「悪の手下になりました!」
そうして食事を終えると、アプリコット達は午後も祭りを楽しんだ。生育が悪く食用には向かないイモを削り、自分だけの紋章を作って遊ぶことのできる「イモん章」の屋台でいい感じの紋章を作ったり、短く切られた芋の蔓を交差させて引っ張り合い、ちぎれないようにどれだけ勝ち抜けるかを競う「イモータルヴェイン」という勝負に熱中したりしていれば、日暮れはあっという間だ。
そうして祭りの初日を堪能しきったアプリコット達は、翌日からは奉仕活動をすることを申し出た。終導女からは「この三日くらいは遊んでもいいのよ?」と言われたのだが、アプリコット達はそれを笑顔で辞退する。
実際、祭りであるからこそ人手というのは必要だ。シフがその鼻を生かして迷子を親御さんのところに連れて行ったり、アプリコットが腕力を生かして屋台に食材の詰まった箱を運搬したり、レーナが祭りで浮かれて怪我をした人を治療したりと、三人は忙しく働く。
もっとも、それは決して辛い、嫌な仕事というわけではない。自分達が楽しめたのはそういう裏方の人がいればこそで、今度は自分達が裏方に回ることで、多くの人に楽しんでもらえている。そんな両方の立場を経験できたことは、アプリコット達にとっても充実した一時であった。
そうして二日目も終わり、ついには祭りの最終日となる三日目。初日はお客さんとして楽しみ、二日目は裏方として祭りを支えたアプリコットが、最終日に何をしているかと言うと…………
『イーモッモッモ! この町の赤イモは、全てこの私、スカーレット・ポテイトゥの物よ! 貴方達なんて白イモと長イモだけを食べていればいいんだわ!』
『そうです! 白イモも長イモも、普通に美味しいですからね!』
『好き嫌いはよくありませんわ!』
『イモー!』
真っ赤なドレスに身を包み、赤イモの皮のような鮮やかなマスクで目元を隠した謎の美女が、イモの蔓を鞭のようにしならせてペチンと舞台に叩きつけながら宣言する。するとその取り巻きである白イモっぽい被り物をスッポリ被った美少女三人が、それぞれいい具合の台詞を適当に口にした。この辺はアドリブである。
そんな舞台の周囲には、沢山の親子連れが集まっている。イモ掘り大会の後に野外に設置された舞台で行われるこの演劇は、毎年大盛況なのだ。
『さあ、私の可愛い子イモちゃん達! 周囲の子供達から赤イモを奪って、代わりに蒸し白イモのバター添えを配りなさい! 希望する大人には柵切り長イモの酢漬けでもいいわよ!』
『イモー!』
スカーレット・ポテイトゥがピシリと蔓のムチを打てば、子イモ達が観客席へと降りていき、ステージ脇に用意されている台車から湯気の立つ白イモの入った容器を子供達に配っていく。
「はい、これ!」
「イモー! 素直に渡すとはいい子ですね。熱いので火傷しないように気をつけてください」
「うわぁぁぁぁぁぁん! ボクの赤イモー!」
「えっ、えっ!? あの、本当にそんなに泣かれるたら困ってしまいますわ!? どうすれば……」
「ああ、すみません。ほら、後で返してもらえるから、お姉ちゃんにおいもを渡してね?」
「うぅぅ、ボクのおいも……」
「何だか本当に悪いことをしている気がしちゃいますわ……」
「何だコイツ、尻尾生えてるぜ?」
「ひっぱっちゃえ!」
「こ、こら! やめるのだ! 悪戯してないで、さっさとその赤イモを渡して、代わりにこっちを受け取るのだ!」
多少の混乱はありつつも、子イモ達は何とか客席の子供達から赤イモを回収し終える。それを舞台に山と積みあげると、スカーレット・ポテイトゥが満足げに高笑いを上げた。
『イーッモッモッモ! どう? 他に美味しいものがあれば簡単に手放す……所詮はこの町のイモ愛なんて、この程度なのよ!』
『そんなことはないぜっ!』
と、そこに舞台袖から叫び声があがる。それと同時に姿を現したのは、赤い仮面と真っ赤なタイツに身を包んだ、筋骨隆々の若い男であった。
『天に愛あり、地に赤イモあり! 我こそは地元と赤イモを愛する正義の戦士! イモホルジャーだぁっ!』
その雄叫びに合わせて、イモホルジャーの背後にボフンと黄色い煙が広がる。この町の錬金術師が作った、登場時の演出用の煙だったのだが……
「うわ、イモホルジャーが屁ぇこいたぞ!?」
「くさそー!」
『ちがっ!? く、くそっ! 何もかもお前が悪い! お前みたいな奴に赤イモを独占なんてさせないぞ!』
『ハッ、何を言い出すかと思えば! 私こそこの世で最も赤イモを愛する女! なら全ての赤イモはこの私、スカーレット・ポテイトゥの元に集まるべきなのよ!
