「招待されました!」
「はー、楽しかったです!」
舞台裏にて、白イモの被り物を脱いだアプリコットが、大きく息を吐きながら言う。秋ということで気温は大分下がっているが、通気性の悪さかそれとも演技の熱気が残っているのか、アプリコットの顔はほんのり赤い。
「うぅ、お芝居なんて初めてで、上手くやれた気がしませんわ……」
「ワハハ! 我はみんなに注目されて、ちょっと気持ちよかったぞ!」
そんなアプリコットの側では、レーナとシフも被り物を脱いでいる。この三人は平和なものだが、問題は少し離れたところにいる二人だ。
「ちょっとアーサー! あれどういうこと!? 事前に決めてた話の内容と全然違うじゃない!」
「仕方ないだろ! っていうか、シモーヌが加減もせずにビシビシ蔓で叩くから、痛くてたまらなかったんだぞ!」
「あら、あの程度で? シフちゃんに叩かれた時も凄い顔してたけど、アーサーってそんな見た目なのに、案外打たれ弱いの?」
「……いや、あれはマジで駄目だ。本当にあれは……無理だ」
「そ、そう。えっと……何か、ごめんなさい……」
不意に深刻な表情で俯いてしまったアーサーに、シモーヌはからかう口調をやめて普通に謝った。イモを巡って何かと対立することの多い二人だが、別に嫌っているわけではない。ちゃんと超えては駄目な一線というのは弁えていた。
「お疲れ様でした皆さん」
と、そこで背後から声がかかる。それに応えて皆が振り返ると、そこに立っていたのは身なりのいい……だが見覚えのない四〇代くらいの男性だった。
「あら、貴方どなた? ここは関係者以外立ち入り禁止なのよ?」
「ええ、存じておりますが、問題ありません。許可はちゃんと取ってありますので……私、ホッタルテ家の使いの者でございます」
「御領主様の!?」
シモーヌの忠告に男性が笑顔で答えると、アーサーとシモーヌの二人がビクリと体を震わせる。使いということは貴族本人ではないのだから別にこの人が偉いわけではないのだが、仕える貴族の名を出した相手に無礼を働くのは、貴族の面子を潰すのとほぼ同じである。そんな相手を無下に扱うのは、よほどの身の程知らずか底なしの馬鹿だけだろう。
「こ、これは失礼を……それでその、領主様のお使いの方が、俺達に何かご用で?」
「アーサー様とシモーヌ様に関しては、旦那様から『今年も民を楽しませるための演劇に協力してくれたことを感謝する』と言付かっております」
「そ、そうですか! そいつは……ありがとうございます。へへへ」
「これもイモ掘り大会で上位入賞した者の務めですもの。お役に立てたのであれば光栄ですわ」
使いの人の言葉に、アーサーが微妙に照れ、シモーヌは堂々とそう言って微笑む。この演劇は毎年行われているのだが、その演者は優勝者が英雄で、準優勝者が悪役、三位以下は任意で脇役を演じるという形を取られている。ただし今回はシフが一人で悪役をやるのが難しかったので、脚本家と話し合った結果が先の舞台だ。
特に報酬が出たりするわけではないのだが、アーサーもシモーヌも赤イモと同じくらいこの町やそこに住む人々を大事に思っているので、毎回出演を快諾している。とは言えここ数年はこの二人ばかりが出ていて少々マンネリ気味だったので、アプリコット達の参加は誰にとってもちょうどいい変化であった。
「それで、そちらの見習い聖女様方なのですが……実は、旦那様が是非とも直接お会いしたいとのことでして。よろしければ一緒に来ていただけませんか?」
「領主様が、私達にですか?」
「はい。あー、勿論、今はお忙しいようでしたら後日でも構いませんし、どうしてもお会いしたくない理由などがあるのでしたら、その場合はお断りいただいても構いません。それによって旦那様が皆様に不利益を与えるようなことは絶対にないとのことです」
首を傾げるアプリコットに、使いの人が流れるようにそう告げてくる。聖女と貴族は対等であると知ってはいても、実際に領主の側が明らかに気を使ったであろうその物言いにアーサー達が驚いているなか、当のアプリコット達は平然と話し合う。
「そうなんですか。私は特にこの後予定もありませんし、会ってもいいと思うんですが……二人はどうですか?」
「私も特に異論はありませんわ。領主様もとてもいい方のようでしたし」
「我も別にいいぞ。前みたいにママがもらえるかも知れないしな!」
