【fin】 終業(二年度一学期)
【Ⅸ Thanks.】
七月二五日。
春の気配はとうに消え。梅雨の影ももはや過ぎ去り、らんらんとした夏が世界に漂っていた。
そう。夏。夏と聞いて我々高校生が待ちわびるのは夏季休業――即ち夏休みである。
そして今日は、夏休み前の最後の登校日。長期休暇の始まりを告げる、一学期の終業式が行われた。
そんでもって現在。俺は旧生徒会室の事務椅子に持たれかかりながら、青空に流れる雲を眺めていた。
「そんで、俺らは二位ですか」
俺はうんざりするようにため息を吐きだす。
発言が差すのは無論、六月に行われた文化祭についてだ。
今年の文化祭は異例の盛り上がりと結果になった。俺達二年五組――普通科のクラスが、学年総合で二位に輝いたのである。
それもそのはず、美浦たち七組との賭けがかかった重要な勝負だ。五組のやつらは一切の油断もしていなかったし、出せるもの全てを出し切った。客観的に見ても最高のステージだったと思うし、全体的なクオリティも他クラスに引けをとらないどころか一線を画したものだったとすら言える。
実際、生徒票は文特と特待に続き、美浦たちと並んで三位タイ、審査員票と総合順位においては二位に輝いたのだから、誇るべき結果なのだろうけれど。
「まあ? あんたらにしてはよく頑張ったんじゃない? 文特にはかなわなかったようだケド」
調子のいい声で煽ってくるのは桜川ひたち。ちっちゃい鏡を見ながらクシで髪を梳かしている。その横顔が色っぽくも見えるのだが、今は腹立って仕方ない。
なんせ一位は当然のごとく、この桜川率いる二年六組なのだ。
それも圧倒的大差。一位と二位の差には果てしない距離が存在していた。
「むしろあんだけやって勝てないとか、お前がチートすぎるだけだ。なにその唯一無二ぶり、無下限呪術の使い手? 水星のアルテミット・ワン? ホストの帝王かなんかなの?」
「なになになに? わかんないんだけど」
投げやりに放った俺の軽口に、桜川はつまづいているようだ。聞き返すなよ、恥ずかしい。
要するに、最強ってことだ。
そのうち負ける前提の心構えが身についてもおかしくない。そんときは『また勝てなかった』とか口癖にしとけばいいか。見習うべきは球磨川式メソッドである。
「まあでも、一応『課題』については、どっちも達成したってことになるのか」
「その通りだ天川。俺の期待を大きく超えてくれたな」
廻戸先生が窓際にもたれかかりながら答えた。
「まあなんとか、ボーダーはクリアしましたけど。結局学園のやつらがなにか変わったって言われたら、別に今まで通りのまんまって感じですけどね。ライブはあんな盛り上がったのに」
「いいや、十分だよ。実際お前はあらゆる手段を尽くして文化祭に臨んだ。ひいては桜川を脅かすほどの勢いで会場を支配してみせた。……なによりお前自身に変化が訪れたんじゃないか」
どうだろう。
俺自身、変化は確かにあった。一つの高校を征服するというのは思った以上に骨が折れることなのだと再認識したし、自分自身の在り方について考えたりもした。
それが前向きな変化だとは、到底言い切れないけれど。
「それも必要な過程さ。クラスの人間を掌握し操って、そして本番では限界以上のパフォーマンスを引き出した。凡人と蔑まれてきたお前らが、特進のエリートたちを下した。弱者でも強者に勝てることを証明した。普通科や後輩たちを中心に生徒の意識は変わり始めただろうさ。お前は一歩一歩、着実に、野望に近づいている」
「なんかめっちゃ褒められてて草。どしたの先生? 頭打った?」
「正当な評価をしたまでだ。そういう桜川は今回はなにも成長していないな。そんなんじゃ天川に追い越されるぞ。つか追い越されちまえクソガキ」
「なっ」
微動だにしない先生は桜川を一蹴し、窓枠から腰を浮かして俺たちを見やった。
「……なにはともあれ、お前たち。一学期は余裕の合格点だ。この調子で夏休み以降も励めよ」
突然の合格通知。
二か月余りの苦労の果てに評された結果だ。今は素直に受け取るべきなのだろう。たとえ些細な悩みがあっても、今は。
春が終わり。雨間が晴れて、そして今度は夏が始まる。
怒涛の一学期。
これにて、終業。
初めまして、天海です。
というわけで二章【文化祭編】、完結しましたね。
いろいろ語りたいことがあるのですが、それはいずれ出るだろう幕間の短編で書き連ねようと思います。
今後の展開ですが、ひとまず夏休み、体育祭、生徒会選挙からの修学旅行……と、単行本換算で十巻分くらいは構想が固まっているので、しばらくお付き合いいただけますと幸いです!
それでは3章【合宿編】でお会いしましょう!




