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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第六章 お祭りと意外な出会い

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「イモ掘り大会が終わりました!」

コーンコーンコーン……


『はい、そこまで! 皆さん、掘るのをやめてくださーい!』


 掘り始めから一時間が経ち、三の半鐘が鳴り響いたところで、魔導具で増幅された係の人の声が畑中に響き渡る。それに合わせて参加者が手を止めると、配布されていた背負い籠に自分の掘り出した赤イモを詰め、次々に最初に受付をした天幕へと戻っていく。


「次の人ー!」


「おねがいしますわ!」


 そんななかの一人として、レーナが背負い籠と木札を受付の人の前に置く。すると受付の人が中身を確認し、笑顔を浮かべてレーナに声をかけてきた。


「はい、じゃあ確認しまーす……初参加の外部の人ですね。イモ掘り大会はどうでしたか?」


「とっても楽しかったですわ!」


「それはよかったです……はい、計量終わりました。それでは、こちらが参加賞となります」


「ありがとうございますわ!」


 自分が掘ったイモの一部を渡され、両手で赤イモの入った籠……自前の籠がない人は貸してもらえる……を抱えたレーナが笑顔で天幕を出て行く。周囲には同じような人達が沢山いて、皆楽しそうに話をしている。


「見て見て! 今年はこんなに掘れたんだよ!」


「おお、凄いじゃないか! 将来のイモ掘り名人だな」


「どうよこの量? 半端なくね?」


「えー、アタシの方が多くない?」


「まだまだ若いもんには負けんぞ!」


「おじいちゃん、すごーい!」


「ふふっ、皆さん楽しそうですわ」


 周囲の陽気に、レーナも幸せな気持ちになる。そうしてしばし周囲を眺めながら待っていると、程なくして計量を終えたアプリコットとシフが、レーナの側に歩み寄ってきた。


「お待たせしました、レーナちゃん」


「来たぞレーナ!」


「お二人とも、お疲れ様でしたわ。それで、そちらはどうでしたか?」


「ふっふっふ……」


「見るのだ!」


 レーナの問いかけに、アプリコット達もまた自分の掘った赤イモを手に持って見せてくる。二人が抱えているのは大きくて食べ応えのありそうな赤イモだが、その量がアプリコットとシフでは明らかに違う。


「あら、アプリコットさんの方が少ないんですわね?」


 参加賞としてもらえるのは、自分が掘った赤イモの最大で一割ほどだ。この二人ならどちらも抱えきれないほど掘るだろうと思っていただけに、シフの半分もイモを持っていないアプリコットの姿に首を傾げ、問われたアプリコットが悪戯のばれた子供のような表情になる。


「うぐっ!? そ、それは……」


「アプリコットは怒られてたから、あんまり掘れてなかったのだ」


「あっ、シフ!? しーです! それは言ったら駄目なんです!」


「怒られてた? アプリコットさん、何かしたんですの?」


 シフならともかく……という言い方もあれだが、アプリコットの方が怒られたと聞いて、レーナが重ねて問いかける。するとアプリコットがばつの悪そうな表情になりながら事の経緯を説明し始めた。


「実は……」


 係の人に怒られた後、アプリコットはまず土を被せてしまった周囲の人達に謝り倒した。本気の競技会とかではなく、あくまでもお祭りの行事でしかないのでみんな笑って許してくれたが、それだけでは終わらない。


 次にやったのは、開けてしまった大穴を埋め戻す作業だ。飛び散った土を再び寄せ集め、ひたすら地味に穴に戻していく。ただしここはあくまで畑なので、通常の地面のように踏み固めてしまうわけにはいかない。その辺の加減の問題もあり、綺麗に穴を埋め終えるまでには結構な時間がかかってしまった。


 そこまでやり終わると、漸くアプリコットはイモを掘る作業に戻ることができた。が、同じ過ちを繰り返すわけにはいかないため、今度はゆっくり丁寧に掘っていき……そうした諸々の結果として、それほどの量は掘れなかったのである。


「……ということがあったのです」


「まあ、それは大変でしたわね……」


 話を聞き終え、レーナは労るようにアプリコットの側に立つ。自業自得と言ってしまえばそれまでだが、既に反省しているお友達をそんな風に責め立てることなど、レーナがするはずもない。そしてそんなレーナに気を使い、アプリコットも慌てて言葉を継ぎ足す。


