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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第六章 お祭りと意外な出会い

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「悪者の事情を聞きました!」

 領主邸の襲撃という大事件が起きてから、三日後。アプリコット達は再び領主オイモ・ホッタルテ男爵に呼びだされ、屋敷を訪れていた。脇にドルフを控えさせたオイモ男爵が、目の前の長椅子に並んで座るアプリコット達に改めて話しかける。


「今日はよく来てくれたね。まずはお茶でも飲んで、ゆっくりくつろいでくれ」


「お気遣いありがとうございます、領主様」


「むぐむぐ……おお!? この焼き菓子は中にママが入っているのだ!?」


「ははは、君が好きだと聞いたんでね、うちの料理人に作らせたんだ。気に入ってもらえたかな?」


「うむうむ、最高なのだ!」


「ちょっとシフさん!? 申し訳ありません領主様。ですけど、決してシフさんには悪気があるわけでは……」


「構わないとも。何せこちらは命を救われたわけだからな」


 謝るレーナに、逆にオイモの方がそう言って微笑む。だがその顔は何処か疲れが見え隠れしており、レーナが心配そうに言葉を続ける。


「あの、領主様? お顔の色が優れないようですけれど、ひょっとしてまだ怪我の具合が……」


「いや、そうではない。君達が生け捕りにしてくれたおかげで、あの狼藉者達の事情聴取が進んでいるんだが、それがどうにも妙でね」


「えっと、それは私達が聞いてもいいお話なんでしょうか?」


 領主を襲った犯人の事情は、部外者に広めていい情報ではない。ならばこそ首を傾げて問うアプリコットに、オイモは静かに頷いてみせる。


「ああ、いいとも。実際にあいつらを倒したのは君達なのだから、聞く資格は十分にあると私は判断している……といっても、実のところわかったことはほとんど何もないんだ。いや、色々わかりはしたんだが、結果として何もわからないというところか?」


「? それは一体……?」


「順に説明しよう。まず最初に調べたのはあの三人の繋がりなのだが……結論から言うと、あの三人には何の繋がりも無かった。完全な赤の他人で、彼らが行動を共にしたのは、屋敷を襲う僅か一時間ほど前からだ」


「えぇ? 全然知らない人達同士が、力を合わせてここを襲ったってことですの?」


「まあ、そうだね」


 レーナの確認に、オイモが渋い顔で頷く。


「で、次に動機だが……これも色々調べてみた結果、彼らには私やこの屋敷を襲う動機も無かった。勿論日々の暮らしに全く何の不満もなかったということはないだろうが、それでも領主邸を襲撃するほどの何かがあったとは考えづらい。


 あんなことをしでかせば本人は死罪を免れることはないし、場合によっては反乱を企てたとしてその家族まで連座で死刑になることだってある。そこまでの覚悟を決めるほどの強い恨みや決意の類いは、本人達の聞き取りからも周辺の調査からも見受けられなかった」


「むぅ? 襲う気もない奴らが襲ってきたということか?」


 オイモの説明に、シフがキュッと眉根を寄せる。聞けば聞くほど訳が分からなくなる説明は、しかしまだ終わらない。


「そうなるな。調査した者達によると、酔っ払った勢いのような、一時的な感情の爆発で襲った可能性が最も高そうだということだったが、これはひとまずおいておこう。


 そして最後に一番重要な問題というか謎なんだが……あの三人は、そもそも誰一人として魔法など使えなかったということなのだ。年上の二人はほぼ魔力を宿しておらず、一番若い男だけはいくらか魔力があったようだが、それでも魔法を発動させるにはほど遠いような量だ。


 だと言うのに、あの三人は魔法を……しかも超一流の魔法師が使うような魔法すら使って見せた。何故そんなことができたのか、それが誰にも分からないのだ」


「むぅ、それは……」


「襲ってきた方達自身にもわからないのですか?」


「うむ。本人達曰く、普通に日常生活を送っていて、気づいたら今の……つまり私を襲い、倒されて捕縛された状態だったそうだ。実際襲ってきたあの者達はまともな状態ではなかったから、嘘をついてとぼけているわけでもないらしい」


