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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第六章 お祭りと意外な出会い

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間話:野良犬と飼い主

 少女ばかりの「巡礼の旅」に、大人とはいえ男性が増えることを軽々に決めるべきではない。まずは提案だけと言うことで、ひとまずは戻ってじっくりと考えてみて欲しい……そんな言葉を告げられたアプリコット達が部屋を出て行くと、後に残った二人の片割れが、自らの主に対して何とも不満げな声を上げた。


「男爵様、今のはどういうことですか?」


「ん? どうもこうも、言葉の通りだが? 見習い聖女の『巡礼の旅』に護衛をつけようと考えるのは、別におかしな事ではないだろう?」


「それは…………」


 平然と告げるオイモに、ドルフは言葉を詰まらせる。


 明らかに神が実在する世界で、神に気に入られ神の奇蹟を行使する聖女に対し、狼藉を働こうとする者は滅多にいない。身につけるローブは高価なれど王冠よりも換金が難しく、路銀だって大して持ち歩かないため襲う旨味がまるでないということもあって、それこそ野盗の類いであろうと、見習い聖女に手を出すことはないのだ。


 だが、何事にも例外というものはある。神を恐れず禁忌を厭わず、歪んだ欲望をぶつけるような輩はごく少数ながらも存在するし、野生の獣や偶発的な事故など、人が生きていれば危険というのは常に隣り合わせであることも間違いない。


 なので、見習い聖女の「巡礼の旅」に、傭兵や騎士のような護衛が同行するというのは、実際そう珍しくはないのだ。特に領主などの立場の者が世話になった聖女にお礼としてしばらく護衛をつけるのは一種の慣例であり、つけられる護衛役もそれを名誉として喜ぶのが一般的である……が、残念ながらドルフはその「一般的」には含まれていない。


「いや、でも、今までそんなこと、一度もなかったじゃないですか!」


「確かにそうだ。だが今回は特別だろう? それとも、こう言い換えた方がいいか? 君を隠すのがそろそろ面倒になってきた。丁度良く同族のお嬢さんが現れたから、ここで体よく厄介払いをしたい、と」


 けだるげに首を動かしたオイモが、ドルフに向かってニヤリと笑いながらそう言い放つ。するとドルフはビクリと体を震わせ……しかしすぐに呆れたように小さく息を吐いた。


「ハァ、勘弁してくださいよ旦那。今更そんなこと言われたって、その勢いで飛び出していけるほど俺も若くないですよ」


「ハッハッハ、そんなことないだろう? 確かまだ二八歳だったよな?」


「もう二八歳ですよ。結婚してガキがいるのが普通の歳なんですから、全然若くないですって」


「そんなもんか? 私からすれば十分に若いんだがなぁ」


 今年四三歳になったオイモからすれば、二八歳は十分に若い。だがドルフの認識もまた間違いではない。少なくともドルフの記憶にある村のなかで、その歳で結婚もしていない奴など一人もいなかったのだから。


「懐かしいな。君に出会ってから、もう一二年か……出会った時の君は、正しく狂犬のようだったが」


「あの頃は大分荒れてましたからねぇ。旦那に拾われなかったら、今頃どうなっていたことか……」


 遠い目をするオイモに、ドルフもまた昔を思い出す。もしオイモに保護されなければ、きっと自分は化け物として追い立てられ、それこそ野良犬のように何処かで野垂れ死んでいたと本気で思う。


「……だが、私が拾ったことで、君の自由は失われた。領主である私は、この地を長くは離れられん。君の望む生まれ故郷を探す旅には、きっと生涯出られないだろう」


「でも、旦那は情報を集めてくれてるでしょう? ここにいるだけで、国中の誰かが俺の村を見つけたら、その報告が届く。なら自分で旅をするよりずっと効率がいいでしょうぜ」


「それは別に、君がここに留まらずともできるぞ? あの子達についていくなら、それこそ知り得たことを教会経由で伝えればいいだけだからな」


「んなこと言って、俺がいなくなったら護衛どうするんですか? ずらりと護衛を侍らすのは、旦那の主義に合わないんでしょ?」


「む…………」


 ドルフの指摘に、今度はオイモが言葉を詰まらせる。ホッタルテ家は、代々民衆に近い貴族としてやってきた。その考えはオイモにも受け継がれており、たとえばいつもの名乗りのように、親しみを持たれる領主であれるように、常に心を砕いている。