さあ子イモちゃん達! あの不届きな男をやっつけてしまいなさい!』
『イモー!』
スカーレット・ポテイトゥの指示を受け、三人の聖女……ではなく子イモ達が、イモホルジャーを取り囲む。
『えーい、ですわ!』
『ハッハッハ、そんなの全然効かねーぜ!』
『ていっ! やぁっ!』
『効かん効かん! この服は俺のイモ愛の強さだけ強くなるんだ! 素晴らしき赤イモを独占しようとするお前達の欲望じゃ、この俺に傷一つ――』
『なら、これでどうなのだ!』
『ぐっふぅっ!?』
尻尾の生えた子イモの一撃が腹部に炸裂し、イモホルジャーがお子様に効かせてはいけない声を出しながらその場に蹲る。
「ちょっ、シフ! 駄目ですよ、もっと加減しないと!」
「む、むぅ? 済まなかったのだ……」
『はっ……はっはっは。こんなのぜんぜんいたくないぜー……』
「レーナちゃん! こっそり! こっそり<癒やしの奇跡>を!」
「わ、わかりましたわ!」
イモホルジャーに駆け寄った子イモの一人が指先をピカッと光らせると、イモホルジャーが元気になって再び声をあげる。
『ど、どうだ! 俺のイモ愛は、この程度じゃ挫けない! でも……あれだ! これ以上は危ないかも知れないから、今すぐお前を倒して赤イモを取り返してやる!』
『イーッモッモッモ! いい度胸ね。ならこの私のイモ愛もくらいなさい!』
段取りをいくつか飛ばし、巻きに入ったイモホルジャーに、スカーレット・ポテイトゥが蔓の鞭を叩きつける。するとビシッとやや重い音がして、イモホルジャーがギュッと体をくねらせた。
『所詮は歪んだイモ愛だな! 痛くも痒くもないぞ!』
「痛い! 地味に痛い! おいふざけんなシモーヌ! もうちょっと加減しろよ!」
『くぅぅ……ならこれならどう!?』
「あら、私よりイモ愛が強いというのなら、このくらい何てことないでしょう?」
『あーもう! みんなのイモを愛する気持ちを、俺に分けてくれ!』
「ちょっとアーサー!? まだピンチになってないでしょ!?」
「うるせーよ! イテーんだよマジで!」
『さあ、今こそ取り戻した赤イモを頭上に掲げるんだ!』
「えっ!? どうしますの? まだおイモを返しておりませんわよ!?」
「私とシフがやります! シフ、そのイモを全速力で会場のみんなに配りますよ!」
「任せるのだ!」
幾つもの手順が飛んだせいで未だ舞台に山積みになったままだった赤イモを、アプリコットとシフが目にも留まらぬ速さで配っていく。
「あれ? 何で俺赤イモを持ってるんだ?」
「やった! おイモかえってきた!」
「何かよくわかんないけど、これを持って上にあげればいいの?」
『うぉぉ、来た来た来た! イモパワーが集まってきたぜぇ! 覚悟しろスカーレット・ポテイトゥ! 今必殺の……スイート・レッド・トルネード!』
『いきなり!? あ、あーれー!』
『スカーレット・ポテイトゥ様! 撤退! 撤退だイモー!』
『来年はこうはいきませんわよ! ですわ! イモー!』
『イモー!』
イモホルジャーが両の手首をくっつけてガッと前に突き出すと、タイツの手のひら部分に仕込まれていた魔導具が起動し、赤イモの赤い葉っぱがブワッと渦を巻いて吹き出す。ちなみに本物の赤イモの葉っぱは別に赤くないのだが、そこは演出を優先しているらしい。
そしてそんな葉っぱに巻かれたスカーレット・ポテイトゥが、クルクルと回りながら舞台を降りていく。その後を追いかけるように子イモ達もワチャワチャと退場していくと、最後に残ったイモホルジャーが両手に赤イモを握り、天に掲げて勝利のポーズを決めた。
『悪は去った! だが皆が赤イモを大事に思う気持ちを失うと、またアイツは戻ってくる! だからこれからも、みんなで仲良く、美味しく赤イモを食べ続けてくれよな! イモホルジャーとの約束だ! じゃあな!』
「…………え、終わり?」
人々が呆気にとられるなか、イモホルジャーも舞台を降りたことで終わったのだと理解し、会場にパチパチと拍手が鳴り響く。
なお、終了後に取られた「今回の演劇はどうでしたか?」というアンケート内容は、「何だかわからないうちに終わってしまった」が一番多かったものの、イモホルジャーの迫真の痛がり演技や、舞台上のイモがいつの間にか手元にあるという謎の演出などもあり、まあまあ好評であったという。





