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それでもウチのヒロインが最強すぎる  作者: 天海 汰地
1章『Symphony:Blue in C minor』
17/94

【3-1】 ライバルである俺が、学園一のヒロインとデートすることになった件

【Ⅲ Prélude à "L'après-midi d'un faune"】



「結婚するときは自問せよ。歳をとってもこの相手と会話できるだろうか……」

「また変なコトぼやいて……、そんなことより、どうしてくれんのよコレ」


 薄い茶髪の美少女――桜川(さくらがわ)ひたちが、半開きの目で倦怠感溢れる小言をぼやいている。

 さりとて今の彼女からはそんな美少女要素が最大限伝わってくるかと言われれば、安易に頷くことなどできはしないが。


 桜川、もとい俺とこいつの現在はといえば、夕暮れの駅前通りにて着ぐるみで身を包み、イベントスタッフに囲われながら仕事終わりの社会人みたいなくたびれた佇まいでパイプ椅子に腰かけながらコーヒーを服しているとかいう、普通じゃ考えられないような奇妙な光景の中心にいた。



「ほんとうに、どうしてこうなった」

 まあ当然のごとく、こんな意味の分からん状況になったのにはちゃんと経緯がある。



 *



「桜川さんとデートすることになったぞ!」

「は?」


 なに突拍子もないことを言い出しやがってんだこいつは。

 桜川とデート?

 ちょっとまて、飯田(こいつ)が好意を寄せる相手は全く別の人物じゃあなかったけか?

 俺の記憶では花室(はなむろ)冬歌(ふゆか)のことが好きだなんだと聞いていたんだが。


「お前よく考えたのか。自分がやろうとしてることの意味を、重さを理解してんのか?」

「お、重さ? これって重いことなのか? 桜川さんと軽い感じで話してたんだけど」


 あんの尻軽ビッチめ! そんなに人の恋路を踏みにじるのが好きか!

 平和な日常シーンのはずがいきなり泥沼昼ドラ展開にシフトチェンジしてきやがったぞ。クラッチすっ飛ばして一から五速に切り替えるレベル。


 いくつかツッコミどころがあるが、俺的に一番懸念しているのはやはり、



「お前、こんな所でそういう話をするのはやめろ。殺されんぞマジで」


 言わずもがな、校内一の美少女ともてはやされる桜川ひたちは知人も多いことだ。


 あいつのことだ、女友達のみならず男子とも仲が良いのだから、放課後に一緒に帰るのはおろか休日に遊びに行くことだって少なくないだろう。

 だが。それはあくまで友人関係を前提としたうえでの話だ。間違ってもデートだなんて口走ってはいけない。


 そんなヒロインと個人的な約束をとりつけたとなれば相当な批判を浴びること請け合い。

 こんなの新手の死亡フラグだ。まさか現実で生きていて目の当たりにするとは。


『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ』『ここは俺に任せて先に行け!』『俺、桜川とデートするんだ!』以上がデッドエンド確定宣言三銃士だ。話を聞きつけた連中にいつどこから刺されてもなにもおかしくはない。



「それ、今から断れないのか?」


 異性の恋愛相談に乗ってた成り行きでそいつのことを好きに……なんてのはよく聞くぞ。ラブコメでもたまに見る展開だ。

 桜川の対人能力は桁外れだ。他に好きな人がいようと、あいつの笑顔一つで感情が揺らいでしまうなんてことも十分にあり得るしな。

 まさか飯田(いいだ)、すでにあいつの術中に……⁉



「でも天川(あまかわ)にも来てほしいんだ。だから、三人で出かけないか?」

 三人⁉

 ハレンチなっ! 桜川め、年頃の男子二人の純情を弄ぼうだなんて許されたことではない。


「ざけんな! 誰がてめえらの不純異性交遊に付き合うか!」

「おはよう、(あまね)晃成(こうせい)くん!」

「うわっ」


 ぬっ、と人影が出てきた。

 倫理観から逸脱した提案をはねのけようと声を上げた俺の後ろから、事の張本人、桜川ひたちが俺の言葉を遮るように現れた。


 ちょうど登校してきたのか知らんが、右肩にスクバを提げ、左手で髪をかきあげる。ふわっと巻いた明るい髪に、その場に居合わせた誰もが目を奪われる。



「おはよう、桜川さん。その、デートのことだけど、今週末でいいんだよね?」

「うん、待ち合わせは駅でいいかな?」

「それでいいよ!」


 楽しそうに予定の打ち合わせをする飯田。

 それに対し桜川は邪心のかけらも見せず笑顔で佇んでいる。なんだってんだよ一体……。

「じゃあ、わたし行かなきゃだから」

「あ、おい」


 俺の抵抗を邪魔するだけして、桜川はそそくさとその場を立ち去ってしまった。

 真相を確認しようとしたが、まんまと逃げられてしまった。んだよ、都合が悪いって自覚してんのかよ。


 絶対になにか企んでいやがる。だが、当の本人に訊こうにもこのザマだ。どっかで話でもできれば…………、あ、あるじゃん。

 確実にこいつがいるだろう場所。あの部屋――旧生徒会室でなら、多少なりとも話ができるはずだ。




 そう思い、昼休みに重い足を運び特別棟まで来た。


 勢いよく扉を開けるといつか聞いた雑音が広がってきた。カチャカチャとプラスチックを弾く音。彼女の在室を意味している。


 眠気を誘う暖かい風が吹く中で、桜川は風情などどこかへやってしまったように気だるげな顔色でモニターに映った画面だけを見つめていた。



「なんのつもりだ、テメエ」

「……周か。なにって、なに」

「とぼけんな。飯田に色仕掛けなんざして、どういうつもりだって聞いてんだ」


 なんでこいつがわざわざ飯田とデートの誘いを。横取りでもするつもりか。飯田の好意を花室から自分に移して、それで課題は解決ですってことか?