 だが、貴族である以上護衛は必要だ。しかし何人もの護衛を引き連れていては、それを見るだけで民は萎縮してしまう。完全武装した護衛が三人四人と並べば、大人だろうと緊張に身を固くしてしまい……そしてそれは、そのまま心の距離にも繋がることだろう。


 そんな悩みを解決してくれたのがドルフだ。素晴らしい嗅覚と優れた身体能力を持つドルフは並の兵士五人分の働きをしてくれるので、ドルフ一人を引き連れていればオイモは何処にでも行ける。


 おかげで領民に対する威圧は最低限で済むし、余分な護衛を雇う費用も削減できる。ちょっとした気まぐれで助けたドルフは、オイモに、そしてホッタルテ家に大きな利益をもたらしてくれていた。


「……しかし、本当にいいのか? やっと見つけた同胞なのだろう?」


 それこそ、オイモがこの提案をした真意。世界にたった一人だったドルフが、一人ではなくなった奇跡を逃して欲しくないという、オイモなりの誠意の形。


「私と君が出会った時、私は三〇歳で、君は一三歳だった。歳も身分も離れすぎていて、私は君に主従という関係しか与えてやれなかった。だがあのシフという子なら、もっと別の関係を築けるんじゃないか?」


「何言ってんですか! 俺と旦那の年の差と一つしか違わねーじゃないですか!」


「だが、男が年上の分にはどうにでもなるだろう? それに……」


「いやいや、本当に勘弁してくださいよ」


 言い募ろうとするオイモの言葉を、ドルフは顔の前で両手を振って否定する。


「……まあ、でも、そうですね。もしシフが一人きりだったら、多分その提案に乗ったと思います。俺達みたいなのが一人で旅をしてたら、どんな目に遭うかは身を以て知ってますからね。


 でも、あいつには頼れる仲間が二人いる。そこに俺まで入っていくのは、何か違うでしょう? 大人が子供の邪魔するもんじゃありませんぜ」


「ドルフ…………」


「いいんですよ。俺のやりたかったことは、あいつらがやってくれる。それにここの生活、俺は結構気に入ってるんですよ。今更追い出されたりしたら、それこそ路頭に迷っちまいますぜ」


「……わかった。ならもう言うまい」


 兜の下で苦笑しているドルフの姿がありありと思い浮かんで、オイモは呆れたように、だが少しだけ嬉しそうに笑いながら話を締める。頼りになる護衛が仕事を続けてくれるというのなら、オイモとしても拒否する理由などないのだ。


「そうなると、あの子達には悪いことをしてしまったな。こっちから提案しておいて断るとなれば、何か相応の詫びを……ドルフ?」


 オイモがアプリコット達への対応を考え始めると、ふと隣にいたドルフの気配が変わったことに気づく。ピリピリとひりつくような気配は、滅多にない危険が迫ったときのそれだ。


「どうしたドルフ? 何かあったのか?」


「わかんねぇ……いや、わかりません。でも絶対に俺の側から離れないでください」


「わかった」


 一〇年来の付き合いなれば、無駄なやりとりなどしない。椅子から立ち上がりオイモがドルフの側に立つと、程なくして部屋の外から人の悲鳴のような声が聞こえ始める。


「ドルフ!?」


「駄目です、絶対に動かないでください」


 外の様子が気になって仕方ないオイモを、しかしドルフは強い口調でたしなめる。そのまま主に許可を取ることもなく腰の剣を引き抜いて構えると……


バタンッ!


「ヒャーハッハッハ! ここが領主の部屋かぁ!?」


「うひゃ、うひゃ、うひゃ! ()るぜ! 殺っちまうぜぇ!」


「くっ、クヒッ! ふひヒヒヒ……」


 大きな音を立てて扉を開いて入ってきたのは、明らかに挙動不審な狼藉者達であった。

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