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それでもウチのヒロインが最強すぎる  作者: 天海 汰地
1章『Symphony:Blue in C minor』
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【4-3】 天川周の片影

 

 花室が提案してきた作戦は、存外、奇を衒ったアイデアでもなんでもなく、道路沿いのファミレスでカラオケから出てくる桜川を出待ちする、といったものだった。

 気長に待つこと一時間弱ほど。やがてカラオケから出てきた桜川の後を追うように、俺たちはファミレスを後にした。



 道中、俺たちの間柄上会話が弾むことはない。というか会話がない。無だ。


 その原因に心当たりがないわけじゃない。というか一つじゃあないんだろうけど、まず間違いなく大きな要因は先ほどの駅前通りでのトラブル――予期せぬ事故によるものだろう。


 花室に男性への耐性があるなんてハナから思ってはなかったが、まさかあんなになるまで取り乱してしまうなんて。あれがToLoveるじゃなくてトラブルで本当に良かった。あれでただ覆い被さるだけじゃなくて胸を触るとか四肢が絡み合うとかのラッキースケベ発動してたらどうなっていたか想像もつかない。


 さっきから花室の様子を伺ってはいるが、なんだか意識的に目線を逸らされてる気がするし。

 俺はこういう状況にいたたまれなくなる性質なので、なんとかして話題を模索する。



「そういや、花室」

 横を歩く花室は、そこでやっと自分の名を呼ぶ俺を見た。


「お前、なんで特進じゃないんだ?」


 俺は疑問を投げた。

 先刻、花室がこぼしていたことだ。

 恨みともとれるような感情のこもった声色。

 こいつと特進クラスに、なにかしらの因果があるのか。


「勉強も運動もうちじゃ二位。桜川を除けばトップだ。お前なら特進はおろか、特待クラスにいたっておかしくはないだろ」

「釈然としない評価ね。私はあの女と比べられるのがこの世で最も嫌いだわ」

「俺からしたら、褒め言葉のつもりだったんだけどな」


 桜川ははっきり言って論外だ。同じステージで戦おうとするなんざ間違っている。

 だから、この学校で何かにおいて二位、次席に座することとはつまり、実質的な一位を獲得しているようなものだ。



「進級時に特進クラスの誘いを持ち出されたりしなかったのか? なんなら、入学時に声がかかってるはずだ」


 海南高校のなかで成績上位者のみが所属を許される二つのクラス。

 特別進学コースと特別待遇生徒。


 ならばどうやってそのクラスに配属されるのか。大きく分けて二つある。


 一つは進級時に学校側に申し出ること。前年度のテストなど、優劣をつける行事で上位の成績を維持することができれば、それが認められて次年度から特進クラスへと進級できる。


