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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第七章 虹を望む聖女

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「神様とお話しました!」

「ネムさん! って、うわっ!?」


「眩しいですわ!?」


「ぬがぁ!? 目がチカチカするのだ!?」


 突然飛び出して行ったネムを追いかけてきたアプリコット達が目にしたのは、空から落ちてきた光の柱がネムの体を包み込むところだった。あまりの眩しさに三人が顔をしかめていると、その光の柱から不思議な音が響いてきた。


『TERASU――TERASU――AHMANECTERASU――HIKARU――KAGAYAKU――UTUSHIDASU――』


 その曲に、アプリコット達は聞き覚えがあった。かつて一緒に旅をしたことのある聖女カヤがアマネクテラスの<神の秘蹟>を使った時に、これと同じ曲が流れたのだ。


 だが、あの時は抜け落ちていた音が、今回は全て揃っている。それが示す事実はただ一つ。即ち――


『……まさかこれほど短期間に、しかも同じ場所に降り立つことになるとは思いませんでした』


 光の柱の中心で、三メートルほど空中に浮かんだネムが、ネムのものとは違う声で話す。銀色だった髪は陽光の如き色にて輝き、見開いた目には黄金の瞳が浮かんでいる。その荘厳さにアプリコット達が呆気にとられているなか、地に降り立った神は天を仰いで両手を掲げた。


『さて、ではまず我が愛しき光の子の願いを叶えましょう。世に満ちたる全ての光もて、光も闇も持たぬ者達に、今一度、新たなる生誕の祝福を! <七感七光の祝福セブンス・オーバーレインボウ>!』


 瞬間、光の柱から光の波動が迸り、アプリコット達の体を通り抜けて世界全てに広がっていく。そうしてそれが終わると、輝く瞳がゆっくりとアプリコット達の方を見た。


『これでやるべきことは終わりましたが……』


「あ、あの! ひょっとして貴方様は、光神アマネクテラス様でござりますですのでしょうか?」


 緊張のあまり変な言葉遣いになってしまったレーナに、ネムに宿りしアマネクテラスは柔らかく微笑んで頷く。


『そうです。私は光神アマネクテラスの一部。真なる神の座は遙か遠くにあれど、紛れもなく私は私です』


「はわわわわ、凄い、凄いですわ! 本当の神様にお会いできるなんて……はわわわわ……」


「レーナちゃん、落ち着いてください。あの、アマネクテラス様。さっきの光の輪っかみたいなのは一体?」


『先程のあれは、今私の器となっている光の子の願いを叶えたものです……ああ、大丈夫ですよ。ちゃんと負荷に配慮した、些細な奇蹟ですから。詳しいことを聞きたいなら、後でこの光の子に聞くといいでしょう』


「ならよかったです! それで……えっと、シフ?」


「ぐるるるる……」


 懸念の一つが片付いてホッとするアプリコットだったが、もう一つ問題がある。神が降りてからずっと、シフが自分の背後に隠れるようにして唸っているのだ。


「一体どうしたんですかシフ?」


「わからないのだ。わからないけど、アレを見てると、見られていると、我のなかで何かが凄くこう、ムズムズするのだ!」


「シフさん!? 神様をアレなんて呼んではいけませんわ! も、申し訳ありませんですわ、アマネクテラス様! でもシフさんは本当は凄くいい子で……」


 シフを庇うレーナをそのままに、アマネクテラスがそっと腕を前に伸ばす。するとシフの体がふわりと浮き上がり、アマネクテラスの前に移動した。


「な、何をするのだ!?」


『そんなに怯えずとも大丈夫です。たとえ貴方が私を殺すために生み出された存在であったとしても……貴方が善き道を歩んでいることを、私はちゃんと見ています。


 私は光。世界の全てを包むもの。闇夜に浮かぶ白銀なれば私の光の影響を受けないのでしょうが、然りとて拒む必要もないのです』


 パッとアマネクテラスの手から光が放たれ、それがシフの首の辺りに届く。すると不意に出現した白い首輪のようなものがパリンと音を立てて砕け……しかし何も起こらない。


『思うままに行きなさい。望むままに生きなさい。私は何も縛らない。ただ全てを見届けるだけ。でもできれば……』


「うひゃっ!?」


 いきなりシフの体がクルリと回転すると、目の前に来たモフモフの尻尾をアマネクテラスの手がさわっと撫でた。


『この手触りがとても好きだから、嫌われていなければ嬉しいわね』


 クスクスと笑うアマネクテラスが腕を振ると、シフがゆっくりと地面に降りる。そうして地に足がつくと、シフは一直線にアプリコットの方へと駆け寄ってその背後に隠れ直した。


