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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第六章 お祭りと意外な出会い

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「イモ掘りな二人に出会いました!」

 お祭り参加の許可が出てからの三日間、アプリコット達は全力で奉仕活動に勤しんだ。勿論許可が下りずとも奉仕活動に手を抜くことなどないのだが、そこはやはり、自分が参加できるとなると気合いが入るのも当然だ。


 そしてそれは、手伝ってもらう側にも影響する。一二歳の少女に準備を手伝ってもらいながら「私達は見ているだけですけどね」などと言われたら、少しでも良心のある人間ならば気になって仕方がない。


 が、「私達もイモ掘り大会に出るんです!」と目をキラキラさせて頑張る少女達であれば、手伝ってもらう側だってそりゃあ張り切る。そうして互いにいい効果を与え合うことで大分余裕を持ってお祭りの準備は完了し……そして遂に、イモ掘り大会当日の朝がやってきた。


「うわー、凄く広いです!」


「そうですわね。人も沢山、畑も広々ですわー……ふぁぁ」


「これは掘り甲斐がありそうなのだ!」


 アプリコット達がやってきたのは、町の外れにある、領主が管理している広大な赤イモ畑。流石に地平の果てまでというほどではないが、それでも見渡す限りに広がる広大な畑の周囲には、数え切れない程の人が集まっていた。


 ちなみに、アプリコットとシフはぐっすり眠って元気いっぱいだが、レーナだけは楽しみすぎて夜になかなか寝付けず、ちょっとだけ眠そうな顔をしている。ぼんやりするレーナをアプリコットとシフが引っ張るという珍しい状況のなかで、不意にアプリコット達に声をかけてくる人がいた。


「あら、見ない顔ね。それにその格好……ひょっとして外部の参加者かしら?」


 アプリコットが振り向いた先にいたのは、緩く体に巻き付く真っ赤なドレスに身を包んだ、何だかお嬢様っぽい雰囲気の若い女性だった。


「はい! 私達は巡礼の旅をしている見習い聖女なんですけど、皆さんのご厚意でお祭りに参加させてもらうことができました!」


「そう、よかったわね。ならわからないことがあったら、何でも私に聞いて頂戴。何せ私は、この町で一番美しくイモを掘る女、イモホリーヌですもの!」


「い、イモホリーヌさんですの!? それは何というか……ピッタリなお名前ですわね?」


 イモホリーヌの自己紹介に、レーナが驚きつつもそう返す。その後は自分達も名乗ろうとしたのだが……


「騙されるな!」


「えっ!?」


 背後から聞こえた声に、アプリコット達が揃って振り返る。するとそこには袖のない真っ赤なシャツに身を包んだ、筋骨隆々の若い男性が立っていた。


「そいつの名前はシモーヌだ! 決してイモホリーヌなどという素晴らしい名前ではない!」


「えっと、貴方は……?」


「俺か? これこそがこの町で一番雄々しくイモを掘る男! その名もアーサー・イモホルゴンだ!」


 アプリコットの問いかけに、筋肉男アーサーがドンと胸を叩きながら言う。その堂々たる佇まいは、己こそがイモの化身であることを主張しているかのようだったが、驚いたのはそこではない。


「家名!? ということは、貴族様ですの!?」


「騙されちゃ駄目よ! そいつは名前はアーサーだけで、貴族なんかじゃないわ! っていうか、ただの木こりよ!」


「えぇぇ……?」


 シモーヌの言葉に、レーナがこれ以上無い困り顔で二人の顔を見回し、次いで隣の友人の顔を見る。


「あの、アプリコットさん? これはどうすれば?」


「どうと言われても……えっと、じゃあとりあえず、ちゃんと自己紹介します? 私は見習い聖女のアプリコットです!」


「私はレーナですわ!」


「我はシフなのだ!」


「私はイモホリーヌよ!」


「俺はアーサー・イモホルゴンだ!」


「違うだろ!?」

「違うでしょ!?」


「「…………」」


 睨み合う二人を前に、アプリコット達は言葉を失う。これは埒があかなそうなので、改めてレーナが声をかけ直した。


「その、もう一度だけ確認させてください。イモホリーヌさんは、シモーヌさんではないわけですの?」


「…………ま、まあ、両親からもらった名前はシモーヌよ。でも私はこの町で一番美しくイモを掘る女なの! だからイモホリーヌなのよ!」


 フンッと鼻を鳴らし、顔を背けながらもシモーヌがそう言う。これ以上の情報はなさそうなので、レーナは次に男の方に顔を向ける。


「はぁ……じゃあアーサーさん。そのイモホルゴンという家名は、どういうことなんですの?」


「ああ、それか? さっきも言ったが、俺はこの町で一番雄々しくイモを掘る男だ! だから『世界で一番イモを掘れる男』という意味のある、イモホルゴンと名乗っているのだ!」