「あ、でも、ちゃんと楽しかったですよ! 土を被せちゃった人達も埋め戻し作業をちょっと手伝ってくれたりしましたし、時間は短くなっちゃいましたけど、おイモだってしっかり掘れましたから!」


「ならよかったですわ。それで、シフさんの方はどうだったんですの?」


「むふふふふ! 我は凄かったぞ!」


 レーナに問われ、今度はシフが自分の体験を語り始める。だがそれを聞き終えると、レーナは再び首を傾げてシフに問うた。


「あの、それだとアプリコットさんと同じように、大きな穴が開いたり周囲に土をまき散らしたりしたんではありませんの?」


「いや、それがそうでもなかったんですよ。何でなのかは全然わからないんですが、掘ってるときは飛び散ってるのに、掘り終わった後は何かいい感じになっていたというか……」


「アーサーのやり方を真似したのだ!」


「へー、それは凄いですわねぇ」


 何ともイメージがわかなかったので、レーナはほどほどに驚いておくことにした。猛烈にイモを掘っても周囲が散らからない方法など、レーナにも全く見当が付かなかったので、どう驚いていいのかがわからなかったのだ。


「あ、凄いと言えば、シモーヌさんも凄かったですわ! こう、体に蔓を巻き付けてクルクル回ると、赤イモがスポンスポンと抜けていくんですわ!」


「えぇ? そんな勢いで蔓を引っ張ったら、イモが抜けるより蔓が切れちゃうのでは?」


「私もそう思ったんですけど、何故か切れずにスポスポと……凄く不思議でしたわ」


「それはね、蔓を引っ張る角度にコツがあるのよ」


 首を傾げる二人に、不意に横から声がかかる。振り返ってみると、そこには土にまみれた赤いドレスを身に纏うシモーヌの姿があった。


「シモーヌさん!」


「角度ですか?」


「そうよ。畑に埋まってる赤イモは、地面に対して垂直になっているわけじゃないの。蔓の状態からどのくらいの角度で埋まっているのかを予測して、イモに対してまっすぐに蔓を引くと、最低限の抵抗でスポッと抜けるのよ」


「ほえー」


「イモ掘り、深いですわ……」


 シモーヌの説明に、アプリコット達は今回もとりあえず感心しておく。アーサーやシフの「散らからないイモの掘り方」に比べればまだ納得できる説明ではあったが、実感を伴って理解出来るほど二人のイモ掘り技術は高みに到達していなかった。


「ガッハッハ! 相変わらずイモ愛に溢れた、優しい掘り方だな!」


 と、そこに同じく土にまみれたアーサーがやってきた。挑発するようなその物言いに、シモーヌがフンと鼻を鳴らしながら答える。


「あら、アーサー。貴方の方こそ、相変わらずイモを信頼した豪快な掘り方をしたみたいね?」


「そうとも! イモはお前が思っているよりずっと強い! お前の繊細なイモ使いは見蕩れるほどに素晴らしいが、立派に育った赤イモは、そこまで過保護に扱わねばならぬほど弱くはない! もっとイモを信頼してやれ!」


「貴方こそ、イモは貴方が思ってるよりずっとデリケートなのよ? 貴方の豪快なイモ掘り技術は見惚れるくらいに素敵だと思うけれど、赤イモの皮は女性のドレスのように繊細に扱うべきなの! もっとイモを労ってあげなさい!」


「ふっ、相変わらず意見の合わない女だ」


「そっちも、相変わらず強情な男ね」


 侃々諤々(かんかんがくがく)とやり合う二人だが、言葉の端々に相手を褒め称える内容が混じっているため、一見すると険悪そうなのにどうにも空気が生暖かい。睨んではいても口元が笑っていたり、怒っているようでちょっと頬が赤かったりと、色々なものが絶妙なのだ。


「レーナちゃん、我々は何を見せられているんでしょうか?」


「はわわ……きっとこれが『大人の距離感』というやつなのですわ!」


「むぅぅ、やっぱり難しいのだ」


 大会の初めと同じく、大会の終わりでもまた年上の甘酸っぱいやりとりを見せつけられ、アプリコット達は何とも言えない表情のまま、最後の表彰式を待つのだった。

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