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【第1章完!】異常なのは世界の方だと思うのですが〜普通に生きたいだけなのに、全員が私を伝説扱いしてきます〜  作者: 九葉(くずは)


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第11話 鳴り響く警報と、髪の中に隠した「共犯者」

実習棟の一階廊下に出た瞬間、世界が一変した。


ウゥゥゥゥゥゥゥ――!!


鼓膜を揺らすような低いサイレンの音が、校舎全体に響き渡っていた。

天井に設置された魔石ランプが、いつもの穏やかな白色ではなく、禍々しい赤色で点滅を繰り返している。


私はビクリと肩を跳ねさせ、反射的に近くの柱の陰に身を隠した。


(……え?)


何が起きたの?

火事? 地震?

それとも――


私は恐る恐る、自分の背後にある地下への階段を振り返った。


心当たりなら、ある。

ありすぎる。

ついさっきまで、私はあそこで「大掃除」をしていた。

許可なく立ち入り、備品モップを壊し、勝手に水を撒き散らし、謎の生物を拾ってきた。


もしかして、あの倉庫には防犯センサーがついていたのだろうか。

私が扉をこじ開けた瞬間、あるいはモップをへし折った瞬間に、警備室へ通報がいっていたとしたら。


「まずい……」


私はスカートのポケットを強く握りしめた。

指先が冷たくなっていくのがわかる。


これは、ただの校則違反では済まないかもしれない。

こんな大袈裟な警報が鳴るなんて。

「不法侵入者あり! 直ちに捕獲せよ!」と全校生徒にアナウンスされる未来が脳裏をよぎる。


その時だった。


「急げ! 反応源は地下だ!」

「生徒を避難させろ! 第一種戦闘配置!」


怒号と共に、正面玄関の方から大勢の大人たちが雪崩れ込んできた。

杖を構えた教師たち。

そして、銀色の鎧をガチャガチャと鳴らす騎士団の人たちまでいる。


彼らは私の横を風のように駆け抜け、地下への階段へと殺到していく。

その表情は一様に引きつり、額には脂汗が滲んでいた。


「魔力濃度が異常だ! 瘴気反応が消えたぞ!?」

「何が起きているんだ! とにかく封印を確認しろ!」


すれ違いざまに聞こえた叫び声に、私はさらに身を縮こまらせた。


(やっぱり、私のせいだ)


「瘴気反応が消えた」というのは、私が換気をして消臭したからだろう。

「何が起きているんだ」というのは、汚かった部屋がいきなりピカピカになったことに驚いているに違いない。

勝手に掃除をしたことが、ここまで大ごとになるなんて。


私は冷や汗を拭うふりをして、そっと自分の左肩あたりに手をやった。

長い髪の下。首筋のあたりに、温かい重みがある。


「キュゥ……」


小さな鳴き声が聞こえた。

地下で拾った謎の生物――仮称「ナス」が、怯えて私の髪の中に潜り込んでいるのだ。


「しーっ。静かに」


私は小声で諌めた。

この子が「不法投棄されていたゴミ(野良犬)」だとバレたら、保健所に連れて行かれてしまうかもしれない。

せっかく洗って綺麗にしたのだ。

私が責任を持って、こっそり逃がすか、飼うかしなければ。


私は周囲の混乱に乗じて、出口の方へ足を向けた。

どさくさに紛れて寮へ帰ろう。

そして、部屋に閉じこもって、何も知らなかったことにするのだ。


ズカズカと、重たい足音が近づいてくる。

逆らえない圧力が、廊下の空気を支配する。


私は足を止めた。

逃げられない。

正面の入り口から、一人の青年が、護衛の騎士たちを引き連れて歩いてきたからだ。


アルフレッド殿下。


彼はいつもの気怠げな様子を完全に消し去っていた。

鋭い眼光。

氷のように冷徹な表情。

着崩していた制服はきっちりと正され、その手には白銀の杖が握られている。


「状況は?」


彼が短く問うと、先ほど地下へ走っていった教師の一人が、蒼白な顔で戻ってきて報告した。


「ほ、報告します! 地下倉庫の最奥……『開かずの間』の扉が……!」


「破られたか?」


殿下の声が低くなる。

私は心臓が口から飛び出しそうになった。

はい、破れてました。最初から壊れてました。私がやったわけじゃありません。


「い、いえ! 逆です! 封印が……強化されています!」


「は?」


殿下が足を止め、怪訝そうに眉をひそめた。


「強化?」


「はい。扉の隙間が、未知の術式で完全に密閉されています。解析班によると、その強度は『神域』クラス。物理攻撃はおろか、上位魔法でも傷一つつけられない『絶対断絶結界』だと……」


