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30. 君たちがいる

 野次馬たちの視線が、五人に突き刺さる。


 でも、レオンは気にしなかった。


 ただ、真っ直ぐ前を見て歩く。


 四人の少女たちも、顔を上げて続いた。


 誰一人、うつむかない。顔を上げ、しっかりと前を見て歩いた。


 窓から差し込む朝日が、五人の姿を黄金に染めていた。


 まるで、光の道を歩いているかのように。


 まるで、伝説の始まりを告げているかのように。


 嘲笑の声が、次第に小さくなっていく。


 冒険者たちは、その背中を見つめていた。


 笑えなくなっていた。


 何かが、喉元につっかえているような感覚。


 レオンが、ギルドの扉に手をかけた。


 重い樫の扉。


 その向こうには、混乱する街がある。


 逃げ惑う人々がいる。


 そして、三万の魔物が待つ戦場がある。


「行こう」


 レオンが振り返り、翠色の瞳で四人の少女たちを見つめる。


「僕たちの、物語を始めに」


 ガン! と、扉が力強く開かれた。


 朝日が、五人を包み込む。


 眩い光の中、五つの影が、戦場へと歩み出していく。


 それは、後に語り継がれることになる伝説の、最初の一歩だった。



       ◇



 ギルドを出た瞬間、五人は息を呑んだ――――。


 街が、死につつあった。


 商人たちが血相を変えて荷物を馬車に投げ込んでいる。窓という窓に板が打ち付けられ、まるで街全体が棺桶になっていくよう。


「ママ、どこ行くのよぉ? おうち帰ろうよぉ!」


 子供の泣き声が響く。母親は真っ青な顔で我が子を抱きしめ、震え声で囁く。


「大丈夫よ、すぐに帰れるから……」


 その瞳には、二度と帰れないだろうという諦念が宿っていた。


 老人が杖をつきながら、誰もいない空に向かって呟く。


「また戦か……もう、疲れた……」


 石畳に座り込み、動けなくなった老婆に、誰も手を差し伸べない。皆、自分のことで精一杯だ。


 レオンはぎゅっと目をつぶり、拳を握りしめる。


(この人たちを守れるのは、俺たちだけだ。でも……本当にそんなことができるのか……?)


 三万の魔物にたった五人の新人パーティ。


 どう考えても、勝ち目があるとは思えない。


 【運命鑑定】は『行け』と言ったが――本当に大丈夫なのか?


 新人パーティで対応できるとすれば魔物三十匹くらいだ。三百も来たら確実に負ける。それが三万――――。


 レオンは思わずうつむいた。


 【運命鑑定】は一体どうやって、勝つ運命を引き寄せるつもりなのだろうか?


 とめどない不安が、胸の奥で渦を巻いていた。


「レオン、大丈夫?」


 エリナの声が、思考を断ち切った。


 黒髪の少女が、心配そうにこちらを見ている。


 バッと顔を上げれば、四人の仲間が自分を見つめている。


 エリナ、ミーシャ、ルナ、シエル。


 昨日出会ったばかりの、大切な仲間たち。


 その瞳には、不安も恐怖もあった。


 でも、それ以上に、信頼が見える。


 レオンを信じるという、真っ直ぐな光が。


 その光を見た瞬間、レオンの心に、一つのアイディアが浮かんだ。


「円陣を組もう!」


「円陣?」


 女の子たちは顔を見合わせ――そしてうなずくと、自然に輪を作った。


 言葉はいらなかった。


 レオンが、エリナの肩に手を置く。


 華奢だが、しっかりとした肩。


 剣士として鍛え上げられた、戦士の肩。


 エリナはミーシャの肩に手を回し、ミーシャは、優雅な仕草でルナの小さな肩を抱く。


 ルナが背伸びをしてシエルの肩に腕を回し、シエルが輪を閉じるように、レオンの肩に手を置いた。


 円陣が、完成する。


 朝日が、五人を包み込んでいた。


 まるで、神々が見守っているかのように。


 互いの体温が、肩を通して伝わってくる。


 ポタッ。


 透明な雫が、石畳に落ちた。


 小さな染みが、灰色の石の上に広がっていく。


「レオン……?」


 ルナが心配そうにのぞき込む。


 レオンの翠色の瞳から、涙が止めどなく溢れていた。


 頬を伝い、顎を伝い、次々と石畳に落ちていく。


「ご、ごめん……」


 レオンは、手の甲で涙を拭った。


 でも、拭っても拭っても、涙は止まらない。


 溢れ出す感情が、涙となって流れ続けていた。


「昨日、僕は……全てを失った」


 声が、震えていた。


 組んだ肩から、仲間たちの鼓動が伝わってくる。


 トクン、トクン、と。


「裏切られて……捨てられて……」


 嗚咽が、漏れた。


 カインの冷たい目、セリナの残酷な言葉、父の拒絶。


 全てを失った、あの絶望の朝。


 生きる意味すら見失った。


「でも、今――」


 レオンは、顔を上げた。


 涙でぐしゃぐしゃの顔。


 でも、そこには太陽のような笑顔が咲いていた。


「君たちがいる」


 声が、震えながらも、力強く響いた。

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