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20. 唯一の選択

 本音を言えば、高利貸しへの返済を考えると、一枚でも多く欲しい。


 金貨三百枚の借金。週利五パーセント。


 返済が遅れれば利子が雪だるま式に膨れ上がり、奴隷商人に売られてしまう。


 だが、レオンは心の奥で理解していた。


 今、最も大切なのは何か。


 金ではない。


 この傷ついた少女たちとの、信頼関係だ。


 信頼がなければ、パーティは成り立たない。


 そして、信頼は、金では買えない。


 一度でも私欲を見せれば、全てが崩壊する。


 あくまでも彼女たちが優先であるという姿勢を見せ続けるしかないのだ。


 それに――。


 彼女たちは、無限の可能性を秘めた原石なのだ。


 磨けば、世界を照らす宝石になる。


 大陸最強のパーティになれる。


 そうなれば、お金の問題などあっという間に解決するはずだ。


 何より、レオンは純粋に、彼女たちの輝きを見届けたかった。


 落ちこぼれと蔑まれた少女たちが、世界を変える瞬間を。


 絶望の底から這い上がり、頂点に立つ姿を。


 そのためには、透明な関係でなければならない。


 上下ではなく、対等。


 利用ではなく、協力。


 それが、レオンの理想だった。


「え?」


 エリナが、不思議そうに首を傾げた。


「レオンが多く取ればいいじゃない。あんたが賞金首を見つけたんでしょ?」


 その言葉には、純粋な疑問が込められていた。


 しかし、レオンは静かに首を振る。


「こういうのは、シンプルが一番なんだ」


 脳裏に、『太陽の剣』での記憶が蘇る。カインが、報酬の七割を独占していた。


 「俺がリーダーだから当然だ」と。


 残りの三割を、メンバーで分ける。


 表面上、誰も文句は言わなかった。


 カインは最強の剣士で、パーティの顔だ。逆らえるはずがない。


 だが、あの重苦しい空気。


 押し殺された不満。


 「なんで俺たちばかり」という、声にならない声。


 それが、パーティを内側から蝕んでいた。


 レオンが追放されたのも、その歪みの一端だったのかもしれない。


「不公平は、必ずモヤモヤを生む」


 レオンは、革袋を開いた。


「モヤモヤは不信を生み、不信は崩壊を招く」


 金貨を、一枚ずつ取り出していく。


 他の客に見られないよう、テーブルの死角を使って慎重に。


「僕たちは、互いが不可欠な存在だ」


 一枚、また一枚。


 正確に、丁寧に。


 まるで神聖な儀式のように、金貨を五つの山に分けていく。


「最高の楽譜があっても、演奏者がいなければただの紙」


 チャリン、チャリン。


 金貨が積み重なっていく音が、静かに響く。


「最高の演奏者がいても、楽譜がなければ音楽は生まれない」


 四十枚ずつ五つの山が、テーブルの上に並んだ。


 レオンは、それぞれを紙ナプキンで包んだ。


 黄金の塊が、五つ。


「だから、対等でなければ未来はない」


 レオンは、少女たちを真っ直ぐに見つめた。


 翠色の瞳に、一点の曇りもなかった。


「上下関係でも、利用関係でもない。真の仲間として、同じ地平に立つ」


 それは、【運命鑑定】の指示ではないし、最善のルートを選ぶための計算でもなかった。


 レオンの、本心からの言葉だった。


「五等分は、僕たちの未来のための、唯一の選択なんだよ」


 沈黙が、流れた。


 少女たちは、レオンの言葉を噛みしめていた。


 対等な仲間。


 同じ地平に立つ。


 それは軽んじられ、また、利用されようとして逃げ、集まった彼女たちにとって、どれほど重い言葉だったか。


「……対等な仲間、か」


 エリナの硬い表情が、ゆっくりとほぐれていった。


 唇の端が、微かに上がる。


「悪くない」


 低い声だったが、そこには確かな温もりがあった。


「そういうの、嫌いじゃないわ」


 シエルも、銀髪を揺らしながら頷いた。


 ルナが、勢いよく椅子から立ち上がる。


「あたしも!」


 小さな手が、テーブルの上で握りしめられていた。


 震えながらも、その緋色の瞳は希望に輝いている。


「皆が同じなら、安心できる!」


 ミーシャが優雅に金貨の包みを手に取った。


 四十枚分の重み。


 それを、愛おしそうに見つめる。


「うふふ」


 聖女の微笑み。


「合格ですわ」


 空色の瞳が、レオンを見つめた。


 そこには、初めて見る光があった。


 冷徹な観察者ではなく、一人の少女としての、純粋な感情。


「あなた、本当に面白い人」


 ミーシャは、くすりと笑った。


 聖女の仮面が、わずかにずれている。


 その隙間から、本当のミーシャが顔を覗かせていた。


「強欲でもなく、偽善者でもなく。本当に、対等な関係を望んでいるのね」


 今まで、そんな人はいなかった。


 誰もが下心を持ち、ミーシャを利用しようと近づいてきた。


 でも、この男は違う。


 金貨の山を前にして平等に分配し、「対等な仲間」と言ってくれた。


 それが、どれほど嬉しいことか。



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