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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第七章 虹を望む聖女

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「山に登りました!」

 ホッタルテの町を出てから、更に一月ほど後。もう少しで王都に辿り着くという位置で、アプリコット達は山に登っていた。


 といっても、別にこれが王都への唯一の道というわけではない。それどころか山を迂回するように平坦な街道が敷設されているし、そちらには乗合馬車も通っているため、ただ王都に行くだけであれば、冬も近づいてきたこの時期に山越えをする理由など何も無い。


 では何故登っているのか? それはこの山の山頂には、光神アマネクテラスが降臨したことのある、由緒正しい神殿が存在しているからだ。巡礼の旅をしておいてそんな霊験あらたかな場所に行かないなど、見習い聖女としてあり得ない。なので全員一致でそこを目指しているわけだが……


「ひぃ、ふぅ……」


「大丈夫ですかレーナちゃん?」


「えぇ、だい、じょう、ぶ……ですわぁ……」


 必要最低限にしか整備されていない険しい山道。時折声をかけて様子を窺うアプリコットに、レーナが息を切らせながら答える。体力の塊であるアプリコットや、そもそも野山を駆けまわって生きていたシフと違って、レーナにこの山道はかなり厳しい。


 が、それでも今回、レーナはアプリコットにおんぶされて移動することを選ばなかった。せっかく神聖な場所に行くというのに、その道中を他人の力に頼って済ませるのは嫌だと思ったからだ。


 そしてそれを、アプリコット達も了承した。それはレーナの気持ちを汲んだというのが一番の理由ではあるが、他にも万が一の事態が起きても、アプリコット達ならば確実に下山できるからである。安全が確保されているのなら、お友達の心意気を優先するのは当然なのだ。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ…………」


「頑張れレーナ! あと少しだぞ!」


「でも、無理はしないでくださいね。まだあと何回かは休憩しても大丈夫ですから」


「ありがとう、ございますわ……」


 ゆっくり、だが確実に、アプリコット達は山を登っていく。標高が上がるほどに周囲の空気は冷たくなり、空気も薄くなっていく。そこに疲労が重なることで思考が尖鋭化され、三人は身も心も研ぎ澄まされていくような感覚を覚える。


「神様に近づくために山に登る修行をする人がいると聞いたことがありますけど……なるほど、こういう感じなんですね」


「そう、ですわね……辛いですけど、その辛さが余計なものを……忘れさせてくれるというか……」


「流石にちょっと寒くなってきたのだ。我は温かいママのお茶が飲みたいぞ」


「ふふふ……シフさんだけは……相変わらずですわね……」


 声を掛け合い、励まし合いながら歩くこと、八時間。そうして遂にアプリコット達は、山頂にある神殿へと辿り着くことができた。


「やっと……つきましたわぁ…………」


「何とか日が落ちる前に辿り着けましたね。すみませーん! どなたかいらっしゃいませんかー?」


 その場にへたり込んでしまったレーナをそのままに、アプリコットが神殿の中に入って声をあげる。すると暗闇の奥から、自分達と同じ白いローブに身を包んだ一人の女性が姿を現した。


「はい、なんでしょうか?」


「私達は巡礼の旅の途中でここに立ち寄った見習い聖女なん……ですけど……?」


 アプリコットの挨拶の言葉が、途中で止まる。暗がりから現れた女性の目が、閉じたままだったからだ。


「どうかなさいましたか?」


「いや、その、お姉さんの目が……」


「ああ、それですか。ご興味がお有りでしたら、説明致しますよ。さあ、後ろの方達と一緒に中へどうぞ」


「えっ!? あ、はい。ありがとうございます」


 ニッコリと笑う女性に、アプリコットは軽く驚きながらもお礼の言葉を口にする。それから全員で神殿の中に入ると、入り口の広間を抜けて応接室のような部屋に通された。


「私にはわからないのですが、多分暗い……んですよね? 今明かりをつけますので、少しお待ちください。


 天にまします偉大なる神に、信徒たる我が希う。その信仰をお認めくださるならば、神の奇跡の一欠片を、今ここにお示しください……家内安全、火無万全! <光を灯す右の指先トーチ・ライト・フィンガー>!」