 それなら確かに花室への恋愛相談は解消されるし、あとで飯田をこっぴどく突っぱねてやればすべて収まる。つか俺だったらそうする。



「なんかゴミみたいなこと考えてない? 言っとくけど、わたしは至って正攻法で攻めるつもりだから」

「それでデートになるのか? いったいなに企んでやがる」

「その言い方やめて。なんか誤解してるみたいだけど、わたしは晃成くんを横取りしてやろうなんて思ってないから。ありえないでしょ」


 ありえないは失礼だろ。

 それはさておき、正攻法と。誤解……俺が誤解をしているだと?


「だって、飯田は確かにデートって」

「デートの練習に決まってんでしょ。もしかしてボケてるつもり?」

 桜川は額に手をやりながらため息を吐いた。いや解るか。


「練習――聞いてねえぞ、んなこと」

「だって言ってないし」

 屁理屈を言うな。


「あんたが勝手に勘違いしてただけでしょ。そういう誤解を生まないように、周にもどのみち声をかける気でいたし」

「は。なんで」

 意味の解らん腹積もりを聞かされて、気色悪さに聞き返すと、桜川はいっそう深いため息をこぼした。



「わたしだってさすがに男女一対一は避けたいの。普段話す男子ならまだしも、晃成くんみたいなあんまり関わらない子と二人でいたらなんか怪しまれるでしょ」

「ならその話せる男子とやらを誘えばいいだろ」

「これだから非モテ男子は」

 桜川のうんざりしたような物言いに、俺は思わずムッとなる。


「うっせ。どういうことだよ」

「あんたみたいなパッとしないやつも一緒なら、いつもみたいに誰とでも分け隔てなく接するヒロイン桜川ひたちとして振舞えるってわけ」

 そういうものなのか? 今に始まったことじゃないが、どんな自己評価していやがんだ。



 それにしても、ヒロインね。



「桜川お前さ、なんでヒロインやってるわけ」

「は?」

 鋭い眼光が飛んできた。たしかに言葉足らずだったかもしれねえけど、いちいち仕草が怖えんだよ、こいつは。


「や、本当のお前はこっちの姿なんだろ? なんでわざわざ完璧なヒロインなんて演じてんだよ。ヘンな気い回してまで」

 桜川の本性は引くほど傲慢で傍若無人といったものだが、それでもこいつの博学多才ぶりをもってすれば人付き合いを円滑に構築することなんて苦労はしないはずだ。



「そ、れは……。いろいろあんのよ。ほら、わたしって羊飼いから総合格闘技までなんでもござれの完璧超人じゃん?」

「んな例え聞いたことねえよ。なに、お前にとって羊飼いと格闘技は対極なの?」

 総合はやらねえだろ。や、どうせ武道の心得もあるんだろうけれど。


「そりゃもう色んな方面の人から色んな才能を見込まれるわけよ。海南の入学当初なんて、あらゆる部活の部長が入部を求めて頭下げて行列作ってたくらいにはね」

 困ったように桜川は言う。


「運動もだし勉強もそ。なにをやっても一目置かれた。一目…………贔屓目を置かれた。みんながみんな、意識の中でわたしとその他の全てに線引きをした。わたしもわたしで、周りからチヤホヤされるのに悪い気がしなかったから特に否定はしなかったんだけど。したらいつの間にかあることないこと噂になりだして、わたしという存在はどんどん神格化されてっちゃった……」

「自業自得じゃねえか……?」


 周りに囃し立てられるままの人間を演じていたら、引っ込みつかなくなっちまったってワケか。

 そのことはさして珍しくはない。桜川に限らずとも人前で別の人格の皮を被った人間なんて、きょうびわんさかいる。高校生なんて特にそうだ。



 気になるのは、それだけでここまでの正反対な人格を演じるものなのか、だが。

 桜川ひたちがヒロインたる所以は、由縁は、ほんとうにたったそれだけなのだろうか。


 どちらにせよ、俺はこいつの作戦のダシとして使われるってことだ。んなもん当然お断りである。



「俺がそんな理不尽につき合うと思うか?」

「そう言わないでさ。周にとっても都合がいいと思うのよね。実際あんた、花室冬歌を攻略する算段は付いてるわけ?」

「ぐ」


 痛いところを突く。確かに俺にはあの高嶺の花をオトす見込みがない。実際にオトすのは飯田なんだが。むしろそれがネックってわけだ。


 俺個人の問題なら手の打ちようがあるが、他人の恋路をリードするなんてぶっちゃけできっこないと思っている。そもそも前提として、俺には恋愛経験が全くと言っていいほどない。青春を求めるわりに、人を愛したことも愛されたこともないってのに、そんな奴が人様になにを教えられるというのだろう。


 そういう意味じゃ、桜川の言う通りこの誘いは好都合かもしれない。桜川ならそういうの得意そうだし。ただ一つの点を除いて言えば、二つ返事で乗ったというのに。


 その一つとは。即ち、こいつに恩義を抱くのが死んでも嫌だ、ということである。こいつの思うようにことが運ぶというのがどうにも気に入らない。



「で? くるよね?」

「確かに悪くないが、なんかいやだ」

「なんでよ。冬歌の弱点を発掘できるかもしれないのよ?」

「…………だが。お前に貸しを作るというのはこれ以上ない屈辱っ……!」

「かわいい友達紹介してあげるから」

「じゃあ行くわ。駅集合でいいっしょ」

「こいつ…………」



 俺の信条。

『万物は己がため』『青春を謳歌せよ』。これはもう行くしかない。俺はウキウキで準備を進めた。

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