「えっ、そんな意味がある言葉なんですの?」


「無いわよ! それはアーサーが勝手に言ってるだけでしょ!」


「……………………?」


 レーナ達の頭上に、大量のハテナが浮かぶ。そんなレーナ達を見たシモーヌが、軽く苦笑しながら事の経緯を説明してくれた。


「あのね、アーサーはイモ掘りが好きすぎて、それに相応しい名前を欲しがったの。でもほら、アーサーじゃどうやっても、私みたいに素敵な名前にはならないでしょう? だから勝手にイモホルゴンって肩書きを作ったのよ」


「か、肩書き……いやでも、それ大丈夫なんですか? 貴族と間違えられたりしたら、大変なことになるんじゃ?」


 貴族の僭称は名乗った当人が斬首刑になるばかりか、その家族や親戚縁者にまで累積で罰が科せられることすらある大罪だ。心配したアプリコットに、シモーヌがため息を吐きつつ言葉を続けていく。


「ハァ、そうね。勿論大変なことになるわ。でもアーサーは諦めなかったの。どうしても名乗りたいって役所の人や御領主様にまで泣きついて、最終的に『絶対に自分が貴族だと名乗ったり勘違いさせたりしないこと』を条件に、お祭りの日だけ名乗ってもいいとお許し……というか黙認を得たのよ。


 だからまあ、一応イモホルゴンはイモホルゴンなんでしょうけど、意味的には『力持ちの』アーサーとか、『三番街に住んでる』アーサーみたいな感じで、『イモホルゴンの』アーサーってことになるわね。自分で作った自分にしか通じない言葉を肩書きとして名乗ってるだけだけど」


「それを言うなら、お前だってそうだろう!? くそっ、俺だってもうちょっと違う名前だったら……でもイモホリーサーじゃ何となく響きが落ち着かないし……」


「オーッホッホッホ! それが生まれの差ってやつね! 私みたいに高貴な存在しか、イモを掘ることに関する名前は名乗れないのよ!」


「何が高貴だよ! お前だってただの洋裁職人じゃないか!」


「貴方だってただの木こりでしょ!」


「何だと!」


「何よ!」


「……………………」


 またも睨み合う二人を前に、アプリコット達も再び沈黙した。と、そこで場の空気など一切気にしないシフが言葉を投げる。


「むぅ? 二人は喧嘩しているのか?」


「いや、別に喧嘩をしているわけじゃないが……」


「そうね、別に喧嘩ってわけじゃないわよ」


「なら、仲がいいのか?」


「まさか! まあ確かに、シモーヌがイモを引き抜く姿は美しいと思うが……だが、仲がいいなんて心外だぞ!」


「そうよ! まあ確かに、アーサーがイモを引き抜く姿はちょっと凜々しい感じがするけど……でも、仲がいいなんてあり得ないわ!」


「むぅ…………??? なあレーナ、我は何が何だかわからないぞ? これはどういうことなのだ?」


 睨み合っているのに喧嘩をしているわけじゃなく、仲がいいわけではないが相手のことは褒めている……複雑な心理などわからないシフが困り顔で問いかけると、レーナがはわはわしていた口元を押さえ、そっとシフに耳打ちする。


「あまり深く考えてはいけませんわ。こういうのはそっと見守るのが一番いいのですわ!」


「そうですよシフ。これが『仲良く喧嘩する』というやつなのです!」


「仲がいいのに喧嘩するのか? 何だか難しいのだ……」


「なあ、前から思っていたんだが、せめてイモーヌにするべきじゃないか? イモホリーヌは欲張りすぎだろ!」


「名前と全く関係ない肩書きを丸ごと持ってきてる人に言われたくないわね! それなら貴方だって、イモーサーくらいでいいじゃない!」


「そんな適当な短さで、俺のイモ掘りに対する情熱を現しきれるわけがないだろう!」


「なら、私のイモ掘りに賭ける熱意を現すのにだって、イモーヌじゃ足りないのよ!」


「「ぐぬぬぬぬ……」」


「……本当に難しいのだ」


 結局睨み合っているシモーヌとアーサーを前に、シフはキュッと眉根を寄せて悩み続けるのだった。

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