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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第七章 虹を望む聖女

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聖女(?)の一日:シフ編

 シフの朝は……決して遅くはない。好きなときに寝て好きなときに起きる森での生活を鑑みれば、朝食の時間に合わせて起きるのは大きな進歩と言えた。


パァン!


「はうっ!?」


 高く澄んだ炸裂音が辺りに響き、シフは頭の上についた獣の耳をピクッと動かして目を覚ました。お腹の上に半分ほど乗っかった布団をめくりつつ、のっそりとベッドから体を起こす。


 そうして寝室を出ると、何処からともなく美味しそうな匂いが漂ってくる。寝ぼけ眼を擦り、本能の赴くままにそちらの方へと歩いて行くと、途中でアプリコットと出会った。


「うみゅ……今日もいい匂いがしているのだ……」


「おはようございますシフ。ほら、もうすぐ食事ができますから、顔を洗ってきてください」


「わかったのだ……ふぁぁ……」


 アプリコットに促され、シフはそのまま神殿の外に出て顔を洗う。冷たい井戸水をパシャンとやれば、ぼんやりしていた意識が漸くはっきりと目を覚ました。


「ぬぅ、大分水が冷たくなってきたのだ……でも、おかげでおめめパッチリなのだ! さあ、次はこのペッコリのお腹も満たしにいくのだ!」


 弾む足取りで神殿の中へと戻ると、そこでは既にレーナの作った料理が並べられていた。四人掛けのテーブルでアプリコットの隣に座ると、湯気の立つ料理をモリモリと食べていく。


「相変わらずレーナの料理は美味いのだ! でも我は、もうちょっと肉も食べたいのだ……」


「ふふ、ありがとうございますシフさん。なら夜はお肉料理を……あー、でも、全員で食べるにはちょっと量が厳しかったような?」


 朝から肉を食べたいというシフに、今更誰も突っ込みはしない。が、肉の備蓄を気にするレーナに、ネムが困ったような顔をして言葉を続けた。


「申し訳ありません。私はそれほど肉を食べないので、備蓄があまりないんです。皆さんが来るとわかっていれば用意もできたのですけれど……」


 この神殿にある食材は、あくまでもネムが一人で生活する分でしかない。冬に備えて今は大分備蓄に余裕があるが、それでも生肉のようなすぐに傷んでしまうものは小分けにして運ばれてくるため、今現在ある量は四人の……特にアプリコットやシフのお腹を満たすには、些か以上に心許ない。


 もっとも、それはシフにとって問題たり得ない。厳しい自然に囲まれた場所であればこそ、シフはニカッと笑って皆に告げる。


「なんだ、そんなことか! なら今日は我がでっかい獲物を狩ってくるのだ! そうしたらその肉をみんなでガブッといけばいいのだ!」


「おお、それはいい考えですね! 期待してますよ、シフ」


「ふふふ、最強の我に任せるのだ!」


 アプリコットに応援され、シフが得意げに尻尾をファサリとして笑みを浮かべた。そうして今日の予定が決まると、朝食を終えたシフは早速神殿から離れ、近くの森へと入っていった。


「ふむ、神殿の側には大きいのはいなそうなのだ。ならもうちょっと奥に行くのだ」


 人が生活しているだけあって、神殿の周囲に大型の獣の姿はない。なのでシフはウサギやリスなどの小動物を尻目に、ズンズンと森の奥へと足を踏み入れていく。一見すれば何も知らない少女が無警戒に歩いているようだが、その実シフはきっちりと周囲の気配を探っている。


「むぅ……」


 その時、ピュルリと寒い風が吹き抜け、シフは軽く身を震わせた。それに合わせて思い出されるのは、去年までの自分のことだ。


「……そうか、今年は冬の備えをしなくてもいいのだな」


 去年までなら、今の時期は必死に山を駆け回り、冬に向けて食料を溜め込む必要があった。色んな動物の巣を渡り歩いて暖をとり、美味しくない木の実を囓る日々は、楽しい思い出だったとは言いづらい。


 それに対して、今年は何もしなくても毎日美味しいものが食べられている。何かに襲われる心配をせずにぐっすり眠れるし、朝起きた時も温かい布団が自分のお腹に引っかかっている。それは忘れかけていた村での日々を思い起こさせるもので……不意にシフの脳裏に、家族の姿が蘇った。