 女性が詠唱を終えると、その指先に白い光が灯る。それはふわりと宙に浮いてから弾けると、部屋の壁に取り付けられていた燭台のような物の先端に宿り、柔らかな神の光が室内を暖かく照らし出した。


「さあ、そちらにお掛けください。掃除はしているつもりなので、汚れてはいないと思いますが……」


「あ、はい。大丈夫です」


「凄くピカピカですわ!」


「うむ! あー、でも、この前座ったリョーシュとかいう奴の家の椅子よりは、ちょっと固いのだ」


「ちょっ、シフ!? 駄目ですよそんなこと言っちゃ!」


「うふふ、流石に領主様の家の椅子には敵いませんわね」


 失礼なことを言ったシフに、女性は柔らかく笑う。そんな女性の姿を、アプリコットは改めて見つめた。


 年の頃は、おそらく二五歳くらいだろう。身長は一六五センチくらいで、体型は痩せ型。腰までまっすぐに伸びた銀色の髪は芸術品のように美しく、色白で端正な顔立ちは何処か人間離れした美を感じさせる。


 まるで神様に創られた人形のようだ。そんな印象を受けたアプリコットに、女性がニッコリと微笑みながら話しかけてきた。


「まずは自己紹介からですね。私はこの神殿の管理を任されている、聖女のネムです。宜しくお願い致します」


「私は見習い聖女のアプリコットです!」


「私も同じく見習い聖女で、レーナですわ」


「我はシフなのだ! 宜しくな!」


「アプリコットさんに、レーナさんに、シフさんですね。もしよろしければ、皆さんの顔に触らせていただいても構いませんか?」


「顔ですか? 私はいいですけど……」


「私も構いませんわ。シフさんはどうですか?」


「うむん? もみくちゃにしたりしないならいいぞ」


「ありがとうございます。では失礼して……」


 アプリコット達の了承を得ると、ネムは席から腰を上げ、両手を前に伸ばしてくる。なのでそれに合わせるようにアプリコット達も身を乗り出して顔を突き出すと、ネムの白くて細い指がアプリコット達の顔をモニュモニュと触り始めた。


「うわわ、くすぐったいです!」


「これがアプリコットさん……柔らかくてモチモチで、凄くいい触り心地ですね。それにとても温かい……」


「えーっと、ありがとうございます……?」


「では、次は私ですわね! さあどうぞ!」


「はい。これがレーナさん……アプリコットさんより細くてスベスベした感触……きっと綺麗なお顔立ちなのでしょうね」


「綺麗だなんて、そんな! て、照れちゃいますわ……」


「次は我なのだ!」


「はい。では……うん? これは……?」


 シフの顔を触っていたネムの指が迷うように動き、その首が小さく傾げられる。普段は髪に隠れていて見えないが、シフの顔には人の耳があるべきところには何も無く、何も無いはずの頭の上に獣の耳が生えているからだろう。


「あの、ネムさん! シフはちょっと普通とは違うというか、変わっているところがある子でして……」


「そのようですね。フワフワした柔らかな肌触り……いつまでも触っていたくなるような感触です」


「当然なのだ! 我は耳も尻尾もモフモフだからな!」


「まあ、尻尾もあるのですか!? あの、そちらも触らせていただいても……?」


「いいだろう。ちょっとだけなら、特別に触らせてやるのだ!」


 少しだけ興奮気味に言うネムに、褒められて上機嫌なシフが尻を突き出し尻尾をファサらせた。するとネムはそっと尻尾に手を添えると、愛おしそうに撫で回し始めた。


「これが尻尾……一度触ってみたかったんです! ああ、こういう手触りなんですね。固すぎず柔らかすぎず、フワフワのモフモフ……」


「そうだろうそうだろう! って、何で頬ずりをしているのだ?」


「ああ、襟巻きにしてしまいたい……」


「だ、駄目だぞ!? 我の尻尾はあげないのだ! トカゲと違って、我の尻尾はちぎれたら生えてこないんだからな!」


「わかっておりますわ。でも、ああ……」


「あげないぞ!? 本当にあげないからな!」


 うっとりと尻尾に頬ずりするネムと、ちょっとビビった声をあげるシフ。そんな二人の様子に、アプリコットとレーナは何処で止めるべきかと微妙に頭を悩ませるのだった。

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