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24. 馬鹿をやれる仲間

 レオンも、『太陽の剣』にいた頃は、報酬の取り分が少なかった。


 節約して、節約して、それでもギリギリの生活だった。


 だから、彼女たちの気持ちは理解できる。


 でも、だからこそ、ここで投資しなければならないのだ。


 レオンは、二人の顔を交互に覗き込んだ。


 その翠色の瞳に、温かな光が宿っている。


「装備は命。ここで新調すれば一段上の冒険者になれるよ? なってみようよ?」


 静かな、でも真っ直ぐな問いかけ。


「そ、それは……」


 ルナが言葉に詰まる。


「……」


 エリナは無言でうつむいた。


 二人とも、答えは分かっている。


 強くなりたい。成功したい。今の生活から抜け出したい。


 でも、過去の恐怖が邪魔をする。


 このお金を使ってしまったら、また貧しくなるかもしれない。


 また、あの地獄のような日々に戻るかもしれない。


 その恐怖が、足を竦ませていた。


 シエルも碧眼を曇らせて呟く。


「でも、全部は……」


 公爵家にいた頃は、お金など気にしたこともなかった。


 欲しいものは何でも手に入った。


 でも、逃亡生活で、お金の大切さを嫌というほど骨身に染みて学ばされたのだ。


 一枚の銅貨が、命を繋ぐこともある。


 一杯のスープが、どれほどありがたいか。


 だから、全てを使ってしまうことに、抵抗があった。


「成長したくない、いつまでも底辺でいいなら、好きに使えばいい」


 レオンの声は、厳しい。


 でも、その奥には、確信が満ちていた。


「でも、お金に困らない暮らしを目指すなら、アルカナのことを考えるなら――ここは悩むところじゃないよ?」


 レオンは、三人を見回した。


「ね?」


 しかし、三人はうつむいたままだった。


 頭では分かっている。投資の重要性は、理解している。


 でも、心がついていかない。


 貧困に対する恐怖心は、簡単には変われない。


 沈黙が流れる――。


 その時だった。


 ミーシャが、優雅にくすりと笑った。


「私は、買える一番高いホーリーロッドを買うわよ?」


 金髪を翻し、堂々と宣言する。


「ふふっ」


 その聖女の微笑みには、迷いがなかった。


 ミーシャは孤児である。教会で育ち、施しで生きてきた。


 お金の苦労は、誰よりも知っている。


 でも、だからこそ分かっていた。


 ここで投資しなければ、永遠に底辺のままだ。


 お金は、貯めるためにあるのではない。


 ここぞという時に使うためにあるのだ。


 特に、自分を成長させるための投資は、惜しんではいけない。


 それが、ミーシャが教会で学んだ、数少ない真実の一つだった。


「さすがだな……」


 レオンが、感心したようにうなずいた。


「金貨四十枚なんて、これからいくらでも稼げるんだ」


 力強い断言。


 そこには、揺るぎない自信があった。


「『アルカナ』を信じてくれ」


 その言葉が、少女たちの心に響いた。


 『アルカナ』を信じる。


 つまり、仲間を信じ、未来を信じる。


 そして、自分自身を信じる――。


 その瞬間何かが、弾けた。


 エリナ、ルナ、シエル。


 三人は、顔を見合わせた。


 言葉は交わさない。でも、視線だけで通じ合う。


 ――信じてみようか。


 ――この男を。この仲間を。この未来を。


 そして、エリナの漆黒の瞳に、変化が現れた。


「分かったわよ!」


 エリナが、ヤケクソ気味に叫んだ。


「パーッと行きましょ! パーッと!」


 口を尖らせながらも、その声は弾んでいる。


 黒髪を翻して歩き出すその背中は、まるで新しい冒険へ飛び出す雛鳥のようだった。


「少し足りないくらいなら、いくらでも補填するから――」


 レオンが、つい口を滑らせた。


 その瞬間、ギラリと輝く四人の瞳――――。


 しまった、と思った時には遅かった。


「あら? いいの? 悪いわねぇ」


 ミーシャが悪戯っぽくレオンの顔を覗き込んだ。


 その笑顔は、完全に「獲物を見つけた」という表情だった。


「あ、も、もちろんあくまでも少しだぞ」


 レオンが、慌てて訂正する。


「こっちだって予算が……」


 高利貸しへの返済がある。生活費も必要だ。宿代だって馬鹿にならない。


 だが、時すでに遅し。


「じゃあ、早い者勝ちね? それーっ!」


 ルナがその緋色の瞳をいたずらっぽく輝かせ、いきなり駆け出した。


「あ、ずるーい!」


 シエルも銀髪を躍らせて追いかける。


「おいおい! 予算があるんだよぉぉ!」


 レオンが慌てて追いかける。


 でも、その声は悲鳴というより、笑い声に近かった。


 嬉しいのだ。


 こうやって、仲間と馬鹿をやれることが。


 くだらないことで笑い合えることが。



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