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27. めくるべき『アルカナ』

(なぜ……? なぜ俺たちが……?)


 どう考えても、死しか見えない。


 昨日パーティを組んだばかりの新人五人が、万の魔物を相手に戦う?


 正気の沙汰ではない。


 【運命鑑定】は確かに『行け』と言っているが、その成功をいったい誰が保証してくれるというのか?


 このスキルは、今まで一度も間違ったことがない。トマト鍋で自爆するのを教えてくれたのも、賞金首の馬車を予言したのも、全て正しかった。


 でも、今回ばかりは……。


 レオンはキュッと口を結んだ。


「……行けと出たのね?」


 不意に、声がした。


 慌てて横を向くと、ミーシャが意味深な微笑みを浮かべていた。


 金髪が、窓から差し込む光を受けて、後光のように輝いている。


 その空色の瞳は、まるで全てを見透かしているかのようだった。


「そ、そうなんだが……」


 レオンは言葉を詰まらせた。


 どう説明すればいいだろうか?


 スキルは『行け』と言っている。でも、成功する保証はない。


 死ぬかもしれない。いや、死ぬ可能性の方が遥かに高い。


 そんな無謀な賭けに、将来有望な彼女たちを巻き込むのは避けたかった。


 しかし――。


「なら、行きましょ?」


 ミーシャの声は、まるでピクニックにでも誘うかのように軽やかだった。


 でも、その声の奥には確かな覚悟、迷いのない真っ直ぐな意志を感じさせた。


「あなたのスキルを、信じるわよ?」


 今度はエリナの声だった。


 静かに、でも真っ直ぐに、レオンを見つめている。


 その黒曜石のような瞳に、初めて見せる表情が浮かんでいた。


 無垢な、信頼。


 心の奥底から湧き上がる、純粋な信頼の光。


「みんなが行くなら、ボクも行くよ」


 シエルが、弓を高く掲げた。


 昨日まで震えていたその手は、今は真っ直ぐに伸びている。


 朝日に銀髪がキラキラと揺れて、まるで戦いの女神のように凛々しかった。


「あたしだって……!」


 ルナが、杖を両手で握りしめた。


「怖くなんか……ないんだからねっ!」


 その声は震えていた。


 でも、緋色の瞳には、恐怖を超えた何かが宿っていた。


 覚悟だ。


 仲間と共に、運命に立ち向かう覚悟。


「いやいやいやいや、待ってほしい」


 レオンは、両手を振って制止した。


「確かに、スキルではそう出てるけど……百パーセント安全なわけじゃないんだと思う。僕らは、まだ未熟だ。もっと経験を積んでからじゃないと……」


「この街の人々を、見殺しにするの?」


 ミーシャの言葉が、胸を刺した。


 静かな、でも鋭い問いかけ。


「……え?」


 レオンは、言葉を失った。


 確かに、今スタンピードを止めなければ、この街は壊滅するだろう。


 王国第二の都市、クーベルノーツ。


 クーベル公爵が治めるこの街には、十万人もの人々が暮らしている。


 全員が無事に逃げられるはずがない。


 子供を抱えた家族、足の悪い老人、病床に伏す者たち。


 逃げ遅れた人々が、魔物の餌食になる。


 そんな光景が、容易に想像できた。


 窓の外を見れば、既に混乱が始まっていた。


 荷物をまとめて逃げ出す商人。


 泣き叫ぶ子供の手を引く母親。


 老人に肩を貸す若者。


 恐怖に怯えながらも、必死に逃げようとする人々の姿。


 十万の命が、今、天秤に乗っている。


「くっ……」


 レオンは、唇を噛んだ。


 七年前の記憶が、蘇ってきた。


 あの日。


 妹の手を、掴めなかったあの日。


 暴走した馬車。


 悲鳴。


 そして、差し伸べた手が、空を切った感覚。


『お兄ちゃぁぁぁん……!!』


 妹の声が、今も耳から離れない。


 助けを求める、あの声が。


 あの時、自分は何もできなかった。


 怖くて、体が動かなくて、ただ見ているしかできなかった。


 そして、妹は――。


(また、見殺しにするのか?)


 レオンはギュッと目を閉じた。


 瞼の裏に、妹の笑顔が浮かぶ。


 あの日以来、ずっと自分を責め続けてきた。


 なぜ、もっと早く動けなかったのか。


 その後悔が、血液恐怖症という形で、今も自分を苦しめている。


 でも、今は違う。


 今の自分には、【運命鑑定】がある。


 未来を視る力がある。


 そして、信じてくれる仲間がいる。


 スキルは『行け』と言っている。


 確かに、成功する保証はない。


 でも、行かなければ、確実に多くの人が死ぬ。


 十万人が、死ぬ。


 子供たちが、老人たちが、この街で暮らす全ての人々が。


 であれば――悩むことなど、ない。


 レオンは目を開く――その翠色の瞳に、決意の光が宿っていた。


「……行こう」


 静かな、でも力強い声。


「これが僕たちの、めくるべき『アルカナ』なんだ」


 四人の少女たちが、頷いた。


 五人の過酷な運命が、今、一つになった。


 伝説が、始まろうとしていた。












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