「これ以上もらっても食べきれないと思いますが……」
「お、おいおい!? お前達スゲーな。領主様の呼び出されたのに、何でそんな平然と話し合いができるんだ!?」
「え? 何でと言われても、少し前にも伯爵様にお会いしてますし……慣れですかね?」
「言われてみれば、私もそれほど緊張しておりませんわね? 領主様ご本人を前にすれば、また違うとは思いますけれど」
「領主とか貴族とか、そういうのは我はどうでもいいのだ!」
「……どうやら私達が思うより、この子達はずっと逞しいみたいね」
「だな。俺もこのくらいイモを愛せるようにならなきゃだぜ」
「では、ご都合もよろしいようですので、こちらへどうぞ」
妙な感心の仕方をするアーサー達に見送られ、アプリコット達は近くに止められていた馬車に乗り込み、そのまま領主邸まで移動する。通された応接室にて三人が待っていると、程なくして以前にも見た領主が、鎧姿の護衛を伴って部屋に入ってきた。慌てて席を立つ三人の正面に回り、領主オイモが挨拶をする。
「よく来てくれたね。私がこのホッタルテの領主、オイモ・ホッタルテだ。この名前は……」
「地元への愛が溢れてますね!」
「アプリコットさん!? え、ええ、そうですわ! おイモが大好きそうな、素敵なお名前だと思いますわ!」
「覚えやすくていい名前なのだ!」
「っ…………」
領主の挨拶を遮って言った三人に、側にいた護衛が物言いたげな雰囲気で腕をあげたが、オイモがそれを制して笑う。
「ははは、どうやら私の挨拶をしっかり聞いてくれていたようだね。君達くらいの年齢だと、領主の挨拶などつまらないと聞き流されているかとも思ったのだが」
「そんな失礼なことしませんよ! それに私はあの挨拶、凄くいいなって思いましたし!」
「そうですわね。周りにいた人達も感心しておりましたし、私自身もこの町に住んでいたなら、きっと感動したと思いますわ」
「それは領主として、嬉しい限りだ……さ、座って楽にしてくれ。おい、お茶の用意を」
オイモがそう指示をすると、近くに控えていた使用人が一礼して部屋を出て行く。それからすぐにお茶とお菓子……赤イモをふんだんに使った、地元の名産品だ……が三人の前に並べられた。
「遠慮せずに飲み食いしてくれ」
「ありがとうございます! うわ、美味しい!」
「ほっこりホクホクですわ!」
「こっちは何だかねちょっとしているのだ! でも甘くて美味いのだ!」
「気に入ってもらえたら嬉しいね。それで今回君達を呼んだ理由なんだが……」
切り出されたその話に、アプリコット達は食べる手を止め……シフだけは気にせず食べ続けていたが……話を聞く姿勢をとる。だがそんな二人に、オイモは自分もお茶菓子を摘まみながら軽く笑いかける。
「いやいや、そんなに緊張しないでくれ。単に話を聞きたかっただけなのだ」
「お話ですの?」
「そうだ。確か祭りの前日にこの町に来たのだろう? 今回の祭りはどうだったとか、町や人の雰囲気とか……あとは君達の旅の話などもいいな。どんな場所を巡り、どのようなことをして、どんな風に感じたのか……そういう話を聞きたいと思って招かせてもらったんだよ」
「ああ、そういうことですか」
オイモの言葉に、アプリコットは大きく頷いて納得する。責任ある立場の人間ほど、気軽に旅をすることなどできない。なので偉い人が旅人から旅の話を聞きたがるのは、よくあることだった。
ならばとアプリコット達は、巡礼の旅での出来事や、この三日間の祭りで楽しかったことや感じたことなどを、素直な気持ちで語っていく。オイモはそれを楽しげに相槌を打ちながら聞いていって……
「……そうか。うむ、素晴らしい旅路だ。君もそうは思わないか、ドルフ?」
「っ!? え、ええ。そうですね」
不意にオイモに話を振られ、部屋の脇に控えていた護衛の金属鎧……ドルフが、やや動揺しながらも答える。するとオイモがスッと目を細め、更に言葉を続けていく。
「だが彼女たちがどれほど強くても賢くても……たとえ神に愛されていようとも、やはり子供は子供だ。できるならば大人の付き添いがあった方がいいだろう。
ということで、どうだねドルフ? 君も彼女たちの旅に同行してみないか?」
「はっ!?」
そのあまりに唐突な提案に、温かく柔らかだった場の空気がにわかに凍り付いた。