 もう一つの方法は、というよりはタイミングの違いであるのだが、入学手続きの際に特進クラスへの進学を希望することだ。

 入学試験の点数、また中学時代の内申成績如何によっては、望む者は特別進学コースにでの高校生活をスタートすることができる。なんなら特進の生徒はそれが大半だ。



 そしてもう一つ。


 入試上位数名には、学校側から声がかけられる。

 桜川や、花室のような逸材を逃さまいとする学校側の意向だ。優秀な人材の輩出を求める海南らしいシステムだ。



「確かにそんな誘いが来ていたわね。どっちも断ったけれど」

 花室はけろっと言ってのけた。


「なんか理由でもあるのか?」

「そうね。ないわけでもないけれど……。それよりもっと、簡単な理由」

 花室は目線を下に落とす。

 なにを見つめるでもないその眼には、黒い影がさしかかっているように見えた。


「嫌いなのよ、あの連中が。少し才能に優れていたというだけで自分より下位の存在を見下す彼らが」

 嫌い。言葉を包むことなく漏らしたその口調からは、その感情の強さがうかがえる。


 才能、それはこの花室冬歌がもっとも忌むところの一つなのだろう。努力こそ人間の美徳と捉える彼女の信念が、言葉や行動の節々からなんとなく、伝わってくる。


「ほーん。でも。特進ってだけあって人間ができたやつも中にはいるだろ。それこそ桜川とか。あいつ、外面だけはいいからな」

 気休め程度の言葉だったが、逆に花室の地雷を踏んでしまったようで。



「あの女が一番嫌いだわ! 特進の中でも上澄みな成績のくせに、普通科の生徒にも親しくして。内心では自分が誰よりも他人を見下しているくせにっ!」

「そんなこと……あるな」


 確かに。あいつの傲慢さは折り紙付きだ。

 頭がいいとか、優しいとか、かわいいとか、どんな飛びぬけた才能よりもあの本性が一番印象的だからな。他の奴らのことは知らんが、俺にだけやけに当たり強いし。


 にしても、そうか。花室が桜川を目の敵にしているのは、単純に成績で劣っているからってわけじゃないんだな。



「もちろん全員がそんな思考を持っているわけではない。けれど、それはクラス全体の空気を淀ませ、今では学校全体の潜在意識に根付いてしまっているわ。だから、消去法……かしら。普通科クラスの方がまだマシというだけだわ」

「それはそうかもな。俺も普通科の方が居心地はいいな」

「あなたが特進にいる光景など想像できないわね……」


 おそらくずっとため込んでいたのであろう、彼女の特進クラスに対する気持ちを、吐き出せる相手がいなかったのであろう心持ちを解放した花室はどこかすっきりとした風だ。



「それにしても、よく知っていたわね」

「なんのことだ?」

 だしぬけに、今度は花室から話を振ってきた。


「特進クラスへの加入の話よ。成績優秀者には進級時に声がかかるのは周知されていることだし、入学時に特別進学コースへの希望を募る旨の要項は公開されていたけれど、入学時点で学校側から声がかかるのなんて、ほんの一握りの生徒よ。入試の点数で上位に名を連ねた生徒しかその話は知らないはずだけれど。それに、この話は口止めされているのだから、一般生徒が知り得ることではないのに」


「それを俺に言っちまっていいのかよ」

「い、今のは仕方ないでしょう。そんなことより、なぜあなたが特進の事情を知っているの。理由次第では、この学校の情報秘匿性に手を加える必要があるわ」


 怖いことをのたまうもんだ。


 なぜ俺が特進のシステムを知っているのか。限られた者以外知り得ない情報を抱えている事実に、目の前の少女が疑問に思うのは自然なことである。


 それについて、俺は隠し通す気はない。秘密を隠す気はない以前に、秘密にすらした記憶はない。密かに秘めていた覚えなどない。

 だから、聞かれれば答えてもいいくらいの意識なのだが。



 だが、今それを言うのは憚られる。


「人づてに聞いた。それだけだ」

「そう。口は割らないのね」

 花室とは利害の一致した関係といっても、やすやすと個人情報を漏らすわけにもいかない。


「今はまだ、教える意思はないと。……分かったわ。なら、今はそういうことにしておきましょう」

 花室は諦めたように肩をすくめる。

 代わりに、あることを呟いた。


「それと、もう一つ補足」

 点数開示をしたのだけれど――。俺の反応を待たずして花室は、一つの事実を告げた。



「私は、入試の時点で三位、だったわ」



「…………そうか」

「一位はあの女――桜川ひたちで間違いないでしょう。客観的に考えて、次席は私のはず。なのに、入学時点では私の上に一人、私を超える人間が一人いたの」

 否。今もいる。


 そう断言して、俺を見た。


「そりゃ意外だな。ま、今の特進じゃ考えにくいしな、特待の誰かだろ。俺も点数開示したけど、ド平均の点数だったさ」

 俺が詭弁を垂れるが、花室は訝しむような目線を外そうとしない。



「ほ、ほら。そう考えたら、やっぱ桜川は常人離れしてるよな」

 むりやり軌道修正。

 苦し紛れの誤魔化しだったが、花室はそのキーワードに反応し、しかめっ面を浮かべていた。

 案外ちょろいな、こいつ。

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