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【第1章完!】異常なのは世界の方だと思うのですが〜普通に生きたいだけなのに、全員が私を伝説扱いしてきます〜  作者: 九葉(くずは)


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第13話 拍手喝采の「公開処刑」と、勘違いの平穏宣言

大講堂の空気は、入学式の時とは比べものにならないほど張り詰めていた。


数千人の生徒が整列し、しわぶき一つ聞こえない静寂が支配している。

ステンドグラスから差し込む極彩色の光だけが、変わらず床に落ちていた。


私は演壇の袖――舞台の端っこにあるパイプ椅子に座り、小さくなっていた。


(……胃が痛い)


私は胸元のリボンを握りしめた。

そこには、昨日殿下から授けられた金色のバッジが輝いている。

『生徒会特別補佐』。

響きはいいけれど、要するに「問題児マーク」だ。


「これより、臨時全校集会を始める」


学院長の重々しい声が響く。

マイクのハウリング音が、私の心臓を直接揺らすようだった。


なぜ私がこんな、全校生徒から丸見えの場所に座らされているのか。

答えは簡単だ。

「見せしめ」である。


昨日の地下倉庫への不法侵入。

女神像の無許可修復。

その他もろもろのトラブル。

それらに対する反省を促すために、あえて生徒会役員の末席に座らせ、全校生徒の視線に晒しているのだ。


(うう……みんな見てる)


チラリと客席を見る。

最前列の生徒たちと目が合った瞬間、彼らはビクリと肩を震わせ、サッと視線を逸らした。

中には顔面蒼白になっている子もいる。


やはり。

「あいつが例の破壊魔か」「関わったら終わりだ」と噂されているに違いない。

バッジが眩しすぎて、直視するのも辛いのだろう。

ごめんなさい。もう二度と備品は壊しません。


「昨夕、本校の地下実習棟において、大規模な魔力異常が検知された」


学院長が切り出した。

講堂内がざわめく。


「長年封印されていた『負の遺産』が活性化し、あわや校舎崩壊の危機に瀕していたことが判明した」


(……えっ?)


私は目を瞬かせた。

負の遺産? 校舎崩壊?

昨日の地下倉庫のことだろうか。

でも、あそこには汚れた野良犬と、壊れたモップしかなかったはずだ。

そんな大層な危機だったなんて初耳だ。

もしかして、私が帰った後にガス漏れでも起きたのだろうか。


「だが、安心してほしい。その危機は、ある『勇気ある者』の手によって、未然に防がれた」


学院長の声が一段高くなる。


「その者は名乗ることなく、ただ独りで深淵に立ち向かい、脅威を完全に浄化し、さらには崩れかけた封印を『神域』レベルの結界で再構築して立ち去ったという」


「おおーっ!」


生徒たちから感嘆の声が上がる。

私も思わず「へぇー」と声を漏らした。


すごい。

この学園には、そんな正義の味方みたいな生徒がいるのか。

名乗らずに去るなんて、なんと奥ゆかしい。

私なんて、モップを折った罪悪感でコソコソ逃げただけだというのに。


「その功績を称えたいところだが、本人の強い希望により、名は伏せることとする。……だが、我々は知っている。学園の平和を守る『陰の守護者』が、確かにここにいることを!」


ワァァァァァッ!!


割れんばかりの拍手が巻き起こった。

私もつられて、パチパチと手を叩く。

素晴らしい。誰だかわからないけれど、ありがとうございます。おかげで私の不法侵入もうやむやになった気がします。


すると。

隣に座っていたアルフレッド殿下が、優雅に立ち上がった。

彼はマイクの前に進み出ると、静かに手を挙げた。

それだけで、熱狂していた数千人の生徒が一瞬で静まり返る。

さすがのカリスマだ。


「生徒会長のアルフレッドだ。……今回の一件も含め、我々生徒会は常に学園の安全を最優先に行動する」


殿下の視線が、ふと袖にいる私の方へ流れた。

意味ありげな、それでいて悪戯っ子のような瞳。


嫌な予感がする。


「そして今年度より、生徒会に新たな『力』が加わったことを報告しておく」


殿下が手招きをした。

私に。


(……え、今?)


嘘でしょう。

このタイミングで?

「英雄の話」の直後に、「問題児の紹介」をするつもりですか?

落差で風邪を引きそうだ。


けれど、逆らえば後が怖い。

私は覚悟を決めて、ガタガタ震える膝を叱咤し、演壇の中央へと歩み寄った。


スポットライトが眩しい。

数千の瞳が、私の一挙手一投足を見逃すまいと突き刺さる。


殿下の隣に立つ。

彼はマイクを通さずに、私にだけ聞こえる声で囁いた。


「胸を張りなさい。君は、私が選んだ『特別』なのだから」


それは「特別補佐(補習生)」という意味だと分かっているけれど、今の私には皮肉にしか聞こえない。

私は引きつった笑顔を浮かべ、客席に向かってペコリと頭を下げた。


「り、リュシア・エヴァレットです……。えっと、一生懸命、お掃除とか頑張ります……」


シーン……。


静寂。

またやってしまったか?

