「思いつきました!」
「――さん! アプリコットさん!」
「ふがっ!?」
体を揺すられ名を呼ばれ、アプリコットは乙女があまり出さない感じの声をあげて目を覚ました。するとすぐ側に困ったような顔をしたレーナが立っている。
「レーナちゃん? どうかしましたか?」
「どうかじゃありませんわ! 流石にこれ以上こんなところで寝ていては、風邪をひいてしまいますわよ?」
「こんなところって……あっ!?」
言われて漸く、アプリコットは自分が神殿側の草地の上に寝転がっていたことを思い出した。パッと飛び起きてローブに付いた泥を払うと、照れ隠しの笑みを浮かべながらお礼を言う。
「つい寝てしまいました……ありがとうございます、レーナちゃん」
「どういたしましてですわ。それにしても、本当によく寝ていましたわね?」
そう言ってレーナが空を見上げ、アプリコットも釣られて上を見る。すると日が傾くどころか、端の方が赤くなり始めていた。
「えっ、夕方!? そんなに寝ちゃってたんですか!?」
「そうですわ。お昼にお戻りにならないので探しにきたら、ここでアプリコットさんが寝ていたんです。お疲れなのだと思ってその時は起こさなかったのですが、このままだと普通に明日の朝まで寝てしまいそうな気がしたので……」
「うわぁ……」
予想を遙かに超えて爆睡してしまったことに、アプリコットは何とも情けない気持ちになる。しかもそれに追い打ちをかけるように、アプリコットのお腹が乙女があまり出さない感じの音をぐぅっと鳴らした。
「あうっ!?」
「フフフ、お昼を食べてらっしゃいませんものね。夕食にはもう少しかかりますから、こちらをどうぞ」
「これは……?」
薄い油紙に包まれたものを差し出され、アプリコットは受け取って包みを外す。すると中から出てきたのは、肉や野菜を挟んだサンドイッチだった。
「お昼に作ったものですから、少々へにゃっとしちゃってますけど……」
「このくらい全然大丈夫ですよ! ありがとうございます、レーナちゃん! では早速……」
レーナの手作りだと思われるサンドイッチは、へにゃっとしていても美味しかった。特にお腹が空いている今のアプリコットにとっては、美味しさ五割増しだ。手のひらサイズのそれを二つあっという間に平らげると、落ち着いたお腹をさすってアプリコットが満足の吐息を漏らす。
「ふー、美味しかったです!」
「それはよかったですわ。今日の夕食はもっと美味しいものを作りますから、楽しみにしていてくださいね。といっても、材料がまだ――」
「おーい!」
と、そこで不意に森の方から声が聞こえてくる。アプリコット達が振り向くと、そこには大きな鹿を背負ったシフの姿があった。
「シフ!」
「シフさん! うわ、凄く立派な鹿ですわ!?」
「どうだ! 我は最強だから、最高にいい獲物を狩ってきたのだ! それで、二人はこんなところで何をしていたのだ?」
「あー、それは……」
「ふふ、アプリコットさんが今日はずーっとここでお昼寝をしていたのですわ」
「むぅ、そうなのか?」
「そうみたいですね。二人とも奉仕活動を頑張ってるのに、申し訳ないです」
ションボリと肩を落としながら謝罪するアプリコットに対し、しかしシフは笑いながらその肩をバシバシと叩く。
「気にしなくていいのだ! アプリコットが頑張っていることは、我もレーナもちゃんと知っているのだ!」
「そうですわ! アプリコットさんはアプリコットさんにしかできないことをしてくださっているのですから、たまにはちょっとくらいお休みしたって、誰も文句なんて言いませんわ!」
「二人とも……ありがとうございます」
温かな友の言葉に、アプリコットは少し泣きそうな気持ちになる。そんなアプリコットを優しい目で見つめながら、今度はレーナがアプリコットに話しかけた。
「それで、ネムさんの夢を叶えるというのは、今はどのくらいまで進んでいるんですの? あれだけ頑張っているのですから……」
