「連絡先を教えました!」
「ん? 何だそれは?」
「アプリコットさん、それは……」
「確か飲んだら魔力が増える薬だったか?」
「「何だと!?」」
オイモとドルフの叫び声が、重なって室内に響き渡る。さっきまでの前提がいきなり覆る品物が出てくれば、それも致し方ない。
「実はこれ、以前に立ち寄った村で手に入れたものなんですが……」
そう前置きしてから、アプリコットはあの村での出来事を説明した。だがそれを聞き終えたオイモとドルフは、それぞれの想いで首を捻る。
「ううむ、そんなことが……いやしかし、それだとその薬を飲んだ者の魔力が本当に増えると確定しているわけではないのではないか? 手渡された子供がそう聞かされたというだけで、実際に使って試したわけではないのだろう?」
「そうなりますね。とは言えお話しした通り、その村の薬師であるイリアスさんが薬の成分とかを研究しているはずなので、まずは連絡を取ってみるのがいいかと思います」
「ふむ、それはその通りだ。今の話からすると迂闊にこれを飲むような人物ではなさそうだが、警告も兼ねて情報交換をする必要はありそうだ。すぐに手配しよう」
「にしても、こんなモンが存在するとはなぁ……つーか、それなら薬の方だけじゃなく、これを渡したっていう黒ずくめの魔法師の方も手配した方がいいんじゃねーか? あ、いや、いいんじゃないですか男爵様?」
「言われるまでも無い。当然そちらも手配する……が、正直難しいだろうな」
ドルフの言葉を肯定しつつも、オイモは眉間に皺を寄せて悩む。突然魔法が使えるようになった襲撃者達と、飲むと魔力が増えるらしい魔法薬に、それを無造作に子供に与えている魔法師。この短期間にこれだけの状況が揃えば明らかに怪しいが、だからといって確たる証拠があるわけではない。
それに、単にそういう薬があり、渡しただけでは罪に問うことはできない。薬を飲んだであろう襲撃者達の記憶が曖昧である以上、「落とした」とか「奪われた」と言われれば薬の管理責任くらいしか問えないし、それだって「勝手に持っていかれた薬が、用法用量を守らず使われて酷いことになったからといって、責任など取りようがない」と言われてしまえばそれまでだ。
というか、本当にそうであった場合、件の魔法師は単なる被害者ということになってしまう。その魔法師から貴重な薬を奪って悪事を働いた真犯人がいる可能性まで考慮してしまえば、今はまだ解決への糸口を掴んだ程度でしかないことを、オイモは正確に理解していた。
「とにかく、情報提供に感謝する。この件に関しては、何か進展があったら……あー、教会に伝えればいいのか? 君達はいつまでこの町に滞在するつもりだろうか?」
「そうですね。もうあと何日か……多分三日か四日くらい奉仕活動をしてから町を出ようと想っているんですけど」
オイモの問いに、ローブの裾から薬をしまい込んだアプリコットが少しだけ考えてから言う。巡礼の旅における一つの町の滞在期間は、概ね一〇日前後が多い。無論そう決まっているとかではないので事情によって伸びたり縮んだりしても問題無いのだが、特に何もなければいつも通りに旅に出ようと思っていたのだ。
しかしそうなると、流石に数日で大きな進展があるとは思えない。というか、そもそもその日数ではホッタルテの町からイリアスの住んでいる村に行って帰ってくることすら、通常の手段では不可能だ。アプリコットやシフが全力で走ればいけるだろうが、それに匹敵するような人物がそうホイホイいるはずもない。
「となると、やはり教会に伝えるしかないか。その場合は簡易的な報告しかできんが……」
「ああ、それでしたら王都の教会に送っていただいてもいいですか? 私がお世話になった聖女様がそこにいて、シフの件でも相談を……っと、そうでした! ドルフさんに聞いておきたいことがあったんでした!」
「ん? 俺にか?」
「はい! もし旅の途中でシフやドルフさんと同じ見た目の人に出会った時に、ドルフさんのことを言ってもいいかどうかを確認したかったんです」
