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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第七章 虹を望む聖女

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「ベッドの中でお話しました!」

 その日の夜。いつも素晴らしく寝付きのいいアプリコットは、珍しく暗い天井をぼんやりと眺めていた。頭の中に残っているのは、昼間したネムとの会話だ。


「……アプリコットさん、起きてらっしゃいますか?」


「レーナちゃん? はい、起きてますよ」


 と、そこで横のベッドから、レーナが小声で話しかけてきた。アプリコットが振り向くと、レーナもまた自分の方を見ている。


「あの、そちらのベッドに行ってもいいでしょうか? このままお話すると、シフさんが起きてしまうかも知れませんし……」


「シフなら平気だと思いますけど、いいですよ。どうぞ」


 アプリコットが布団を捲ると、隣のベッドから起き上がったレーナが、サッとその隙間に入ってきて寝転がる。その向こうに見えているシフは何とも気持ちよさそうに寝ている感じなので、よほど騒がなければ起きないだろうと思われた。


「いらっしゃい、レーナちゃん」


「ふふっ、ホカホカですわー」


 神殿のベッドは決して大きくはないため、いくら子供とはいえ二人も入ればギュウギュウだ。だが寄り添う相手の体温を心地よいと感じられる関係性なら、それはむしろ幸せを感じられる距離となる。


 実際、二人は鼻がくっつきそうな距離で顔を見合わせると、ニッコリと笑い合ってから仰向けに姿勢を正した。そうして同じ天井を見上げていると、徐にレーナが語りかけてくる。


「ねえ、アプリコットさん? 今日のネムさんのお話……どう思いましたか?」


「どうと言われると、あの時言ったことが全部ですね。凄く素敵な夢だと思いますし、凄く尊敬できると思いましたし……でも……」


「凄く凄く、難しそうでしたわよね……」


「……………………」


 レーナの囁きに、アプリコットは無言で応える。目で見る以外のものに、色をつける……言葉にしてしまえばそれだけだが、それがどれだけ困難なことであるかは誰にだってわかる。それこそネム自身が「夢」だと……目指しはしても叶わないだろうと思ってしまっているくらいに、遙か遠い道のりなのだ。


「でも、私思ったんです。ああ、ネムさんに『色』を見せてあげたいなぁって。それで色々考えたんですけれど……」


「何かいい方法を思いついたんですか?」


 アプリコットの問いかけに、レーナは小さく首を横に振る。


「一番わかりやすいのは、ネムさんが普通に世界を見られるようにすることですわ。でも怪我や病気で目が見えなくなったというのならともかく、元から見えない方を見えるようにするのは……とても難しいのですわ」


 失われたものを取り戻すことは、癒神スグナオルの力を借りれば大抵どうにかなる。なくしてしまった腕や足を生やしたり、潰れてしまった目を元に戻すことだって、優れた聖女であれば十分に可能なのだ。


 だが、最初から無いものを新たに付け加えることはできない。生まれながらの盲人であるネムの目を見えるようにするというのは、普通の人の背中に翼を生やして空を飛べるようにすることと同じだ。もしそんなことができるとしたら、それは神本人が力を振るったときだけだろう。


「それに、目が見えない自分の世界を知って欲しいというネムさんの願いに対して、目が見えるようにするという解決法は、何か違う気がするのですわ。だからどうしていいのかわからなくて……アプリコットさんは、何か思いつきませんか?」


「うーん……」


 レーナに問われて、アプリコットは難しい顔になる。アプリコットもまた、ネムの願いを叶えるにはどうすればいいだろうと考えていた。だがそう簡単にわかるような答えなら、そもそもネムが悩んでいるはずもない。


「私が思いついたのは、色と感覚を繋げてしまうことですね」


「色と感覚……ですか?」


「そうです。ほら、色って赤は熱い、温かい、辛いみたいなイメージがあるでしょう? 逆に青なら寒いとか……」


「ああ、確かにそういうのはありますね。それにそれなら、目が見えなくてもわかりますわ!」


「そう思ったんですけど……でも、これじゃ駄目なんですよね」


「え、何でですの!? とてもいい考えに思えましたけれど……?」


「だってこれ、単に言葉を言い換えてるだけじゃないですか」


 首を傾げるレーナに、アプリコットが苦笑しながら言う。確かに熱いものを「赤い」と定義することはできるだろう。だが暖炉の火に当たりながら「これはとても赤いですね」と言うことに、一体どれほどの意味があるだろうか?


