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19. 五等分の正解

「まぁ、自分でも驚いてるよ」


 レオンが、照れくさそうに頭を掻いた。


 四人の熱い視線に、少し気恥ずかしくなったのだ。


「今朝、覚醒したばかりだからね。正直、まだ使いこなせてない部分も多いんだ」


「それでも、すごいわ」


 エリナが、静かに言った。


 『誰も傷つけずに勝つ』ことの、途方もない難しさ。


 剣を振るうことしか知らない自分にはできない。


 でも、この男には、それができる。


 だから――。


「……ありがとう」


 エリナが、小さく呟いた。


「仲間だろ? 当然のことさ」


 レオンは、穏やかに微笑んだ。


 仲間。


 その言葉に、エリナの胸が熱くなった。


 レオンは、少女たちの顔を見回す。


 エリナ。ミーシャ。ルナ。シエル。


 四つの宝石のような瞳が、レオンを見つめ返している。


 そこに宿る光は、数時間前とは明らかに違っていた。


 警戒が信頼に変わり、疑念が期待に変わりつつある。


 まだ完全ではない。まだ道半ばだ。


 でも、確かに、関係は前に進んでいる。


 温かい料理。予期せぬ奇跡。そして、生まれたばかりの絆。


 『腹ペコグリフォン亭』の喧騒の中で、新生パーティの物語が、確かに動き始めていた。



        ◇



 満腹の幸福感が、テーブルを包んでいた。


 空になった皿。骨だけになった肉。拭われたシチューの器。


 全員が、久しぶりの満腹感に浸っている。


 少女たちの顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。


 その静かな幸福の中で、レオンは革袋をドサッとテーブルに置いた。


 金貨二百枚。


 ずっしりとした重みが、木のテーブルを軋ませる。


 チャリ、チャリン。


 革袋の中で金貨が奏でる音が、まるで運命の鐘のように、五人の間に響き渡った。


 少女たちの視線が、一斉に革袋に集まる。


 これが、今日の成果。


 そして、これから始まる新しい人生の軍資金。


「さて」


 レオンが、静かに口を開いた。


「分配の話をしよう」


 その言葉を聞いた瞬間、空気が微かに変わった。


 分配。


 それは、パーティにとって最も繊細な問題の一つだ。


 金の問題で揉めて解散したパーティは、数え切れないほどある。


 信頼関係が薄いうちは、なおさらだ。


 レオンが次の言葉を紡ぐより早く、ミーシャが動いた。


「あらあら」


 優雅に、両手を組み合わせる。


 その仕草は完璧に計算されていて、まるで舞台女優のようだった。


 聖女の微笑み。


 だが、その空色の瞳の奥では、冷徹な観察者が獲物を値踏みしている。


「ここは公平に、五等分がよろしいのではありませんこと? 私たちはまだ、お互いをよく存じませんもの」


 ミーシャは、意味深な微笑みを深めた。


「ただ……」


 空色の瞳が、レオンを射抜く。


「賞金首を見つけたのは、レオンさんですわ。あなたが多く取りたいとおっしゃるなら、それも一つの考え方ですわね」


 レオンに配慮したような提案。


 しかし、その甘い声音には、毒蜜のような試練が潜んでいた。


 ――罠だ。


 レオンは、瞬時に理解した。


 これは、ミーシャの試験だ。


 エリナもルナもシエルも、その真意に気づいていない。


 表面上は、レオンに有利な提案をしているように見える。


 「あなたが多く取ってもいい」と言っているのだから。


 だが、本当の意味は違う。


 もしここで自分が「じゃあ、僕が多くもらう」と言えば、どうなるか。


 ミーシャは、レオンを『自分たちを利用しようとする強欲な男』と判断するだろう。


 そして、他の三人にもそう吹き込むだろう。


 「ほら見なさい、やっぱり男なんてそんなものよ」と。


 生まれたばかりの信頼関係は、一瞬で崩壊する。


 これは、ミーシャが仕掛けた、巧妙な心理テストだ。


 レオンの瞳が、密かに金色の光を宿した。


 【運命鑑定】が、自動的に発動する。




【運命分岐点:踏み絵】

【発生イベント:ミーシャによる心理テスト】

【推奨行動:積極的に五等分を受け入れる】




 やはり、そうだった。


 ミーシャは、レオンを試している。


 本当に信頼できる相手かどうか、ここで見極めようとしているのだ。


 それは、ミーシャの過去を考えれば、当然のことだった。


 孤児として教会で育ち、聖女を演じることでしか居場所を保てなかった少女。


 誰も本当の自分を見てくれない。誰も本心を受け入れてくれない。


 だから、他人を信じられずにこうやって試す。


 相手の本性を、暴こうとする。


「そうだね……」


 レオンは、静かに微笑んだ。


 そして、ミーシャの挑戦を、真正面から受けて立った。


「君の言う通り、五等分が正解だ」


 迷いのない、真っ直ぐな声。


「あら?」


 ミーシャの眉が、わずかに上がった。


「いいんですの? あなたが見つけた賞金首ですのに」



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