99 友の結婚
クリスさんに移民を打診(仮)されてからというもの、なんとなく気分がモーンとしています。モーンってなんだろう。意味があるわけじゃないんだけど、なんかモーンとしてるんですよね。
・・・でも帰るよ私は。帰りますけどね。
まぁ、わたしの気分がどうであろうと、日常というのはどんどん過ぎ去っていくもので。
明日はアリッサの結婚式。そして本日、アリッサが退職します。
明日の結婚式はナンシーやミシェルと一緒に出席するのですが、それにしても前日まで働かせてしまってゴメンネ。きっと私の・・・いいや、旦那様の所為。
「いいのよ~ぅ。前日まで働く代わりに結婚式の準備は口だけ出してあとはやっといてもらえたしー、旦那様からもクリスさんからもお祝い沢山もらえたしー、ウチのダーリンは騎士団所属なんだけど、領地での結婚式の準備期間としてお休みた~くさんもらえたしぃー、ぅふふふふふふっ」
・・・う、うん・・・よ、よかったね・・・?
さて、退職の日は朝から別れのご挨拶があります。
使用人全員でのお別れ会はしないので、みんな個別のお別れは昨日までに済んでいます。なので今日は挨拶と、お屋敷を出て行くところを見守るそうです。
使用人用の玄関前に集まったのは、ハウスメイドのみんなと、執事補佐ズと、ミシェル。
「さて、揃いましたか?」
執事長のフレッドさんがそう言うと、ちょっとザワザワしていた空気が静まります。
「アリッサ、今日までよく働いてくれました。あなたの真面目さや素直な性格は何よりも得がたい資質です。これからは貴族の奥方として慣れない苦労もあることでしょうが、あなたなら良き妻として夫をささえていけるでしょう。」
「ありがとうございます、フレッドさん」
「アリッサ、私からはこれを」
そういってキーラさんが綺麗に包装された箱を手渡します。アリッサはなんだろうという顔をしています。
「あなたがこれまでしてきた仕事を本に纏めました。お嫁入り先の使用人頭にお渡しなさい。」
「・・・あ!キーラさん、ありがとうございます」
えーっと?
「ナンシーさん、どういうこと?」
「このお屋敷でハウスメイドを勤め上げた女性が嫁に来るんだから、そりゃ向こうの使用人たちは自分たちの仕事ぶりに何か言われるんじゃないかと戦々恐々としてるでしょうねってこと。」
ああー、なるほど。アリッサは使用人たちに文句を言うような子じゃないけど、そりゃ使用人側としては元ハウスメイドの若奥様にドキドキしてるでしょうね。アリッサがこの屋敷でどんな事をしていたかが分かれば、それだけでも安心するか。
そう考えると、もし旦那様のお相手が以前のマリアちゃんだったら、私達に文句とか言いそうだったね。うん、マリアちゃんじゃなくてよかったね。
アリッサは何人かと挨拶を交わしています。私たちは明日も会うのでこの場は遠慮してます。
一通り挨拶が終わったところで、再度整列します。
アリッサは全員を見渡してから、とても美しい礼をしました。
スカートをつまみ片足を下げて腰を折るそのお辞儀は、散々やってきた淑女の礼よりも更に丁寧な礼で、本来なら最上位の方・・・つまり陛下に対して行なうもので。
「皆様、いままで有難うございました。」
頭をあげたアリッサは、いつもの笑顔でそう言って、あとは振り返らずに去っていきました。
なんだかしんみりしつつも、みんな解散していきます。私もナンシーと一緒に移動し始めます。
「アリッサのお辞儀、素敵でしたね」
「そうね。リィナが来る前にね、」
「はい?」
「うん、前のメイド長が退職したのよ。シオン様の乳母をしていた人でね。その人が最後の日に、ああやって私達部下全員に最敬礼をしていってね・・・アリッサも、それに倣ったんだろうね」
「最敬礼って、通常は同僚にするような礼ではないのだろうけれど、『いままでありがとう』という気持ちも、これからも働く私達への激励もつまったような、素敵な礼でしたよね」
「そうね。これからはこの屋敷を退職するときの、恒例になるかもね」
うん。私も帰還するときは、あんなふうに素敵なお辞儀をしたいな。
そして、翌日。
結婚式は儀式場で行なわれます。たいそうな名前だけど別に怪しい儀式をする場所とかではなく、教会みたいな感じ。祭っているのはこの世界の女神様らしい。この世界の最高神が“女神”ってところも、もとは日本人な茶国から派生した影響からですかね。
儀式場の中は、入口から真っ直ぐ通路があり、通路の左右に分かれて椅子が置かれていて、奥には祭壇があるという、まさに教会スタイル。
私達はアリッサの親族席の後方に着席します。