「そうだったのだ! 我は知らずとも、ドルフのことを知ってる奴がいるかも知れないからな。まあドルフが我らと一緒に来るというのなら関係ないのだが……」
「それは…………」
「あー、そのことなんだが」
シフのその言葉に、オイモが非情に気まずそうな表情をして頭を下げた。貴族が頭を下げるという事実にアプリコット達が驚くも、それを気にせずオイモが謝罪の言葉を口にする。
「すまん。どうやら私が一人で先走ってしまったようでな。ドルフの同行はなかったことにして欲しいのだ。君達が望むのであれば、代わりの護衛を手配することも吝かではないが、どうするかね?」
「いえ、そういうことなら護衛は必要ありません。こう見えても、私達はまあまあ強いですから!」
「そうだぞ! 我は最強なのだ!」
「私は別に強くはないんですけれど、お二人が一緒ですから」
「はは、そうか。そうだろうな」
やっぱりそうなったかと内心思うアプリコット達の言葉に、オイモも思わず苦笑する。以前ならば「見習い聖女」という見えない盾に守られているからこその強がりだろうなと笑っただろうが、実際に命を助けられたうえに、自分の知る最強の護衛であるドルフに「俺より強い」と言わしめたのだから、そんな顔になるというものだ。
「それでドルフさん、どうしますか?」
「あー、そうだな……」
改めて問うアプリコットに、ドルフはチラリとオイモに視線を向けてから答える。
「わかった、なら俺の名前は出していい。ただ俺がここで働いてるってことは秘密にしておいてくれ。そのくらいなら……大丈夫ですかね?」
「今の流れならば問題なかろう。それにドルフはともかく、シフ君が見習い聖女として奉仕活動をしていることが広まれば、万が一君達の同胞が人に危害を加えるようなことがあったとしても、それはその個人が悪人だっただけだと主張できるだろうからな」
唯一の存在が悪を成せば、それは存在そのものが悪と見なされる。二人に一人だったなら、二人とも悪に墜ちる前に手を打てと迫られる可能性もある。
が、三人のうち二人が善良な存在であれば、悪い方が例外とできる。アプリコット達がシフを世間に認めてもらおうとする活動は、ドルフにとっても救いとなるものなのだ。
「さて、それでは最後に、情報を送って欲しいという教会のことを、もう少し詳しく教えてくれるかね?」
「あ、はい。それは……」
そうして情報の送り先を説明すると、用事を終えたアプリコット達は領主邸を後にした。その後は予定通り三日間この町での奉仕活動を続け……四日後の朝、モリーンやアーサーに見送られながら、三人はホッタルテの町を後にした。
無論、そこにオイモやドルフが見送りに行くことはない。命の恩人とはいえ領主自ら見送りになどいったら悪目立ちしてしまうし、襲撃事件があって間もないのに護衛であるドルフが主を置いて単独行動するなど、それこそあり得ない。
「……もうそろそろ、あいつらも旅立ちましたかね」
故にいつもの執務室で、仕事に勤しむオイモの傍らに立つドルフが小さく漏らした。その目が壁の向こうに向かっていることに、オイモが軽く苦笑する。
「なんだ、やはり未練があるのか?」
「正直なところ、無いとは言えません。でも、この前の事件で思い知られたんですよ。もしこの先、あいつらに何か不幸な出来事があったとしても、ああ、あれだけ強い奴らでもどうにもならないことがあったんだなって、悔しかったり悲しかったりはしても納得はできます。
でもここで俺があいつらと一緒に旅立って、旅先で男爵様が凶刃に倒れたなんて訃報を聞かされたら、きっと死ぬまで後悔する。そう思い至ったら、やっぱり俺の居場所はこっちなんだなぁと」
「……そうか」
ぶっきらぼうな護衛の男は、兜の下に隠した顔をなかなか見せない。だがきっと照れ笑いでも浮かべているんだろうと想像すると、オイモはこっそり、口元をニヤリと歪ませるのだった。





