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3. 運命の出会い

 しかし、悩んでいる暇はなかった。


 視界の端で、無情にも時間がカウントダウンされていく。


【残り時間:十五秒】


 心臓が激しく脈打つ。


 これは本当に正しいのか?


【残り時間:十秒】


 選ばなければ。今、この瞬間に。


 頭では分かっている。だが、体が動かない。恐怖か、絶望か、それとも――希望を信じることへの躊躇いか。


【残り時間:五秒】


 脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックした。


 暴走する馬車。凍りついた自分の足。そして、助けを求める妹の瞳。


 あの時、動けなかった。何もできなかった。


 ――でも。


 今度は、違う。


 ――くそっ!


 レオンは最後の力を振り絞り、震える足で立ち上がった。


 ズキン、と腹部に激痛が走る。カインに殴られた傷が、まだ熱を持って疼いていた。口の中には錆びた鉄の味。視界が何度も暗転しそうになり、世界が揺らいでは戻る。


 それでも――歩く。


 一歩。また一歩。


 よろよろと、裏口へ向かって歩き出す。


「おい、見ろよ! 逃げやがった!」


 背後から、嘲笑が飛んでくる。


「腰抜けめ! やっぱり戦えないクズは違うな!」

「奴隷決定だな! 来週には首輪つけてるぜ! はっはっは!」

「せいぜい鉱山で石でも砕いてろ!」


 嘲笑と罵声が、まるで無数の矢のようにレオンの背中に突き刺さる。


 一歩ごとに、心が軋む。


 プライドが悲鳴を上げる。


 振り返って、何か言い返したい。この理不尽に、一矢報いたい。黙れ!と、叫びたい。


 でも――。


 もう振り返らない。


 振り返る必要など、どこにもない。


 この先に何があるか、もう視えているのだから。


 レオンは確信していた。


 この不思議な力――【運命鑑定】で、必ず運命を変えてみせる。


 自分を裏切った奴らを土下座させてやるのだ。


 裏口への古びた扉に手をかける。


 錆びた金具が、ギィ、と軋んだ。


 その瞬間。


 レオンの瞳が、一瞬だけ黄金に輝いた。


 ギルドホールの誰も気づかない。


 カインも。セリナも。笑い転げる冒険者たちも。


 誰一人として。


 運命の歯車が、軋みながら回り始めたことに。


 ――これが、全ての始まりだった。



      ◇



 裏口から続く路地裏は、まるで世界から忘れ去られた場所だった。


 表通りの喧騒が嘘のように、そこには静寂と薄闇だけが広がっている。


 朝日すら遠慮がちにしか差し込まない。苔むした石壁が両側から迫り、頭上では傾いた建物同士が寄りかかるように空を塞いでいる。


 腐敗した残飯の匂い。淀んだ水溜まりに浮かぶ得体の知れないもの。壁に染みついた、名も知らぬ者たちの絶望。


 ここは、光の世界から零れ落ちた者たちが流れ着く、最後の吹き溜まり。


 夢破れた者。運命に見放された者。誰にも必要とされなくなった者。


 そんな者たちの悲嘆が、この空気を重く淀ませていた。


 レオンは壁に手をつきながら、よろよろと歩いていく。


 頭がまだズキズキと痛む。さっきの【運命鑑定】への強制アップデートの後遺症だろう。それに加えて、カインに殴られた腹部の傷。全身が悲鳴を上げている。


 だが、足は止めない。


 【運命鑑定】が示した未来。その先に、希望があると信じて。


 そして――。


 それは、唐突に訪れた。


 路地裏の奥――陽光すら届かない薄闇の中に、四つの人影を見つけた。


 レオンは思わず足を止め、息を呑む。


 そこに、運命の四人の少女がいた。


 埃にまみれ、泥に汚れ、あちこちに傷を負って。冷たい石畳に座り込み、あるいは壁に背を預け、虚ろな目で虚空を見つめている。


 絶望の底にいる者たち。


 だが――。


 なんと美しいのだろう。


 レオンは、自分の目を疑った。


 こんな場所に、こんな存在がいるなんて。


 黒髪の剣士――――。


 腰まで届く艶やかな黒髪が、薄闘の中でもなお漆黒の光沢を放っている。あちこちに青痣があり、唇は切れて血が滲んでいた。だが、その漆黒の瞳には不屈の炎が宿っている。


 傷ついてなお気高い、黒豹のような少女。


 どれほど痛めつけられても、決して膝を屈しない。そんな意志の強さが、その佇まいから滲み出ていた。


 金髪の僧侶――――。


 陽光のように輝く金髪を、優雅なツーサイドアップに結い上げている。白い僧衣は煤こけていたが、その下から覗く肌は透けるように白い。


 聖女のような美貌。空色の瞳には、全てを見透かすような深い知性が宿っている。


 赤髪の魔法使い――――。


 情熱的な赤髪のショートヘアが、暗がりの中でもなお炎のように鮮やかだった。小さな体を震わせ、膝を抱えてうずくまっている。


 だが、その緋色の瞳には消えない情熱が宿っていた。怯えながらも、内に秘めた炎は決して消えていない。


 燃え盛る炎の精霊のような、危うくも美しい少女。


 銀髪の弓手――――。


 月光を紡いだような銀髪を短く切り揃え、男装で素性を隠している。だが、その優雅な所作は隠しきれない。汚れた旅装の下から覗く指先は、弓を引くためにできた繭だこがあるものの、貴族特有の白さを保っていた。


 中性的な美貌。傷ついた王子のような気高さ。碧眼の輝きは、どれほど薄汚れていても失われていなかった。


 彼女たちは確かに汚れていた。傷ついていた。絶望の底に沈んでいた。


 だが、その姿は――。


 泥の中に咲く蓮華のように。


 いや、地獄に堕ちた女神たちのように。


 圧倒的な存在感を放っていた。



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