97 日常とは移り逝くもの
お屋敷に戻った私とナンシーですが、少し留守にしていた間に色々と変わったことが。
その一。
アリッサが引越済だった。
そうなんですよ。元々もっと早く退職するはずだったのに、私とナンシーが二人して王宮に拘束(?)されてしまったものだから、ぎりぎりまでお勤めしてくれているんです。でもお引越しは予定通りに済ませ、今は王都にあるお嫁入り先の伯爵邸から通っているとのこと。――ごめんね、迷惑掛けちゃって。
そんなわけでお屋敷に戻った私とナンシーさんが部屋に入ると・・・もちろんアリッサのスペースは綺麗に片付けられておりまして。
「なんか、部屋が寂しいですね」
「・・・そうね」
3人部屋でプライベートが無いなぁなんて思っていたはずなのに寂しく感じてしまうなんて、不思議なものですね。
その二
明日から新人が入るらしい。
おお!私もやっと先輩に!
後輩さんは若いお嬢さんだそうです。まだ10代だって!とりあえず1名。そしてその1名の育ち具合で、もう少し増員を考えているとのキーラさんのお話です。
「明日の夜は歓迎会です。明日の夜から翌日の午前中は旦那様より使用人全員、休暇をいただけましたので――」
昼礼で、そう言われました。ちなみにお屋敷には午前中に戻ってきていたので、今日は遅番でお仕事です。
キーラさんのお話は続いてますが、歓迎会か懐かしいな・・・などとしみじみしていたら
「尚、リィナとナンシーにはアルコールは飲ませないようにと旦那様から指示が出てますから、みなさんそのつもりで。」
キーラさんの言葉に私とナンシーが思わず愕然とし、目と口を限界まで開けていたのですが・・・キーラさんを初め、みなさんに無視されました。せっかく元の歳にもどったのに。くすん。
とりあえず、つつがなく仕事を済ませまして、そして夜。
二人になった部屋に新人さんが入るのかと思ったら違うとのことなので、広く使えるように模様替えをいたしました。アリッサの居た痕跡が無くなっていくのが・・・ちょっと物悲しい。
そして翌日。
「本日よりこの屋敷で働いてもらうベッキーです。ベッキー、挨拶を」
「はじめまして。宜しくお願いいたします」
朝礼でメイド長に紹介されたのは、まだ18才のお嬢さんでした。
若いなぁ。かわいいなぁ。
ふわふわの髪を一つに結んでます。あそこまでふわふわだったら、いっそ短く切ったほうがよさそうだけどね、この国ではロングが一般的らしいからね。
私も、ここに来た当初はセミロングだったけど、この2年でずいぶん伸びました。とはいっても、ただ伸ばすのではなくて、こまめに切ってきれいに伸ばすようにと同僚達に言われ続けたおかげで、まだ腰までは伸びていませんけどね。
そして朝礼が終わり、新人のベッキーは今日はナンシーが仕事の面倒を見るとのことで、連れて行かれました。
私は今日はアリッサとペアでお仕事開始です。
玄関ホールのお掃除をして、朝食を食べたら、旦那様とクリスさんのお部屋のお掃除。
うん、よくあるローテーションです。
二人でまずクリスさんのお部屋に行き、留守を確認してお掃除開始!
シーツの交換、水周りの掃除、埃をとって・・・と、手早く済ませます。でないと朝食を終えて戻ってきてしまいますからね。
そう考えると、旦那様やクリスさんは、使用人が働きやすい時間に行動することを求められているってことなんですかね。使用人が主人に合わせるのではなく、主人が使用人に合わせているような?確かに主人のスケジュールが決まってないと使用人は動きづらいですからね。ギブアンドテイクではないですが、最初にルールを決めたのかも知れませんね。
そういえば王宮では自由に好きな時間に振舞えましたね。会食とかの行事はともかく、『食事』も『お茶』もいつでも仕度してくれたし。『この時間は掃除をするので部屋から出ていて下さい』なんて言われたこと無いものね。お客さん待遇ってすごいなぁ。慣れちゃイカンよね。
手早く掃除を済ませて旦那様の部屋に移動します・・・と、廊下の途中でクリスさんに会いました。ので、挨拶。メイドとしての挨拶も久しぶりですね。
「「おはようございます」」
「おはよう。・・・そうだリィナ、シオン様がまだ寝ているようだから、掃除のついでに起こしてください」
「はい。・・・旦那様は相変わら寝起きが悪いんですか?」
「執事長が起こしに行ったら起きなかったらしくてね」
「・・・迷惑ですね」
「迷惑ですよ。じゃあ、よろしく」
溜息を吐きつつ、クリスさんはご自分の執務室に消えていきました。
さて。
さてさて。
なんだか無理難題を押し付けられた感がありますが。
「じゃあリィナ、旦那様の寝室お願いね」
「アリッサちゃん。できれば一緒に入りましょうよ」
「・・・イヤ」
断られました。ちぇ。
私、一度寝ぼけた旦那様に引っ張られたことがあるので、あまり近くに寄りたくないんですよね。
アリッサちゃんが掃除を始めている横で、とりあえず寝室のドアをノックしてみますが、何の返事もありません。「失礼します」とつぶやきながら中に入りベッドに近寄ると・・・あれ、ちゃんと寝てる。
「旦那様ー。朝ですよー。」
「・・・ん」
今の『ん』は返事ではなく寝言とみた!