「確かに、それじゃ何もわかりませんわね……」


 襲撃前後の記憶が全く無いと言われてしまえば、わかることなど何もなくなってしまう。皆で考え込むなか、黙々とマーマレードサンドクッキーを食べていたシフがその手を止めて言った。


「うん? マホーとやらを使うのに魔力がいるというのなら、単に魔力を増やして使えるようになっただけではないのか?」


「あ、こら! シフ!」


 アプリコットが慌ててその口を押さえる。が、押さえたところで既に飛び出た言葉が無かったことになるわけではない。怖いくらいに真剣な表情で、オイモがアプリコット達を見つめてくる。


「後天的に魔力を増やす方法があるのか?」


「えっと、それは…………その前に、一つだけ確認させてください。ドルフさん」


「…………何だ?」


 アプリコットに名を呼ばれ、ドルフが顔を向ける。兜の下の表情は見えていないのに、アプリコットにはそれがこれ以上無い渋顔であることが何となくわかった。


「この方法は、シフから聞いたものです。なのでドルフさんには、魔力を増やす方法に心当たりがありますか? あるいは……自分もやったこと(・・・・・・・・)がありますか(・・・・・・)?」


「っ……いや、俺はない。アレをやるのは成人してからだって言われてたからな」


「ドルフ!?」


 アプリコットの言葉に顔を逸らしながら答えたドルフに対し、オイモが驚愕の声をあげる。


「どういうことだ!? 一体何を知っている!?」


「それは……すみません。正直教えたくありません。が、男爵様に命令されれば、俺は話さないわけにはいかないわけですが……ならせめて、約束してください。これから俺が話すことを、どうか誰にも言わないと」


 それはアプリコット達ではできなかった要求。というか、ドルフであっても立場的には無理な要望。領主であるオイモは知り得た知識を国のために役立てる義務があるので、内容すら聞く前にそれに頷くことなどできるはずもない。


「……………………わかった。約束しよう。だから教えてくれ」


 だがオイモは、その無理筋な願いを了承した。長く仕えてくれた護衛との友誼や、命を助けてもらった聖女達への恩を優先する決断は貴族としては失格なのだが、オイモはそれを飲み込む。


 無論、所詮は口約束。立場が上のオイモなら簡単に反故にすることもできるのだが、それでもドルフは覚悟を決めて、魔力を増す手段を……魔力を持つ生物の生き肝をそのまま食べるという方法を語った。そしてそれを聞いたオイモは、これ以上ないほどに顔をしかめる。


「なるほど、確かにそれは公にできるような情報じゃないな。獣くらいならまだしも……いや、それ以上は言うまい」


 アプリコット達をチラリと見たオイモは、そこで言葉を濁した。オイモもまた、獣……即ち人間の心臓を食うことが、おそらく一番効率よく魔力を増やせるのだろうと気づいてしまったからだ。


 そしてそれを、オイモは絶対に公開しないと固く胸に誓う。人を喰らって強くなる国家など、もはや人外の化け物の国だ。自国を地獄に変えるきっかけの貴族として歴史に名を残すなど、オイモはまっぴら御免だった。


「しかしそうなると、奴らはその……それを喰ったということか? すると明らかに様子がおかしかったのは、急激に魔力が増えた副作用だろうか? そんなことがあるのか?」


「それは何とも……度を超して大量に食えばそうなる可能性は否定できませんが、少なくとも殺人事件の類いが頻発していたという報告は受けていませんし、あれほどの力を得られる量の獣を狩っていたとも……」


 生きている状態で食わなければならない関係上、一旦溜めておいてから後で纏めて食べる、などということはできない。しかもそれが一度に三人分、気が狂うほどに魔力が増える量となれば、どれほどの量の獲物を短時間で狩らなければならないのか、ドルフには想像もつかない。


「……あっ!?」


 と、そこで不意にアプリコットが声をあげた。フカフカのソファから立ち上がると、徐にローブの裾に手を突っ込み始める。


「おいおい、いくら子供だからって何やってんだ!? トイレなら部屋を出て……」


「違いますよ! えーっと……あ、これです!」


 ちょっとだけ顔を赤くして抗議の声をあげつつアプリコットが取りだしたのは、人肌に温もる半透明の青い硝子瓶であった。

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