【5-2】 飯田の告白大作戦〈破〉
読んでくれてありがとうございます!ここからめちゃくちゃ面白くなるので楽しんでいってください!
「で、アテはあるのか?」
「いや、ない」
「は?」
昼休みの終わり際。
教室に戻る最中、ふと訊いた質問への返答に、気の抜けた声を漏らした。
いや、いきなり頼んだのは俺だし、引き受けてくれたことに感謝するべきなんだけど。
「ないってお前。トーク術を伝授するとか、好感度なんかいくらでも上げられるとか言ってたじゃん」
頼んでおいてなんだが、さっきまでの心強さががくっと落ちた音がした。
これにはさすがに舌を巻かずにいられなかった。責任者のいない組織ほど不安定な集団はない。
俺の追求を受けた滝田はしかし、ひょうひょうとしている。
「半分冗談だよ。ぶっちゃけ飯田がなんもしなくても、俺らが裏で立ち回りゃあいい方向には持って行けるだろ。うまくいく確証がないってのはガチ」
「お前、あんだけ大見得切っといて、考えなしかよ」
「しゃーないだろ。俺だって何度か声かけたことはあるけど、いっつもそっけないのよ。まあ、あれは間違いなく俺と話すのに照れてるだけなんだろうけど。可愛いよなあ、ああいうウブなとこ」
「…………チッ」
「おい舌打ちはやめろ」
おっと。反射的に出てしまった。
「んーま、その高嶺の花が相手っていうのが怖いんだけどな。彼女、頑固なくらい『自分』を持ってそうじゃん? 俺らが飯田を持ち上げたりステマしても、結局は自分の認めた男じゃなきゃダメそう」
それは一理ある。一どころか千里ある。花室冬歌、あいつは確固たる自我を、芯を持っている女だ。俺たちが暗躍しても、まるで逆効果まである。
不安が募る一方だ。
「本当に大丈夫なんだろうな」
「任せろ。女の子とボールの扱いはお手のもんさ」
「上手くねえよ……」
こいつを頼らない方が良かった、なんてことはないよな……、
「あれえ? 天川じゃん」
「ん? あ、おお」
背後からかけられたその声には、聞き覚えがあった。
意味ありげな表現で含みを持たせてみたものの、それは初めての邂逅でも、運命的な再会でもない。学校という舞台で名を呼ばれれば、それは自然と知人からのものと変換される。
俺の名を呼ぶその声は、しかし俺だけを捉えていたわけではなさそうだ。
気配のする方に目を向けた飯田が、表情を固まらせる。
「粟野、に柿岡」
「よお天川。に、飯田もいるじゃんか」
俺に呼称された男子生徒二人――中肉中背で角ばった体格の粟野と、高身長でやや細身の柿岡が、並んでこちらに歩いてきた。
「二人してなにしてんだ、そんなところで」
二人。
露骨に嫌味を持った言葉を発す粟野の心境を、俺は知っている。
覚えているだろうか。まさにこの『課題』に取り組む前。
廻戸先生から命令されて暗躍していた、学内のトラブルの対処。
五組のサッカー部と野球部のいざこさ。前者はこの飯田晃成。良くも悪くもまっすぐな飯田は、相手の挑発に乗って手が出るまで激昂していた。
後者。飯田をそうなるまで乗せた人物が、何を隠そう、この二人である。
一度間を取り持ったとはいえ、両者の間にほとぼりが冷めきったとは言い難い。要するに、一触即発というわけだ。
飯田が後ずさる。
なおも憎たらしい表情を浮かべ近づく二人に、滝田が割って入った。
「俺のことは無視か?」
さすがの気配りで、注目を引き受けようと声をかける滝田。
粟野たちは一瞬物定めするような視線を向けるが、その冷ややかな興味は自分らを満たすに足りないのか、すぐに俺たちへと戻した。
「君は誰だっけ? 悪いなあ、記憶にないんだ」
「まあ? 覚えてないってことは、普通科の生徒なんだろうけど」
普通科生を下に見る発言の通り、この二人は特進クラスの生徒だ。
特別進学コース理系、粟野。同じく柿岡。
飯田と、ヒロイン桜川ひたちのクラスメイト。野球部に所属していて、三年生の引退後はこの海南を背負って立つ人材の一角だと自負している。
才能に恵まれた彼らは、例に漏れず、普通科クラスの俺たちを内心であざ笑っているのだ。
皮肉じみたことをのたまう柿岡。
ことを荒げまいとするスタンスの滝田も、その態度を見るやうすら笑いを消してしまった。
「まあいいや。三人でなに話してたんだ? 楽しそうにしてたじゃないか」
「花室の名前が出てたな。あいつがどうかしたのか? 俺たちも混ぜてくれよ」
にやにやと、悪そうな笑みだ。絶対に何かを企んでいる。
「いや、えっと、その」
「なんだなんだ飯田~、照れちゃって。やましいことでもあるのか?」
「やましくなんかない。ただ、ちょっとな」
「ああ分かった、恋バナだな? その照れ方はそうだろ!」
「まさか飯田、花室のことが好きなのか?」
「あ、ああ。実は天川に、俺の恋愛相談に乗ってもらってたんだ」
「飯田」
「でも、このことは天川たちと、桜川さんにしか知られていないんだ。だからその……内緒にしてくれないか?」
その一言を聞いて、粟野と柿岡の目が鋭く光る。
まずったな。もっと早くに止めておくべきだったか。
「へえ。内緒にね。どうしよっかなあ?」
「そこをどうか、お願いできないか?」
「面白い話を知ってしまったからな」
「まあ聞いてくれよ。俺たちだって嫌がらせがしたいわけじゃないんだ。お前の秘密は守ってやるよ。ただし一つ、条件がある」
「条件?」
にやにやと、二人してうさん臭い笑顔を貼りつけたまま、提示してきた条件は――
「俺たちにその恋愛相談、手伝わせてもらえないか?」
「「「え」」」
キラキラとした眼差しで、飯田に言い寄る。
「なんだよそれ、面白そうじゃねえか」
「なんだ? 俺たち、前に迷惑をかけたけどよ。そのことをずっと謝りたかったんだ」
「その罪滅ぼしがしたくてな。飯田さえよければ、力を貸させてくれ!」
「粟野……柿岡……」
「ちょっとまて飯田。軽はずみに感化されるべきじゃないぞ」
飯田の優しさはこいつの魅力だ。
だがそれは同時に弱さでもある。裏を返せば、このような押しに弱い。強引な取引を持ち出された時、断り切れないことだ。
「なんだよ天川―。俺たちにも手柄を分けてくれよ」
冗談交じりに柿岡が言う。その真意は読めないが、飯田はすでに丸めこまれているようだ。
「天川、どうかな?」
ここで変に拒絶するのはかえって不自然だ。
「そうだな……、協力者が増えるに越したことはないし、良いんじゃねえの」
「だよな! そういういことだ、粟野、柿岡! これからよろしくな!」
「任せろ! 必ず力になってやんよ」
「……まあ、あんま出すぎた真似をすると誰かに勘付かれるし、やりすぎないようにな」
「もちろんさ」
軽快に立ち去る二人の背中を見送りながら、脳裏に不安がよぎる。
不穏な空気を、俺と滝田は感じていた。




