表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第七章 虹を望む聖女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/142

「ここの謂れを聞きました!」

「すみません。少々取り乱してしまいました」


「「あはははは……」」


「フーッ! フーッ!」


 満足いくまで頬ずりをして落ち着きを取り戻したネムに、アプリコットとレーナが乾いた笑い声で応えた。なおシフは解放されるや否やアプリコット達の背後に回り込んで警戒の唸り声を上げている。どうやらわりと怖かったらしい。


「大丈夫ですよシフ。ネムさんだって、本気でシフの尻尾をとったりしませんから」


「本当か? 本当だな!?」


「勿論です。私、動物がとても好きなのですけれど、この神殿の周囲にいる動物は警戒心が強くて、なかなか触らせてくれないのです。なので久しぶりの感触に、ちょっと興奮してしまって……ごめんなさいシフさん。怖がらせるつもりはなかったのです」


「むぅ……まあ、それならいいのだ……」


 ネムの謝罪を受けて、シフが元の場所に座り直す。それを視覚以外の感覚で感じ取ると、ネムが改めて話を始めた。


「では、何故私のような者がここにいるかということのご説明でしたね。皆さんは、この神殿がどのような場所であるかはご存じですか?」


「当然ですわ! ここは大聖女ステラ様が、光神アマネクテラス様の『神降ろし』を行った場所ですわ!」


 元気いっぱいに言うレーナに、ネムがニッコリと笑って頷く。


「ええ、そうですね。聖女ステラ様は生まれながらの盲人でしたが、五歳の時に神の声を聞いて見習い聖女となり、後に正式な聖女となった後も世界中を巡り、多くの人々に……とりわけ自分のように目の見えない者達に、数多の救いと教えをくださった、偉大なお方です。


 そんなステラ様がこの地にやってきたのは、彼女が六〇歳を超えてからのことでした。当時この山には強大な力を持つ邪悪な魔法師が住んでおり、その力で支配された周囲の人々は大いに苦しんでおりました。


 ですが、誰もその魔法師を討つことは敵いません。というのも、魔法師はその魔法によって、山全体を完全なる闇に閉じ込めていたからです。一歩山に踏み入れば天に輝く太陽の光すら届かず、手元で松明を燃やしても熱は感じるのに一切光を生み出さない。そんな闇に対し、人々は対抗する手段がありませんでした。


 しかし、神は人々を見捨てませんでした。噂を聞いてやってきたステラ様は単身でこの山に入り込み、進んで行きます。生まれながらの盲人であるステラ様にとって、闇は何の障害にもなりません。


 そのまま魔法師の元に辿り着くと、ステラ様はその身に光神アマネクテラス様を降ろしました。魔法師の魔法がどれほど強力であろうとも、真なる神の光に敵うはずがありません。瞬く間に闇は払われ、己の力ではどうやっても敵わぬと魔法師は逃げ出しますが、麓に待機していた騎士団によってその身柄を捕らえられ、長年に渡る魔法師の支配はその日を以て終わりを告げました。


 その後平和になったこの山には、ステラ様の偉業を讃える神殿が建設され、ステラ様はその責任者として晩年を過ごされた……というわけです」


「「「おおー!」」」


 ネムの語りが終わると、アプリコット達は歓声をあげてパチパチと拍手を送る。まるで物語の一節のようだが、それが実際に起きたことであることを疑う者はいない。以前に出会ったタチアナほど頻繁ではないにしろ、神の声を聞ける者は間違いなく存在するのだから、「神が降臨した」なんて嘘は秒でばれるのだ。


「ということで、ここまでがこの神殿が建立された理由となります。続いて私がここにいる理由なのですが……ステラ様がお亡くなりになったあと、当然ここには別の聖女様が派遣されてきました。ですがしばらくすると、その聖女様は『目が痛い』と訴えるようになったのです」


「目が痛い、ですか?」


 オウム返しに問うアプリコットに、ネムが小さく頷いて話を続ける。


「そうです。怪我や病ではなく、<癒やしの奇蹟>も効果のない原因不明の痛み……しかもそれは別の聖女様に交代しても同じで、悪い魔法師が何か呪いを残したのではないか、あるいはアマネクテラス様がお怒りなのではないかなどと色々と推測されたのですが……五人目として赴任してきた聖女様がこう仰いました。『ああ、これは太陽を直接見た時に感じる痛みだ』と。


