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【7-1】 櫻の神子

【Ⅶ We play rock and roll/Checkmate(e#)】



 十二時四五分。通常日課と同じ昼休みが終わり、第二部の開催となった。

 午後からは二学年の演目を行うタイムスケジュールだ。午前中と同じように八クラス分ぶっ通しで鑑賞することになる。


 本当なら昼下がりのこの時間は誰もが睡魔に襲われるはずだけれど、今回ばかりはアリーナにそんな気配はなかった。むしろ逆だ。午前中と比較して、会場内の熱気は目に見えて増してきている。


 その理由は明白。歴代でもあらゆるレベルが高水準と名高い海南二年の、そのさらに上澄みの人物たちを目当てにしている生徒がほとんどだった。



 その中の一人。そして考えうる限りこの学園で最強の座に君臨する『ヒロイン』――桜川(さくらがわ)ひたち率いる六組の演目がトップバッターだ。まだかまだかと逸る気持ちに、観客席のいたるところでざわつきが生じている。



「ひたちたそ、どんな格好するんだろうな」「噂だと着物を着るとかなんとからしいぞ」「マジ? 絶対似合うじゃん」


 やがて現れた司会の掛け声で、館内は再び暗転しステージの幕が上がった。


 二年七組の演目は完全オリジナル。現代日本を舞台に、人々を脅かす(あやかし)とそれを退治する人間たちの戦いを描く現代バトルファンタジーだ。


 童話やおとぎ話をモチーフにしたものでなく自分たちで書き下ろしたシナリオは、うまくハマれば構成や想像力を高く評価される反面、外した時のダメージがかなり痛い。普通は避けたくなるかなりの博打だが、そこはやはりというか六組。特進コースの文系担当は一味違う。

 序盤の掴みから中盤まで聞き手を飽きさせることなく、けれどメリハリのある緩急で物語にのめり込ませてくる。



 観客が集中する理由はもう一つある。無論、桜川の配役だ。

 俺は事前にあいつの役を聞いていたから、大筋であいつがどう登場してくるかの予想はつく。だが一般の観客は大半がそれを知らない。我らがヒロインがどんなタイミングで、どんな姿で現れるのか。期待は膨らむばかりだ。


 そして物語が一つの山を越えた辺り。全体の後半に差し掛かり、主人公が力を授り受けるべく神秘の社の神主を訪ねる場面に切り替わる。


 それまでのセットがはけていき、背景はシンプルなものへと移った。余計な装飾はいらないと、そう言わんばかりのほとんど白一色。それによって、神秘的な空間を演出している。

 その白のなかで、彼女は(あらわ)れた。



「綺麗だ」



 誰かがそう言った。

 その一言きりで、会場は沈黙した。それ以上の言葉はいらなかった。彼女を前に他の雑音を上げるだなんて無粋なことは許されない。視認したソレを言い表すのに、それだけであまりに十分すぎたのだ。



 朱白の装束を纏った桜川ひたちは、無機質な板張りの壇上を神域に換え、世界を彼女色に塗りつぶした。


 その声は雪解けを招く春日のように澄んでいて。

 たゆやかに舞う大袖は桜の花びらのように儚く。

 神話の頁から顕現した巫女の姿が、彼ら彼女らの瞳に刻み込まれた。


 その景色、後光を纏った神子に、誰もが息を呑む。



「勇敢なる冒険者様に、神の奇跡を授けます。……貴方たちの道行きに、幸あれ」


 物語終盤。シナリオの文法的なテンプレを踏襲しつつ、演者を最大限の見栄えで映す展開と魅せ方に、審査員たちの誰もがのめり込んでいく。


 目を惹くのは桜川だけではない。青みがかったロングの髪を降ろした一ノ瀬(いちのせ)夏祈(なつき)は、普段の冷涼で爽快なイメージと打って変わって妖艶な風貌を醸し出していた。

 アクション要素を担う運動部の人間もよく働いていた。飯田晃成(いいだこうせい)や野球部の粟野(あわの)柿岡(かきおか)もやはり運動神経に裏付けられたいい動きである。


 敵ながら認めざるを得ない。あまりの完成度に、幕が閉じるその瞬間まで、客席は固まってしまっていたほどだ。



 ほどなくして割れんばかりの歓声が上がり、室内の温度は急速に高まっていく。


 圧倒的余韻。心を無理やり踏み荒らされたような……だけど今までにない爽快感が俺たちを満たしていた。


 一番手とか創作劇とか関係ない。桜川は――二年六組は完璧な形でステージの幕を閉じた。

 どころか彼女たちは、後続の他クラスにプレッシャーを与えてみせたのである。俺たちは桜川の作り出した断崖のようなハードルを超えなければならなくなってしまった。



「最高だー! ひたちたそー!」「俺もう投票した! 魂の一票を送ったよォオ!」

『続いて三組の発表に移ります。みなさん、席に着いてくださ「桜川さーん!」……静粛に願います、速やかに席に――「夏祈ー!」――座れっつってんだろぉお!! オマエら全員失格にするぞッ!』

「実行委員も大変だな……」


 拍手は、それから数十秒間鳴り続けていた。

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