本来なら、侯爵家のご令嬢であるナンシーはもっと上座になるらしいんだけど・・・というよりアリッサのお嫁入り先は武門貴族のお家のようなので、武門の筆頭侯爵家であるナンシーはアリッサの旦那様側の席にご招待されてもおかしくないらしいのですけど、今日はあくまで『同僚のナンシー』で参加するんだって。
オルガンの音が鳴り始めました。しばらくすると入り口のドアが開き、新郎新婦が入場してきました。
二人でゆっくり祭壇まで歩いてきます。
アリッサのドレスは青緑色。白じゃないんだね。
新郎は白い騎士服。白い騎士服って初めて見たけど、儀式用なのかな。
儀式長さんの前まで進んだ新郎新婦は、揃って床に跪きます。
そして長い説法が・・・説法が長いのはどの世界でも同じなんですね。
ただ、女神様に誓ったり、女神様が許可したりはないみたいで、お互いを妻に夫にすることを宣誓して、書類にサインして、誓いのキスをして、終了しました。
そして全員の拍手の中、新郎新婦は退場。
私達は、そのあとのパーティーに参加するため、別の扉から儀式場の奥の庭へと移動しました。
ガーデンパーティーです。
「ナンシー、この世界ではあれが一般的な結婚式なんですか?」
「うーん、一般的といえば一般的だけど・・・一般的な貴族の結婚式、かな。」
ナンシーの話だと、そもそも貴族って陛下の許可がないと結婚できないらしく。
そして、さっき二人がサインしていたのは、その許可証だったらしい。
そしてサインした書類をまた提出しないとならないので、結婚式を王都でする貴族が多いらしい。
そして領地に帰って、もう一度結婚式をするので、王都では結婚式後のパーティーは控えめに、参加者に挨拶する場を設ける程度で済ませて、領地での結婚式後はどーんと3日間続けて夜会をやったりするんだって。
「・・・大変なんですね」
「アリッサが『ダーリンが休みを貰えた』って妙なテンションで言ってたでしょ?普通は新郎が王都勤務だったら新婦一人で領地に帰って準備しないとならないらしいわよ。」
あの時のハイテンションの満面の笑みは・・・だからですか。
しばらく軽食をつまんで雑談をしていたら、あちこちに挨拶をし終わったのかアリッサがこっちにやって来ました。
「みんなー」
「おつかれさま、アリッサ」
「ご飯たべれた?」
「食べてないよぅ」
「じゃあ、お食べお食べ」
「飲み物もあるよ」
「うううっ、ありがとう」
新婦は大変だね。そしてサンドイッチをパクつくアリッサをニコニコニコニコとそれはそれは嬉しそうに隣で見ているご主人・・・えーっと、名前、なんだったっけ?
「・・・レニーも食べる?」
視線に気づいたアリッサが、もぐもぐ食べながらそう聞いてます。そうそう、レニー君だったね。
「僕はいいよ。みなさん、本日はご列席いただき有難うございました。」
そう言ってわたしたちに挨拶してくれるレニー君。
「領地での結婚式にも是非参加してもらいたいのですが・・・やっぱり難しいですかね?」
「うーん。私とミシェルはねぇ。でもリィナなら許可さえ下りれば参加できるかもね」
「え?なんで私?」
「リィナ、結局今年は旦那様と領地に行けなかったでしょ?たぶん来年は連れて行くんじゃないかな。結婚式って、ちょうどその頃でしょ?」
「うんうん。リィナぜひ来て来て!シオン様の領地からだったら、3日くらいで来れるから!」
「そうですね、ぜひ来て下さい。私からもシオン様にお願いしておきます」
「うん、確認してみるね」
新郎新婦・・・つまり本日の主役に結婚式に誘われて、断れる人がいるであろうか。そもそも領地に行きたくないとか言えない・・・。
「では私は少し失礼します。アリッサはしばらくここに居ていいからね。」
そう言ってレニー君は他のお客様の方に行きました。
「良く出来た旦那だねぇ」
「えへへっ」
「そういえば、アリッサの名前は『アリスレア』さんだったんですねー」
さっき、結婚の誓いの時にそう名乗ってたんですよ。ちなみにレニー君は『レナード』さんでした。
「そっか言ってなかったかぁ。まぁ結婚式くらいしか、正式名を名乗る時ってないからね」
「私、それが不思議だったんですけど。どうしてみんな呼び名を決めてるんですか?」
例えばファンタジー小説なんかの『真名を知られると・・・』なんていうことが、正直あるとは思えないし――――
「名前を隠すようになったのは戦後らしいよ。貴族から広まったんだよね?ナンシー何か知ってる?」
「うーん、私もそれほど詳しくは知らないんだけど・・・どうも他国で名前を知る事によって相手に干渉する鍵持ちが出たとかなんとか・・・」
え・・・マジで『真名を知られると・・・』系ですか?