 それにより判明したのは、アマネクテラス様が降臨されたこの地には神の気配が色濃く残っており、その強く眩しすぎる神気が目を痛めているのではということです。なので物は試しとステラ様と同じ盲目の聖女を連れてくると、その人は目の痛みを訴えることもなく、ごく普通に職務をこなすことができました。


 それ以来、この神殿を管理するのは盲目の聖女の役目になり、私もまたその一人としてここに住んでいるというわけですね」


「なるほどー! とってもよくわかりました!」


「あれ? でもそうすると、私達もここに滞在すると、目が痛くなってしまうのでしょうか? だとしたら大変ですわ!」


 ネムの話を最後まで聞き終えると、アプリコットは大いに納得し、レーナは新たに生まれた疑問を口にする。するとネムはまるで見えているかのようにレーナの方に顔を向けると、その質問に答えた。


「ふふふ、大丈夫ですよ。アマネクテラス様がこの地にご降臨なされてから、おおよそ二〇〇年。残された神気も大きく薄れ、今なら多分、一年くらいここに滞在しなければ症状は出ないと思われます。


 ああでも、もし目が痛かったり、あるいはチカチカするような感じが出るようでしたら、早めに山を下りられることをお勧めします。それを目的にいらっしゃる聖女様もおりますけれど、貴方達は違うのでしょう?」


「ええ、そうですね。というか、目が痛くなりに来る人がいるんですか!?」


 驚くアプリコットに、ネムが静かに首を縦に振る。


「はい。神の力、神の存在をその身で感じられるというのは、それが痛みであっても尊いと感じる方がいらっしゃるのです。私はまだここに来たばかりなのでお会いしたことはありませんが、おおよそ一〇年から二〇年に一人くらいはそういう方がいらっしゃるとのことです」


「ほほぅ? 痛いということは体に負荷がかかっているということですから、ひょっとして目には見えない神の筋肉的な何かが鍛えられたりするんでしょうか?」


「まあ!? でもそれなら、頑張る方がいるのもわかりますわ! どうなのでしょうネムさん?」


「それは……私にはちょっとわかりかねますが、可能性としてはある、かも知れませんね」


 興味深げに聞いてくるレーナに、ネムは少し考えてからそう答える。最初はただの冗談のようにしか思えなかったが、きちんと考えてみると、確かに自身の内にある、目には見えない神の力を受け入れる器のようなものが、強い力に晒されることで強制的に拡張される可能性を否定できなかったからだ。


「なら、実際に修行してみましょう! どうでしょうネムさん、色々とお手伝いさせていただきますし、自分達の身の回りのことは自分達でやりますので、ここに一〇日ほど滞在させてもらえませんか?」


「えっ!? アプリコットさん、いいんですの? それだと冬までに王都に辿り着くという予定が……」


「大丈夫ですよレーナちゃん! 正確には『雪が降る前に』辿り着ければいいですし、いざとなれば私がレーナちゃんをおんぶすれば、すぐに王都には行けます。


 それに……これは何か根拠があるわけではないんですが、こういうのはタイミングだと思うんです。春になってから改めてここに来てもいいはずなのに、私の中の何かが、この機会を逃すのは勿体ないと叫んでいるのです!」


「そうなんですの……えっと、ネムさん? どうでしょうか?」


 力説するアプリコットに、レーナが控えめにネムに問いかける。するとネムは優しい笑みを浮かべて頷いた。


「ええ、問題ありませんよ。元よりここは神殿。巡礼の旅をしている見習い聖女の皆さんを拒む理由などありません。どうぞお好きなだけ滞在してください」


「わーい! やりましたねレーナちゃん!」


「ですわ! ああ、ステラ様と同じ環境で修行できるなんて、夢みたいですわ!」


「確かにここなら誰もいないから、久しぶりに思い切り狩りができそうなのだ!」


 ネムの許可を得て、三人がそれぞれに喜びを露わにする。こうしてアプリコット達は、かつて神の降りたる地にて、しばし修行に精進することとなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら星をポチッと押していただけると励みになります。

小説家になろう 勝手にランキング

小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