22. 運命のカード
レオンは、少女たちの顔を一人一人見つめた。
エリナ。ミーシャ。ルナ。シエル。
それぞれが深い傷を抱え、絶望の底を知っている。
「今朝、追放され、絶望に打ちひしがれていた僕の前に……」
レオンの声に、感謝の響きが宿った。
今朝のことを思い出す。
カインに殴られ、セリナに捨てられ、冷たい石畳の上に這いつくばっていた。
全てを失い、死すら覚悟した瞬間。
あの時、本当に終わりだと思った。
なのに――。
「君たち四人が、現れてくれた」
路地裏で出会った、四人の少女。
傷だらけで、汚れていて、絶望の底にいた彼女たち。
でも、その瞳の奥には、消えない光があった。
その光を見た瞬間、レオンは確信したのだ。
まだ、終わりじゃない。ここから、始まるのだと。
「それが僕の人生を、最高にラッキーに輝かせてくれたんだ」
レオンは、微笑んだ。
心からの、感謝を込めた笑顔。
「まさに君たちは、僕が見つけた『四つ葉のクローバー』だ」
四つ葉のクローバー。
幸運の象徴。見つけた者に幸せをもたらすという、奇跡の葉。
四人の少女たちが、まさにそれだった。
「僕にとっては、この出会いのためのパーティ名にしか見えないんだ」
四人が、息を呑んだ。
「君たちが幸運を願って付けた名前が、僕に幸運を運んできてくれた」
レオンの翠色の瞳が、温かく輝いている。
「そして、その幸運は、君たちにも等しく降り注ぐ」
僕だけじゃない、みんな幸せになるのだ。
エリナの硬い表情が、ゆっくりとほぐれていった。
「ははっ」
伸びやかな笑い声。
「まさか、そんなめぐり合わせがあるとはね」
漆黒の瞳に、涙が滲んでいる。
でも、それは悲しみの涙ではなかった。
「四つ葉のクローバーが、本当に幸運を運んでくるなんて……」
シエルが、感慨深そうに呟いた。
「こうなることが、分かってたみたい……」
銀髪が、ランプの光を受けて輝いている。
「名前の通りになった……。ふふっ、いいじゃない」
ミーシャが本心からの温かい笑顔を浮かべた。
「でも……」
ルナが、困ったように皆の顔を見回す。
「もう四つ葉じゃないよね。五人になっちゃった……」
その言葉に、全員がハッとした。
「うーん、『五つ葉』ってわけにもいかないしねぇ……」
シエルが、首を傾げた。
五つ葉のクローバー。
それは、稀少ではあるが、必ずしも良い意味ではない。
「不幸を呼ぶ」とも、「金運だけは上がるが、他の運が下がる」とも言われている。
パーティ名としては、あまり縁起が良くなかった。
「さて……」
レオンも、腕を組んで考え込んだ。
「名前を決めるのって、難しいんだよな……」
沈黙が流れる。
全員で新しいパーティ名を考えたが――なかなか良い案が浮かばない。
「五人組」では味気ない。
「星」や「月」などキラキラした名前は、他のパーティとかぶりそうだ。
うんうんと唸る五人。
その時だった。ミーシャが、優雅に手を口元に当てた。
「それなら」
聖女の微笑み。
「『アルカナ』は、いかがでしょう?」
その言葉に、全員の視線が集まった。
「へ?」
ルナが、きょとんとした顔をする。
「アルカナ?」
エリナが、聞き慣れない言葉に首を傾げる。
レオンも、その言葉に惹かれるものを感じた。
アルカナ。
どこかで聞いたことがある。でも、詳しい意味は知らない。
「古い言葉で、『秘密』『神秘』という意味ですわ」
ミーシャが、金髪を優雅にかき上げた。
「タロットカードでは、運命のカードとも呼ばれているの」
タロットカード。
未来を占うための、神秘的なカード。
その中核を成すのが、「大アルカナ」と呼ばれる二十二枚のカード。
愚者、魔術師、女教皇、皇帝、恋人、戦車、運命の輪……。
それぞれが、人生の重要な転機や、運命の分岐点を象徴している。
「まだ誰も知らない、私たちの本当の力……」
ミーシャの空色の瞳が、神秘的な光を宿した。
そして、一人一人を見つめながら、言葉を紡いでいく。
「隠された才能……、秘められた可能性……まだ見ぬ未来……」
「そして、何より――」
最後に、レオンを見つめた。
空色の瞳が、真っ直ぐにレオンを捉えている。
「自分の運命を、自分の手でめくっていく」
運命を、受け入れるのではない。
運命を見据え、自分たちの手でカードをめくって変えていくのだ。
新しい未来を、切り開く。
「まさに、私たちにぴったりではありませんこと?」
ミーシャは、自信を映す微笑みを見せた。
シエルの碧眼が、子供のように輝いた。
「アルカナ……運命のカード……」
その言葉を、何度も口の中で転がす。
「いい響き……。なんか、かっこいい」
ルナが、両手を胸の前で組んだ。
まるで、祈るように。




