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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第七章 虹を望む聖女

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聖女の一日:レーナ編

 レーナの朝は、それなりに早い。日の出と共に……と言うほどではないが、それでも一の鐘(午前六時)が鳴るよりは前に目覚める。


 ただし、目覚めるだけだ。起きるのはその少し後。


「ふわぁ……ホカホカですわぁ……」


 微睡みながらベッドの温もりを堪能するのは、レーナの隠れた楽しみの一つだ。ぼんやりしたまま温かく柔らかいものに身を委ねているのは何とも心地いいが、然りとてその自堕落は一〇分ほどで切り上げられた。やる気を出して身を起こし、まずはチラリと隣を見る。


「……今日は大丈夫みたいですわね」


 偶にではあるが、シフがお腹を出して寝ていることがある。そんな時はそっと布団をかけ直してあげるのだが、今日は七割ほど布団に埋まっていたので問題無い。


 その後は顔を洗って頭をシャッキリさせると、レーナは早速朝食の準備をするため、神殿の調理場へと向かった。するとその途中でやはり起きたばかりであろうネムと出会う。


「おはようございますわ、ネムさん」


「おはようございます、レーナさん。今日も朝食を作っていただけるのですか?」


「勿論ですわ!」


「ありがとうございます。では私もお手伝いしますね」


「ありがとうございます……って、これじゃ立場が逆ですわ!?」


「フフッ、確かにそうかも知れませんね」


 二人で顔を見合わせ笑うと、レーナはネムと一緒に調理場に行った。そこには割と豊富な食材や調味料が揃っており、料理をするのに困ることはない。


「相変わらず色々揃ってますわね」


「ええ。ありがたいことに、生活に必要なものは定期的に届けていただいておりますから。ただ流石に冬場は無理ですので、今はこちらで保存食を作ったりできるように、特に塩や香辛料の類いは多めに運んでいただいております」


「なるほど……じゃあ今日も保存食を作るお手伝いをした方がいいですわね?」


「はい、宜しくお願いします」


「お任せですわ! ではその前に、朝食を作ってしまいましょうか」


 そう言って、レーナはネムと一緒に食事の準備を始める。生来料理は好きなレーナだったが、最近は特に力を入れている。それというもの旅の連れ……アプリコットとシフが、自分の作る料理を美味しい美味しいと喜んで食べてくれるからだ。


 奉仕とは、見返りを求めてするものではない。が、喜ばれ感謝され、それを嬉しいと思う気持ちを否定する神など一柱もいない。体力面では二人に遠く及ばない……あの二人が規格外過ぎるだけだが……ことを自覚しているレーナとしては、こういうところで役に立てるのは幸せなことだった。


 そうしてしばらくすると、神殿の外からパァンという高い音が響いてくる。それを聞いたネムが「そろそろ食器を並べておきますね」と調理場を後にし、それから少しすると鍛錬を終えたであろうアプリコットが調理場に顔を覗かせてきた。


「おはようございますレーナちゃん! 今日もいい匂いですね」


「おはようございますわ、アプリコットさん。今朝も鍛錬お疲れ様ですわ」


 レーナが知る限り、アプリコットが毎朝の鍛錬を休んだことは一度もない。晴れの日も雨の日も、夏の暑い日も休みはしなかった。まだ出会って一年経たないので見たことはないが、おそらく冬に雪が降っても休まないのだろうと思う。


「毎日毎日、本当に凄いですわね。私尊敬してしまいますわ」


「まあ、これは私がやりたくてやってることですからね。それよりレーナちゃんこそ、いつも食事の準備をしてくれてありがとうございます」


「ふふ、それこそ私がやりたくてやっていることですわ!」


 お礼を言うアプリコットに笑顔でそう返すと、レーナは食事の準備を続ける。そうして完成した料理を運ぶとテーブルのところにはシフの姿もあり、全員揃って美味しい朝食を食べ終われば、その後は奉仕活動の時間だ。


 レーナは調理場に戻り使った食器を洗い終えると、先程ネムに言った通り、保存食となるような瓶詰めの食材を作り始めた。煮沸した湯に瓶を沈めて消毒し、そこに砂糖や酢を混ぜた調味液を入れ、綺麗に洗った野菜を入れる。