「だから、王族とそれに近い血筋の人間から順に『推測しづらい愛称』をつけるようになったみたい。でも戦後に生まれた王族っていったら・・・」
「そっか、シオン様からかぁ。そういえばシオン様の本名って、私達も知らないねぇ。もぐもぐ」
「そうなんですかぁ。じゃあクリスさんは推測できる本名ってことですか?クリス、クリス・・・クリストファー?クリスティン・・・は女か。あとは・・・」
「クリストファーで正解よ、リィナ」
ブツブツ呟いてたら、ナンシーに苦笑気味に言われました。クリストファー、ね。
あのキラキラした金髪碧眼でクリストファーって・・・なんか
「似合いすぎ」
「「そりゃ、王子様だもん」」
ミシェルとアリッサが全肯定。そうですか。
「私達の年代の女子は、そりゃあ一度は見惚れたことはあるわよ」
ミシェルがそう言えば、
「若い頃のクリスさんは、本当に格好よかったからねぇ」
え!ナンシーまで肯定!?
「うんうん!見た目だけなら今の旦那様よりも勝ってたよねぇ」
アリッサ、それはシオン様が可哀想だから言わないであげて。
「追っかけてる子とか、いたよねぇ」
「居た居た。雑誌切り抜いたりねぇ」
「騎士団の練習を見学する女子が多すぎて、抽選になったりねぇ」
「へぇぇ。つまりアイドル的な?」
「所詮、王族なんて見た目重視の見世物みたいなものだからね」
「なるほど。『客寄せパンダ』ってことですね!」
「誰が、見世物ですって?」
ヒィッッッ!
「そうですか。みなさんがそんなに私の『若い頃』の容姿がお好きだったとは、ちっとも存じませんでしたねぇ」
け、敬語が怖いです。
そしてまぶしいので、その笑顔はヤメテクダサイ、クリスさん。
「ゆ、友人の話を、していたんですっ、そういう子も、いたなっ、て」
「い、一般的な、ぅぅ噂っ、とかっ」
しどろもどろのアリッサとミシェル。
一番に立ち直ったのはナンシーでした。
「こんなところで何してるんですかクリスさん。臣下の結婚式に王族が参加しないでくださいよ」
「儀式長と建国祭の打ち合わせに来たんですよ。そうしたらこちらが賑やかだったので、寄ってみただけですよ。」
そう言って、手に持っていた書類ケースを掲げるクリスさん。そうですか、お仕事ついでですか。でも今日はここでアリッサの結婚式やってるってもちろん知ってるはずなので、お仕事を理由にしてお祝いに来たんでしょうね。
「ところでリィナ」
「はい?」
「誰が、客寄せの白黒のクマ、ですって?」
そっ、そこにお怒りでしたか!?
そして笑顔でお怒りのクリスさんは、
アリッサが私を領地の結婚式に呼びたがっているのを聞き、
私の様子からシオン様の領地に行きたくないと思っていることを察したようで・・・
「領地でシオンの仕事を手伝うだけでなく、友達の結婚式にも参加できるなんて、幸運ですねぇ、リィナ。」
私の来年の領地行きは、こうして確定してしまったのでした。
・・・腑に落ちない。かわいいじゃん、パンダ。
クリスさんのお怒りは「客寄せ」部分にです。
実際、客寄せにされていたので、苦い記憶が怒りに変わった模様。
リィナ「(ボソッ)パンダかわいいのに」
クリス「おや、リィナは私のことを可愛いと思っていたんですか?」
リィナ「(◎□◎;)!!」
クリス「・・・冗談が過ぎましたね、すみません。・・・そろそろ口を閉じなさい。虫が入りますよ?」