周囲の空気が凍りついた。

騎士たちが顔を見合わせ、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。


「神域、だと……?」

「馬鹿な。あそこには『災厄の魔公爵』が眠っているはずだぞ」

「じゃあ、誰があんなものを?」

「それに、内部からの魔力反応が完全に消失しています! まるで、悪魔そのものが消え去ったかのように……!」


私はそっと視線を逸らした。

「絶対断絶結界」というのは、たぶん私が貼った「ガムテープ(魔力製)」のことだろう。

隙間風が入らないようにちょっと厚めに塗ったのが、そんな大層な名前で呼ばれるなんて。


そして「悪魔が消えた」というのは、私の髪の中で震えているこのナス君のことだろうか。

まさか。

あんなドロドロの野良犬が「魔公爵」なんて立派な名前のわけがない。

きっと、彼らが探している本物の悪魔は、私が掃除する前にどこかへ逃げ出したに違いない。


(……今のうちに)


殿下たちが深刻な顔で議論している隙だ。

私は柱の陰から、忍び足で移動を開始した。

息を殺して。

気配を消して。

私はただの通りすがりの生徒です。掃除用具なんて持っていません。


一歩。二歩。

出口まであと少し。


「――そこで何をしている?」


背後から、矢のように鋭い声が飛んできた。


私は石になった。

右足上げたまま、空中で静止する。


ゆっくりと、油切れのロボットのように首を回す。


アルフレッド殿下が、私を見ていた。

その碧眼は、私の全身を――特に、不自然に膨らんでいる私の髪のあたりと、鞄から少し飛び出している折れたモップの柄を、じっと見据えていた。


「リュシア・エヴァレット」


彼は私の名前を呼んだ。

楽しげな響きは一切ない。尋問官の声だ。


「なぜ、君がここにいる?」


「あ、えっと……」


私は必死に言い訳を探した。

脳細胞をフル回転させる。


「そ、掃除です! 生徒会の仕事で、廊下の掃除をしようと思って……そうしたら警報が鳴ったので、びっくりして隠れていました!」


苦しい。

我ながら苦しすぎる。

こんな武装集団がいる中で「掃除」なんて。


殿下は私の元へ歩み寄ってきた。

カツ、カツ、カツ。

足音が私の心臓を叩く。


彼は私の目の前で立ち止まり、視線を私の左肩へ向けた。


「……その髪の中で動いているものは、なんだい?」


バレてる。

完璧にバレている。


「こ、これは……あの……」


私は観念して、髪をかき上げた。

そこには、私の首にしがみついてプルプル震える、紫色の小さな生き物――ナス君がいた。


「……拾いました」


私は蚊の鳴くような声で言った。


「可哀想な子犬がいたので……その、保健所に連れて行かれるのが不憫で……」


殿下の目が、限界まで見開かれた。

彼はナス君を凝視し、次に私を見、そしてまたナス君を見た。


「……子犬?」


「はい。ちょっと変わった種類みたいですけど」


「…………」


殿下は長い沈黙の後、口元を手で覆った。

肩が小刻みに震えている。

怒っているのか、呆れているのかわからない。


やがて、彼は深く、長く息を吐き出した。

そして、私には聞こえないほどの小声で呟いた。


「……魔公爵を……『子犬』扱い、か」


彼は顔を上げ、後ろに控える騎士たちに向かって手を挙げた。

その表情は、どこか吹っ切れたような、清々しいものに変わっていた。


「全員、撤収だ! 状況は把握した!」


「で、殿下!? しかし地下の異変は……」


「問題ない。……あれは、私の部下が『処理』した」


「は?」


騎士たちがポカンとする中、殿下は私の背中に手を回し、ぐいっと引き寄せた。


「詳しい話は、あとでたっぷりと聞かせてもらうよ。……私の『秘書官』殿?」


耳元で囁かれた言葉に、私は背筋を凍らせた。


「しょ、処理なんてしてません! 掃除しただけです!」


「同じことだよ」


彼はニッコリと笑った。

その笑顔は、もはや逃走を許さない鎖のように、私をがんじがらめに縛り付けていた。


「行こうか。君が拾ったその『子犬』の飼育許可も含めて……色々と相談が必要だ」


私はズルズルと連行されながら、遠ざかる出口を涙目で見つめた。

髪の中のナス君が、「助かったキュゥ」と安堵の声を漏らしたのが、唯一の救いだったかもしれない。


こうして、私の「ただの掃除」は、学園の歴史に残る「地下迷宮浄化事件」として記録されることになり、私は知らぬ間に「災厄を飼い慣らす者」という、身に覚えのない二つ名を背負うことになったのだった。

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