 勿論、作るのは瓶詰め野菜だけではない。果物を砂糖で煮詰めて瓶に詰めればシフの大好きなジャムになるし、肉を少量のハーブと大量の塩で漬け、水分を抜いて乾燥させれば冬の間のご馳走になる。


 なお、<防腐の奇蹟>や<乾燥の奇蹟>などを使えばこんな手間暇をかけずに保存食を作ることもできるのだが、それはしない。神の力を便利に使いすぎた結果技術が廃れて、神に……聖女に依存しなければ生きられなくなった国がゆっくり衰退していくという寓話は、全ての見習い聖女が必ず聞かされ学ぶものであった。


「ふぅ、今日はこのくらいですわね」


 切りのいいところまでその作業を終えると、レーナは一息ついて今度は昼食の準備に取りかかる。狩りに出たシフは戻ってこなかったので一人分多くなってしまったが、食べ盛りの少女が二人もいればその程度は何の問題もない。美味しくペロリと平らげると、午後からは掃除を手伝う。


「きゅっきゅっきゅー♪ きゅっきゅっきゅー♪ ツルッとピカッときゅっきゅっきゅー♪」


「ふふふ、レーナさんは本当に楽しそうにお掃除をするんですね?」


「はっ!? いえ、これは……アプリコットさんの癖が移ってしまったというか……」


 知らず鼻歌を口ずさんでしまったレーナだったが、ネムに指摘されて照れた表情を浮かべる。それと同時に思い出されるのは、アプリコットと出会ってすぐの頃のことだ。


(そう言えば、あの時はアプリコットさんがこの歌を歌っていて、私がネムさんのようなことを言ったような……? 何だか懐かしいですわね)


 アプリコットと出会ったのは、おおよそ半年前。懐かしいと感じるにはあまりにも短すぎる期間だが、それを不思議だとも感じない。


(きっと毎日が楽しすぎて、頭の中が一杯になっているからですわね)


 出会ってすぐに大きな熊と戦ったのを皮切りに、胸がドキドキする楽しいことで、レーナの日常はすっかり埋め尽くされてしまっている。一日の思い出を振り返るだけで何日もかかりそうな濃い毎日を過ごしていたら、半年が遙か昔に感じてしまっても仕方が無いことだろう。


「…………フフッ」


 レーナの口から、自然と笑みがこぼれる。そのまま幸せな気持ちで掃除を終えると、神殿入り口の方から元気な声が聞こえてきた。


「帰ったのだー!」


「お帰りなさいシフさん! はわっ、それは!?」


「ふっふっふ、我に喧嘩を売ってきたから、やっつけてやったのだ!」


 得意げな顔でシフが背負っていたのは、自分と同じくらいの大きさのイノシシだった。それを見たレーナは目を丸くして驚き、ネムは嬉しそうに微笑む。


「あらあら、随分立派な獲物ですね。シフさんが仕留めたのですか?」


「我は最強だからな! ということでレーナ、これを使って美味しいものを作るのだ!」


「わかりましたわ。じゃあ捌くのを手伝ってくださいませ」


「わかったのだ!」


「では私は、調理場の方を準備してきますね」


 シフと二人で協力して大きなイノシシを食材へと変貌させ、それをレーナが調理する。出された分厚いステーキに皆も大満足で夕食を終えると、きつくなったお腹をさすりながらレーナもまたベッドに横になった。


「ふぅ、美味しくて少し食べ過ぎちゃいましたわ……でも、あんなに美味しかったから仕方ありませんわよね」


 誰に言うでもなく、自分自身への言い訳を小声で呟いてから、レーナはそっと目を閉じる。眠りに落ちる前の、刹那の時間。瞼の裏に浮かぶのは、今一番の悩み。


(明日の朝食は何を作りましょうか……アプリコットさんやシフさんなら、朝からお肉でもいいんでしょうけど……)


「はわぁ…………」


 無意識に小さく可愛いあくびをすると、ほどなくしてレーナは夢の世界へと旅立っていった。そこで分厚いステーキの上でボヨンボヨンと弾んで遊ぶ二人の姿を見てしまったことが原因で、ネムが「朝からお肉はちょっと……」と困り顔になるのは、もう少し先のことである。

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