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28. 無情な死刑宣告

 重苦しい沈黙がギルドホールを支配している中、エリナが突然手を挙げた。


「はーい! 『アルカナ』、行きまーす!」


 陽気な声が、死の静寂を切り裂いた。


 一瞬の、沈黙。


 ギルドホール中の視線が、黒髪の少女に集中する。


 そして――。


「ぶはははははっ!」


 爆笑が、津波のように押し寄せてきた。


「新人の小娘が、何言ってんだ!」


「スタンピードを舐めてんのか?」


「ゴブリン一匹でも倒したことあんのか?!」


「死にてぇのか、それとも頭イカれてんのか?」


 罵声と嘲笑が、容赦なく降り注ぐ。


 まるで、石つぶてのように。


 冒険者たちは、恐怖から解放されたかのように笑い転げていた。


 エリナの手が剣の柄に触れ、黒曜石のような瞳に殺気が宿る。


 五年間、一人で生き延びてきた剣士の本能が、敵意に反応していた。


(――斬るか)


 一瞬、そんな思考が過った。


 その時――。


「大丈夫です!」


 レオンのまっすぐな声が、雷鳴のようにギルドを震わせた。


 嘲笑が、一瞬で止まる。


 全員の視線が、茶髪の青年に集中した。


「僕らが、スタンピードを止めてみせます!」


 その声には、一片の迷いもなかった。


「止める? 馬鹿か!」


 誰かが叫んだ。


「お前らに何ができるんだよ!」


「遊びじゃねえんだぞ!」


 罵声が、再び降り注ぐ。


 だが、レオンは微動だにしなかった。


 翠色の瞳が、真っ直ぐに二階を見上げる。


 その視線の先には、ギルドマスターがいた。


「情報をください」


 静かな、でも力強い声。


「敵の規模、進路、到達予想時刻――全て」


 その言葉に、ギルドマスターは息を呑んだ。


 長年、数えきれないほどの冒険者を見てきた。


 でも、この少年の目は、そのどれとも違っていた。


(この少年は……本気だ)


 虚勢を張ったり、策を弄する者の目ではない。


 勝利を確信してる者の目だ。


 ギルドマスターは、震える声で答えた。


「……執務室に……来い」



       ◇



 執務室の空気は、重く澱んでいた。


 窓から差し込む朝日さえも、どこか色褪せて見える。


 ギルドマスターが、震える指で地図をなぞった。


 刀傷だらけの強面が、今は老人のように疲れ切っている。


「魔物たちは、このあたりを進軍中だ」


 指が示すのは、街の郊外に広がる森林地帯。


 そこから、黒い矢印が街に向かって伸びている。


「明日の夜明け、ストーンウォール砦に到達する」


 声が、かすれていた。


「砦の兵力は三百。対して、魔物は……」


 言葉が、詰まる。


 まるで、死刑宣告を読み上げる裁判官のように。


「三万だ」


 その数字が、部屋に落ちた。


「さ、三万……!?」


 さすがのレオンも、叫んでしまった。


 三万。


 途方もない数字だ。


 砦の兵士一人あたり、百体の魔物を相手にしなければならない計算になる。


 それは、もはや戦闘ではない。


 虐殺だ。


 少女たちの顔にも、衝撃が走った。


 エリナの黒い瞳が、わずかに揺れる。


 ルナの顔から、血の気が引いていく。


 シエルが、無意識に弓を握りしめる。


 そして、さすがのミーシャも、その美しい顔をキュッとしかめた。


(三万……)


 聖女の仮面の下で、冷静に計算する。


 どんなに楽観的に見積もっても、勝ち目があるとは思えない。


 でも、レオンの【運命鑑定】は『行け』と言った。


 ならば、何か方法があるはずだ。


 そう信じるしかない――。



 ギルドマスターの声が、さらに沈んだ。


「援軍として向かうと決めたのは……」


 言葉が途切れる。


 そして、深々と頭を下げた。


「申し訳ない。君たち『アルカナ』だけだ」


 その姿は、見ていて痛々しいほどだった。


 沈黙が流れる。


 本来なら、Aランクパーティが十、いや二十は必要な戦場。


 それを、結成したばかりの新人五人で。


 誰がどう見ても、自殺行為だ。


「Aランクパーティたちにも声はかけているんだが……」


 ギルドマスターの声が、苦渋に満ちていた。


 誰も、来ないのだ。


 当然だ。


 三万の魔物を相手に、命を懸ける馬鹿はいない。


 冒険者は、生き残ってこそ冒険者なのだから。


「軍は籠城戦の準備で手一杯だ。ストーンウォールで一匹でも多く削れというのが命令だが……」


 言葉が、途切れる。


 それは、『死んでこい』と同義だった。


 時間を稼げ。


 一匹でも多く削れ。


 そして、死ね。


 それが、軍の命令だった。


 砦の三百人の兵士たちは、最初から死ぬことを前提にされている。


 そこに、五人の新人冒険者が加わったところで、何が変わるというのか。


 重苦しい沈黙が、部屋を支配した。



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