26. 衝撃の初クエスト
彼女たちは、ワクワクした表情で自分の指示を待っている。
その期待に、応えなければならない。
レオンは、ふぅ……と大きくため息をついた。
キュッと唇を結び、もう一度スキルに意識を集中する。
だが、いつまで経っても何の反応もない。
空っぽの井戸を覗き込んでいるような、虚しい感覚だけが残った。
こういう肝心な時に発動してくれないのだとしたら、【運命鑑定】をいったいどうやって使えばいいのか。
レオンはキュッと口を結んだ。
(……仕方ない)
教えてもらえないなら、自分の判断で選ぶしかない。
エリナとシエルには実戦経験を。
ルナには魔力制御の訓練を。
ミーシャには状況判断力を鍛える機会を。
それぞれの成長に繋がる依頼を、慎重に選ばなければ。
「ねえ、これなんてどう?」
待ちきれなくなったルナが、一枚の羊皮紙を指差した。
『街道のゴブリン退治』
報酬は金貨三枚。
ゴブリンの群れが街道沿いに出没し、旅人を襲っているのを解決してほしいという依頼だ。
新人パーティの初依頼としては、確かに堅実な選択だろう。
危険すぎず、かといって簡単すぎもしない。
全員が実戦を経験できるし、報酬も悪くない。
「そ、そうだね……。 いいかもしれな――」
その時だった。
バァァァン!!と、突然二階から轟音が響いた。
全員の視線が、一斉に上を向く。
執務室の扉が乱暴に開け放たれ、一人の男が飛び出してきた。
年季の入った刀傷が幾筋も走る強面のギルドマスターだ。
歴戦の冒険者として数々の修羅場をくぐり抜けてきた、この街の守護者。
その男が、死人のように青ざめていた。
手すりに両手をつき、ホールを見下ろすその目に宿っているのは、紛れもない恐怖だった。
「一同、注目せよ!!」
その声は、ギルドホール全体を震わせた。
喧騒が、一瞬で消え失せる。
冒険者たちが、凍りついたように動きを止めた。
「魔物の大群が、街に接近している!」
ギルドマスターの深刻な声に、息を呑む音があちこちから聞こえた。
「スタンピードの発生だ!!」
その言葉が落ちた瞬間、ギルドホールが大きくどよめいた。
スタンピード。
それは、冒険者にとって死の代名詞。
何かの原因で魔物が集団で発狂し、理性を失い、ただひたすら人間の街を目指して突き進む。
そして、全てを喰らい尽くす。
最悪の、災厄。
過去の記録では、スタンピードによって滅んだ街は数知れない。
万を超える魔物の群れが、まるで黒い津波のように押し寄せ、建物を破壊し、人々を蹂躙し、全てを無に帰す。
「誰か! ストーンウォール砦に援軍を!」
ギルドマスターの声が、悲鳴のように響いた。
ストーンウォール砦。
この街の防衛線として建設された、最後の砦。
そこが突破されれば、街までには何もない。
十万の命が、無防備に晒される。
「報酬は弾む! 頼む、誰か――」
だが、誰も動かない。
冒険者たちは、床を見つめていた。
息を殺し、存在を消そうとしている。
視線を合わせまいと、必死に目を逸らしているのだ。
当然だ。
万を超える魔物の群れを相手に、冒険者パーティがどうこうできるはずがない。
それは、英雄譚の中でしか起こらない奇跡だ。
現実の冒険者は、そんな無謀な賭けには出ない。生き延びることこそが、最大の勝利なのだから。
「……頼む」
ギルドマスターの声が、か細くなっていく。
「この街を……救ってくれ……」
懇願は、沈黙に飲み込まれた。
死の霧が、ギルドを包み込んでいく。
誰も顔を上げず、押し黙ったままだった。
ただ重苦しい沈黙だけが、ホールを支配する。
(……さすがに、これは無理だ)
レオンも、首を横に振る。
いくら【運命鑑定】があるとはいえ、スタンピードは次元が違う。
万の魔物を、たった五人で相手にできるはずがない。
ここは、逃げるべきだ。
街から離れ、安全な場所に避難する。
それが、最も合理的な選択だ。
だがその瞬間、視界が突然黄金に染まった。
まるで、太陽が目の前で爆発したかのような、眩い光――。
【運命分岐点:少女覚醒】
金色に輝く運命の選択肢が、宙に浮かび上がった。
【ストーンウォール死守】
【推奨行動:直ちに向かう】
【報酬:金貨五百枚、少女たちの真の覚醒】
【警告:この選択を逃せば、十万人が死ぬ】
「へっ……!?」
レオンの背筋を冷たい汗が流れ落ち、心臓が激しく脈打った。