仕方ないのでとりあえずカーテンを開けて薄暗い室内に朝の日光を入れましょう。朝日を浴びると体内時計がうんぬんって、よく言いますもんね!
分厚いカーテンを開けて部屋を明るくしてから、またベッドに近寄ると・・・旦那様、頭まで布団被ってる。眩しかったんですかね。でも布団をかぶれるって事は熟睡では無く、うとうとしてるだけ?じゃあ起きようよ!
「旦那様!」
「・・・」
「起きてください旦那様!朝です!」
「・・・んん」
「起きないと恥ずかしい寝言を暴露しますよ!」
もそっ
「・・・おはようございます?」
「・・・おはよう」
布団から顔を出した旦那様はしっかり眉間に皺が。そうそう、これがシオン様だよね。ぷぷっ。
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寝起きの不機嫌な旦那様を見送って、続きのお掃除を終わらせて旦那様のお部屋を出たら、ナンシーとベッキーちゃんに会いました。
どうやらお屋敷の部屋の位置などを教えている途中のようです。
「ベッキー、アリッサとリィナよ」
「ベッキーと申しますっ。宜しくお願いしますっ。」
ペコリンっていう効果音が聞こえそうな淑女の礼をされました。すごいねその技。そしてナンシーに「使用人同士は会釈でいいの」と注意されてました。
「アリッサは今週一杯で退職するのよ。リィナは・・・」
「はいっ!存じてますっ!シオン様の召喚者の方ですよねっ」
ええっと、なんでご存知なんでしょうね?
そして、なぜそんなキラキラと見つめてくるのでしょう。
「ベッキー、お屋敷では『旦那様』とお呼びしてね」
「そうでした。てへっ」
・・・・・・『てへっ』とかマジで言う人間に初めて会った!!!けどかわいいから許す。
でもナンシーに「てへ」を注意されてました。まぁ、そうよね。
そしてベッキーちゃんはナンシーに連れられて行きました・・・うん、がんばれナンシー!
そしてその夜。
歓迎会です。私の時と同じく乾杯したらあとは自由に集まって食事と飲み物を楽しみます。
主役のベッキーちゃんは執事補助の3人に囲まれてます。あー、私も囲まれたっけ。懐かしい。
そして・・・
「リィナ、飲んでないよね?」
「・・・はい。飲んでません」
みんな、ちょくちょく私の飲み物を確認してきます。ううっ、ひどい、こっそり飲むことも出来ない。
「ねぇリィナ、今朝どうやって旦那様を起こしたの?」
「今日の旦那様、ちょー機嫌悪かったよねぇ」
「あーわかるわかる!ムッとしてたよね」
「リィナなんかしたの?」
皆からの質問攻めが始まりました。言えない、脅迫(?)したなんて言えない・・・。あ、ちなみに恥ずかしい寝言というのはもちろん誰にも言うつもりはありません。というか私も寝言を聞かれてる可能性がありますしね。言われたくない事は言っちゃダメだよね。
「でもリィナ、王宮行ってから旦那様と仲良くなったんでしょ?」
「仲良くってなんですか?」
「あー私もクリスさんから聞いたー」
はい?・・・何を話したんですかクリスさん。
「違いますよ。お互い不眠症になったんで、治療で一緒に居ただけですっ」
「・・・そうだ!リィナどうせなら旦那様と結婚しちゃえばいいのに」
「アリッサ、バカなこと言わないで」
「えー。だってリィナが『奥様』になったら、みんな働きやすいと思うよー」
「そんなこと言ったらこのお屋敷の誰が奥様になっても一緒でしょうよ」
「・・・確かに、リィナと結婚するなら旦那様の臣籍降下もスムーズにまとまりそうよね。」
「ナンシーまで何言ってんですか。大体私は10才も年下と結婚する気はありませんからっ」
「うーん。いい案なのになぁ」
「アリッサの旦那さんは7才年下だよね。リィナ、10才年下でも案外大丈夫だよ」
「いい加減にしないと怒りますよ!」
私は日本に帰るんです!