「とーちゃん、かーちゃん……今頃何処で何をしているのだ……?」


 かつては自分が捨てられたのではないかと不安に思うこともあった。それを払拭するために森では強者として振る舞い、木イチゴふぇすてぃぼーをやったりもしていた。


 だがドルフに出会って話を聞いたことで、事態は変わった。同じ境遇の同胞がいたとなれば、自分も何かの事件か事故に巻き込まれたのだと信じることができる。


「そうなのだ。ドルフに会えたように、我が元気に活躍していれば、いつかとーちゃんやかーちゃんだって、我を見つけてくれるはずなのだ! なら我は……ん?」


 空を見上げて拳を握るシフの感覚に、強い敵意のようなものが引っかかった。そちらに意識を向けてみると、大きなイノシシがカッカッと足で地面を掻きながら、シフの方をまっすぐに見つめている。


「この辺はお前のナワバリなのか? 主ってほどじゃなさそうだが……」


「ブフゥ!」


「いいぞ。その挑戦、受けて立つのだ!」


「ブモォォォォォォォ!」


 不敵に笑うシフを目がけて、鳴き声をあげながらイノシシが突っ込んで来る。自分の身長と同じくらいの大きさだが、丸々太ったその体重は、シフの倍ではきかないだろう。


 重さは力。イノシシは細くて小さいシフの体が吹き飛ばされることを信じて疑わなかったようだが……


「ブ、ブモッ!?」


「ふっふっふ、この程度では我には通じないのだ!」


 森の柔らかな地面にほんの少し足をめり込ませただけで、シフはイノシシの突進を正面から受け止めきった。その事実に驚き戸惑うイノシシを、更なる理不尽が襲う。


「そしてこれで……終わりなのだ!」


「ブモフッ!」


 イノシシの口元に生える、立派な二本の牙。それを掴んだシフがイノシシの巨体を持ち上げ、そのまま背後に放り投げる。すると頭を強く打ったイノシシが悲痛な鳴き声をあげ、そのままグッタリと倒れ込んで動かなくなった。


「大勝利なのだ! これで今夜は美味しい肉が……むむぅ?」


「「プモーッ!」」


 狩りを終えて帰ろうとしたところで、シフの足下に小さなイノシシが二頭、鳴き声をあげながら突っ込んで来る。当然そんなもの痛くも痒くもないが、それでもシフはしゃがみ込んで、小さなイノシシ達と向き合った。


「ひょっとして、こいつはお前達のとーちゃんかかーちゃんだったのか?」


「「プモーッ!」」


「ふむぅ…………」


 強者が弱者を狩って糧とするのは、自然の掟。今までだって子持ちの獣など幾度となく狩ってきたシフに、罪悪感などというものはない。


 が、両親のことを思い出したばかりのシフは、少しだけ考え込んでからガリガリと頭を掻く。


「あー、もう! わかったのだ! ちょっとだけ助けてやるのだ!」


「「プモーッ!」」


 優れた耳と鼻で小川を見つけると、そこで血抜き処理だけしてからシフは森の中を駆け回り、子イノシシが食べられそうな木の実を集めていく。そうして昼食に戻るのも忘れて山盛りの木の実を集め終わると、それを子イノシシ達の前に置いた。


「後は自力でなんとかするのだ! じゃあな!」


「「プモーッ!」」


 所詮は自己満足。未だ鳴いている子イノシシ達を置き去りにして、シフは仕留めた親イノシシを背負って神殿へと戻った。するとそこでレーナとネムに出会い、イノシシは見事ステーキへと変貌する。


 狩った命をありがたく平らげると、シフは満足してベッドに横になった。満腹で温かい布団にくるまれる夜は、ほんの数ヶ月前までの日常を遠い昔にしてくれる。


「ち、違うのだ。ママはそういう使い方ではないのだ! ああ、我の尻尾がベトベトに……むにゃ……」


 その晩、シフは笑顔の両親によって尻尾にマーマレードをベトベトに塗られ、イノシシに追いかけられる夢を見た。夜中にジタバタもがいたシフの布団は当然ながらずれ落ち、翌朝アプリコットに布団をかけ直してもらうまで寒さで丸くなっていたのだが……それがイノシシ達の些細な復讐であったかどうかは、神のみぞ知ることである。

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