「うわぁーん! 我はアイツ苦手なのだ!」


「シフ……というか、アマネクテラス様も何やってるんですか!」


『フフフ……』


 思わず抗議の声をあげるアプリコットに、しかしアマネクテラスは済ました笑みを浮かべるのみ。その視線は次にレーナの方に向けられる。


『さて、次は貴方ですね』


「わ、私ですの!? 私、尻尾はありませんですわよ!?」


『そうではなくて……貴方の真摯な祈りは、きちんと私のところに届いていました。そしてその願いこそが、光の子が私に届くほどの祈りを生み出す原因となったのです。


 なので、貴方にも私の力の一欠片を授けましょう』


 そう言ったアマネクテラスの指先から、小さな光の粒がふわりと飛び出した。それはレーナの胸の辺りに触れると、スッと吸い込まれて消えていく。


「はわわわわ!? そんな、恐れ多いですわ!? 私はただ、ネムさんの夢を叶えたくてお祈りしていただけで……」


『ただ他者の幸福のために祈る。その高潔さこそが光であり、それを特別だと思わないからこそ光の子なのです。その光が失われない限り、貴方が真に必要としたその時、ただ一度だけ私の力が貴方の願いを叶えることでしょう。それをどう使うかは、貴方自身が決めるのです』


「アマネクテラス様……」


 感極まったレーナが神を見つめ、次いで振り返ってアプリコット達を見る。その全員に笑顔で頷かれ、レーナはギュッと胸の前で拳を握った。


「ありがとうございますわ! 私、アマネクテラス様のお言葉に恥じない聖女になれるように、精一杯頑張りますわ!」


『見守っていますよ……さて、それでは最後は貴方ですが……』


 アマネクテラスの目が、アプリコットの方を見る。が、今までとは違ってそこで小さくため息をついた。


『貴方はまあ、必要ないですよね』


「はい! 私にはムッチャマッチョス様のお力が溢れかえってますから!」


「ええっ!? でも、アプリコットさんだって凄く頑張っておりましたわ! 私やシフさんがもらって、アプリコットさんだけ何もないなんて、そんなの――」


「そうだぞ! 神だというのならケチケチしてはいけないのだ! ……ぐるるるる」


 あからさまに不平等な扱いに、レーナとシフが……シフはすぐにアプリコットの背後に隠れてしまったが……抗議の声をあげる。だがそれを否定したのは、他ならぬアプリコット本人だ。


「いえ、本当に要らないんです! そもそもこれ以上もらっても、もう入らないというか……」


『そうですね。ミッチミチに詰まってますから、無理に私の力を押し込んだりしたら、その器がパーンと破裂してしまうかも知れません』


「破裂!? そ、それは絶対駄目ですわ! ならまあ、仕方ない……ですわよね?」


「ええ、そうです! だからいいんです! お気持ちだけもらっておきますね」


『神たる私の気持ち(・・・)だけ、ですか……フフフ、貴方らしい。では、最後に一つだけ。確かに私達は何もできませんが……それでも私達は、貴方をずっと見守っています。その身が動く限りは頑張りなさい――願いの子よ』


「……ありがとうございます、アマネクテラス様」


 慈愛に満ちたアマネクテラスの顔を見て、アプリコットがまっすぐに頭を下げる。それに釣られるようにしてレーナも頭を下げ、最後にシフが何となく流れで頭を下げると、光の柱が地面の方からゆっくりと消えていく。


(われら)はいつでも、貴方達の(しんこう)と共に……』


「おっと!」


 そうして光が消えると、ネムの髪が元の銀髪に戻り、その体がフラリと倒れそうになった。アプリコットが慌てて駆け寄って支えると、こちらも元に戻っていた白い目をそっと閉じさせてから、レーナ達に振り返って苦笑する。


「ネムさんをベッドに運ばないと……ということで、出発は少し延期ですね」


「そうですわね。なら私は、ネムさんが起きた時のために温かいお茶の準備でもしておきますわ」


「我はまだ体がムズムズするから、ちょっとその辺を走ってくるのだ!」


「あんまり遠くに行っちゃ駄目ですよ?」


「わかってるのだー!」


 言い終わるより早く駆け出すシフを見送ると、アプリコットとレーナは顔を見合わせ笑い合う。予期せず訪れた神との対面は、こうして日常の一ページとして刻まれたのだった。

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