声が小さすぎたか?

それとも「お掃除(隠語)」みたいな深読みをされてしまったのか?


恐る恐る顔を上げると。

最前列にいた公爵令嬢、ベアトリス様が、ハンカチで目元を押さえながら、うんうんと深く頷いているのが見えた。

その横のドラン君も、なぜか敬礼のようなポーズをとっている。


そして、次の瞬間。


ドッ、ワァァァァァァァァッ!!!!!


さっきの英雄への拍手を上回る、爆発的な歓声と拍手が私を包み込んだ。


「掃除! 掃除だってよ!」

「あの『浄化』を掃除と呼ぶのか……!」

「なんて謙虚なんだ……!」

「エヴァレット様ー! こっち見てー!」


(???)


私は目を白黒させた。

なぜ盛り上がっているのだろう。

もしかして、みんな掃除が好きなの?

それとも、私が「底辺からの更生」を誓ったことに感動してくれているの?


「よかったね、リュシア。歓迎されているよ」


殿下が満足げに笑い、私の肩に手を置いた。

その瞬間、女子生徒たちから黄色い悲鳴が上がり、男子生徒たちが戦慄の表情で拝み始めた。


私はよくわからないまま、とりあえず愛想笑いで手を振り返した。

まあいい。

ブーイングよりはマシだ。

「頑張れよ、ドジっ子!」という温かいエールだと受け取っておこう。


          ◇


集会が終わり、退場の時間になった。


私は殿下の後ろをついて、講堂の出口へと向かった。

人混みの中を通らなければならない。

揉みくちゃにされる覚悟で、私は鞄を胸に抱いた。


けれど。


ザッ。


私が一歩進むたびに、前方の生徒たちが左右に分かれた。

まるで、見えない壁に押されるように。

あるいは、海が割れる伝説の奇跡のように。


幅三メートルはある花道が、私の前にできている。


「……あ、ありがとうございます」


私が恐縮して会釈をすると、目が合った生徒は「ヒッ」と息を呑み、直立不動の姿勢を取った。


(避けられてる……)


やはり、そうか。

私の「問題児オーラ」が凄いのだ。

「近寄ると爆発するぞ」「バカが感染するぞ」と恐れられているのだ。

さっきの拍手は「あいつには関わらないでおこう」という同盟の合図だったのかもしれない。


悲しいけれど、仕方がない。

これが「特別補佐」の孤独。

平穏を手に入れるための代償なのだ。


私は背筋を伸ばし、誰もいない道を堂々と歩いた。

その姿が、周囲からは「王者の行進」に見えているとは知らずに。


          ◇


校舎裏の並木道。

ようやく人の波から解放され、私は大きく息を吐いた。


「疲れたかい?」


隣を歩く殿下が、心配そうに覗き込んでくる。


「はい、少し。……でも、覚悟は決まりました」


私は拳を握りしめた。


「私、頑張ります。周りからどれだけ避けられても、変な目で見られても、殿下の言いつけを守って、真面目に『普通』を目指します!」


私の決意表明に、殿下は目を丸くし、それから苦しそうに肩を震わせた。


「くっ、はは……! 避けられてる、か。……うん、そうだね。君は『普通』を目指すといい。それが一番、この国にとって刺激的で……面白いからね」


「殿下? 笑い事じゃありませんよ」


「すまない。……期待しているよ、リュシア。君のその『普通』が、どこまで世界を壊――いや、変えていけるのか」


殿下は私の頭をポンと撫でた。

その手つきは、どこか新しいペットを愛でるような優しさに満ちていた。


風が吹き抜け、並木道の葉がざわめく。

私の胸元のバッジが、キラリと光る。


こうして。

入学からわずか三日にして、私は「王立魔法学院の生ける伝説」となり、生徒会の最終兵器として登録されてしまった。


本人は、「不器用なドジっ子として、特別補習を受けているだけ」と信じたまま。


私の平穏な学園生活は、まだ始まったばかりだ。

この先に、どんなトラブル(私のやらかし)が待っているのかは分からないけれど。

まあ、なんとかなるだろう。

だって私は、ただ普通に生きたいだけなのだから。


私は青い空を見上げ、晴れやかな笑顔で一歩を踏み出した。

その背後――遠く離れた時計塔の上から、怪しげな影が私を見下ろしていることには、まだ気づかないままで。


「……見つけたぞ。あの方の計画を阻害する『特異点』……」


風に乗って微かに聞こえた不穏な呟きは、私のくしゃみにかき消された。


「へくちっ! ……誰か噂してるのかな」


私は鼻をこすり、殿下を追いかけて駆け出した。


第1章-完-

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