました。

『紫苑』

“苑”を“怨”で書きそうになったのでグリグリと塗りつぶしました、フゥ。この間違いは墓まで持って行く秘密です。そしてイラストも描くことになりました。

「この、真ん中が黄色くてですね、あと花びらがこういっぱいあってですね・・・」

「「へー」」

「この世界には無いんですか?」

「無いな」

「無いですね」

「そうなんですね。なんだ、てっきり赤国と青国の王族が結婚したから紫なんだと思ってたのに」

「・・・知っていたのかもしれませんね」

「マイク?」

「王妃様は知っていて、お名前に『シオン』と入れたのかもしれませんよ?ヘンリー殿下とシオン様に対する、王妃様なりの精一杯の愛情表現だったのでは」

「・・・あの人がそんなことをするとは思えないな。偶然だろう」


旦那様はちょっと目を彷徨わせながらそう言うと、グラスの中のお酒をグイッと空けました。きっと照れ隠しですね。


「秋の花で、きれいな薄紫色なんですよ。よかったですね、旦那様」

「うるさい」

「顔赤いですよ?」

「酒のせいだ」

「えー」

「うるさい、お前も飲め」


お!やった!


「いただきまーす」


その日のお嬢様の襲撃は結局無く、3人での酒盛りは続き――――そして、朝。


「ぅ・・・ん」


すっごく喉が乾いて、目が覚めました。鳥の声がチュンチュン聞こえます、朝です。でもまだ薄暗いから早朝です。


あー、しまった。飲みすぎて寝落ちしたのかも・・・


もそもそとベッドから起き上がると枕元に水差しがあったので、とりあえずお水を・・・


ごくごくごく・・・ブフォ!


吹いた、吹きました。

目線の先、ソファーの上に寝転んでいるのは旦那様、とマイクさん。


「な、なにそんなところで寝てんですか!なんで自分の部屋に戻らないんですか!?」


私の声で目を覚ましたマイクさんが頭を抑えながら起き上がった。

「ぅ・・・飲みすぎましたね。シオン様、起きてますか?」

「・・・(ZZZ)」


旦那様の寝起きの悪さは相変わらずです。


「リィナ、もう起きますよね」

立ち上がり伸びをしながらマイクさんがそう聞いてきた。

「・・・驚きすぎて眠気は吹き飛びましたよ。なんでソファーで寝てるんですか」

「寝ぼけてリィナのベッドに潜り込もうとしていたシオン様を引きとめてたんですが、途中で私も酔いと眠気に勝てず、寝てしまったようですね」

「・・・ソレハ、アリガトウゴザイマス」


旦那様を抱えて部屋に戻ればいいだけじゃん、という言葉は、とりあえず飲み込んでおく事にします。


「とりあえず、シオン様をもう少し寝かしてあげてください。」

「はぁ、まぁいいですけど、ここで?」


そう言った時、シオン様が起き上がった。といってもノロノロとだけど。

そしてフラフラと歩き・・・私の寝ていたベッドに近付いていき、モソモソと布団に潜り込み・・・


ハッ!


「やっ、ちょっと旦那様?寝るならご自分の部屋で――」

「――ん」


“ん”じゃなくてですね!


「リィナ、寝かしてあげて下さい。私は部屋にもどります。シオン様が居てはこの部屋で身支度しづらいでしょうから、別の部屋を用意させましょうか?」

「・・・いいです。バスルームに鍵かけて仕度しますから」

「そうですか。では、またあとで。朝食の時に」

「はい」


とりあえずシャワーを浴びよう。洗面道具と着替えを持ってバスルームに引きこもろう。

ベッド横のクローゼットから荷物を取り、ふと旦那様を見ると、安らかなお顔で寝ています。


なんか、あれかな?弟とかいたらこんな感じなのかな?一人暮らしの姉の部屋に、夜更かしして家に帰りそこなった弟がやってきて“ねーちゃん悪ぃ、すこし寝かせて”的な?まぁ、私は弟はいないからわかんないけどね。


旦那様は寝心地が悪かったのか、なんかモソモソと動いて枕に顔をうずめました。そしてなんか呟きました。

「はい?なんですか旦那様?」

「・・・リィナの匂いがする」

「セクハラか!」

とりあえず、突っ込みつつ頭をペシッと叩いてしまった私は――今回に限り、不敬罪にはならないと思う。











【護衛Dの夜勤報告書】


6日目。明日にはご領地に到着するため、最後の宿泊地。


夜9時過ぎ、シオン様がリィナさんの部屋に到着。


10時前、マイクさんがリィナさんの部屋に到着。お嬢様の来訪はなさそうだとのこと。


10時半頃、にぎやかな声が聞こえたので、一度様子を覗く。シオン様が楽しそうで何よりだ。


11時頃。まだ飲んでいるようだ。みなさんお強いですね。


12時頃。まだ飲んでいるようだ・・・が、リィナさんは寝ている。寝ているリィナさんに膝枕をしているシオン様を、マイクさんが諌めている。


1時頃。みなさんお休みになったらしい。マイクさんはソファーに寝ている。シオン様は・・・リィナさんとベッドに。シオン様、無断で同じベッドで寝たら、リィナさんに怒られますよ?


2時頃。シオン様とマイクさんがそれぞれソファーで寝ている。どうやらマイクさんがシオン様をソファーに戻したらしい。懸命な判断です。さすがマイクさん。


3時頃。特筆事項なし。


以後、皆様お休み中。やはり毎晩の襲撃にて皆様お疲れの模様。


朝5時前。リィナさんの声。シオン様とマイクさんが部屋に戻らなかったことを咎めている模様。シオン様が一緒に寝ていたことはバレていない様子。

その後、自室に戻るマイクさんに口止めをされました。以上。




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