「『熱い』を『赤い』と言い換えるだけじゃ、単なる言葉遊びでしかありません。ネムさんの夢は、そんな単純なことじゃないと思うんです。それこそこう、目を閉じていても赤が『赤』だとわかるような、そういうものだと思うんですが……」


 言って、アプリコットは目を閉じる。すると当然目の前は真っ暗になり、そこに色は存在していない。隣のレーナも真似をして目を閉じたが、その眉間にはキュッと皺が寄ってしまう。


「はぅぅ、む、難しいですわ……」


「ですよね……でも、だからこそ頑張ってみる価値があると思うんです」


「アプリコットさん? それって……?」


「ええ、もうちょっとだけ、目隠しの訓練をやってみようと思うんです。今日のはちょっと遊んでるみたいな感じになっちゃいましたから、もっと真剣に、この世界と向き合ってみようかなって」


 それはネムの話を聞いたときから、アプリコットが決めていたことだ。


 今日の訓練は、ネムの世界がどういうものなのかを体験し、ネムの凄さを知りたいという、いわばお試しのようなものだった。実際ほんの一五分ほどではあっても、見えない世界で生きるネムがどれだけ凄いのかは十分に理解できた。


 だから次は、ネムの世界で生きるために必要なことを、もっと本気で学びたい。そこに足を踏み入れなければ、ネムの夢を叶えるどころか、その夢がどういうものであるのかを本当に理解することなどできないとアプリコットは考えたのだ。


「やっぱりアプリコットさんは凄いですわ! 私も頑張りたいですけれど、今日のことを思い出すと……うぅ」


「ふふ、誰でも向き不向きというのはありますから、気にしなくていいですよ。というか、多分それをやり始めると奉仕活動の時間が減っちゃいますから、レーナちゃんにはその分をお願いしたいです」


 単に目隠しをしただけでアタフタしてしまった自分を思い出し、ションボリと落ち込むレーナの頭をアプリコットが撫でる。するとレーナはすぐに笑顔を取り戻し、アプリコットにギュッと抱きついてきた。


「ありがとうございますわ、アプリコットさん」


「どういたしまして。私だって、たまには殴ってばかりじゃないというところを見せておかないと、レーナちゃんに呆れられちゃいますからね」


「そんなことありませんわ! 元気なアプリコットさんが、私は大好きですもの!」


「私も、そうして励ましてくれる優しいレーナちゃんが大好きですよ」


「まあ!? うふふ、嬉しいですわー」


「私も嬉しいです」


 アプリコットの腕が、レーナの体をギュッと抱きつき返す。狭いベッドで抱き合う二人は、まるで仲良しの姉妹のようだ。


「それじゃ、明日からまた頑張るためにも、そろそろ寝ましょうか」


「そうですわね。随分話し込んでしまいましたし…………あの、アプリコットさん?」


「ん? 何ですか?」


「……今日はもう、このまま一緒に寝てしまってもいいでしょうか?」


 おずおずと聞いてくるレーナに、アプリコットは輝く笑顔で頷く。


「勿論です! 今夜は離しませんよ?」


「アプリコットさんったら、大胆ですわ!? なら夢の中までご一緒しましょうか?」


「それは楽しそうです! おやすみなさい、レーナちゃん」


「おやすみなさい、アプリコットさん」


 そうして二人は、抱き合ったまま目を閉じる。二つの温もりが溶け合うベッドで、二人の見習い聖女は幸せそうな顔をしながら、あっという間に眠りに落ちていった。

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