「うぐっ、それは……」
微妙に顔をしかめつつも、アプリコットは二人にここ数日のことを話していく。
「――という感じで、あまり進んではいないのです」
「そうですか……で、でも、ネムさんの感じている世界がわかってきただけでも、凄い進歩だと思いますわ! ねえシフさん?」
「そうだな。我にはよくわからないが、アプリコットが頑張っているのだから、きっといい感じに進んでいるのではないか?」
「ははは、そうだといいんですけど……」
慰める二人に、アプリコットが珍しく落ち込んだような声を出す。それを見たレーナは慌ててフォローしようとするが、何を言っていいのかがわからない。アプリコットが本気で頑張っているとわかっているからこそ、薄っぺらい適当な励ましを口にすることもできないのだ。
「えーっと、えーっと…………シフさん、どうしましょう!?」
「うむん? 色、色なぁ……そう言えば、我は昔から不思議に思っていることが一つあるぞ?」
「ん? 何ですか?」
「うむ。それはな……空というのは、何故赤くなるのだ?」
「……え?」
虚を突く質問に、アプリコットは間抜けな声をあげてしまう。だがそれを気にせずシフは更に言葉を続けていく。
「空が青いというのは見たらわかるのだ。夜になったら暗くなるから、黒くなるというのもわかるのだ。でもじゃあ何で、その途中で赤くなるのだ?」
「それは……言われてみると、何ででしょうか? レーナちゃん、知ってますか?」
「昔読んだ本のなかに、何か書いてあったような……何だったでしょうか?」
アプリコットとシフの視線を一身に浴びながら、レーナが腕組みをしてウンウンと考え込む。すると程なくして、子供の頃に教会で読んだ内容がポッと頭に蘇ってきた。
「ああ、そうですわ! 世界中にある全ての色は、赤と青と緑のどれかが混じってできるもので、それぞれにどの程度アマネクテラス様のお力が働いているかで色が決まるのですわ!
で、太陽が沈むことでアマネクテラス様のお力のバランスが変わって、青い空が赤くなる……ということだったような……?」
「うむぅ? 単に暗くなったり明るくなったりするだけじゃなく、色まで変わるということなのか? でもそれなら、空だけじゃなくて他のものの色も変わるんじゃないか?」
「変わってるでしょう? ほら、夕焼けに照らされたら、緑色だった草も木もこんなに赤くなってるじゃありませんか」
「あー…………そう、なのか? まあ確かに赤くなってるんだが……?」
緑が緑でなくなったわけではないが、赤い光が当たることで赤っぽく見えるという当たり前の事実に、シフは尻尾をヘンニョリさせながら首を傾げる。何となく誤魔化されているような、どこか納得いかないものがあるが、然りとて嘘でもないのが何とも腑に落ちないのだ。
そしてそんなシフとは別に、アプリコットも今のレーナの話を受けて考え込む。その頭に浮かんでいたのは、今まで考えてもみなかった内容だ。
(夕焼けに照らされて、何もかもが赤くなる……つまり色が光によって見えるようになるんじゃなく、光そのものに色がついている? ならこの世界で私達が見ている色とは、その全部が光神アマネクテラス様のお力によって生み出されたものということに……!?)
「シフ! レーナちゃん!」
「きゃっ!?」
「うおっ!? 何なのだ!?」
突然、アプリコットがシフとレーナの体をギュッと抱き寄せた。抱きつかれて戸惑う二人に、アプリコットは楽しげに声をかける。
「二人のおかげで、解決の糸口が見えてきたかも知れません! だから二人とも……私に力を貸してくれますか?」
「勿論ですわ! 私にできることなら、何でも言ってくださいませ!」
「我だって手伝うぞ! ネムはいい奴だからな!」
「ありがとうございます! ならみんなで、ネムさんの夢を叶えましょう!」
この場所での滞在予定は、残り二日と少し。アプリコット達の最後の挑戦は、こうして夕焼けの下で始まった。





