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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第六章 お祭りと意外な出会い

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「何だかみんな楽しそうです!」

 タチアナと別れてからも、アプリコット達の旅は順調に続いていった。そうしていくつかの村や町を越えて秋の節が一つ進む頃、アプリコット達は今回もまた新たな町に辿り着いていた。


「「「最初のいーっぽ!」」」


 左をアプリコット、中央にシフ、右にレーナという並びで手を繋ぎ、三人が町の境界を越える。こうすると二人に挟まれたシフも何となく光った気分になれるため、最近はいつもこうやって町に入っていた。


「ふふふ、今回もいい感じにピカれましたね」


「うむ! 我の尻尾もご機嫌でツヤピカなのだ!」


「……………………」


「レーナちゃん?」


 笑顔で会話するアプリコットとシフを横に、レーナは何故かキョロキョロと通りを見回している。不思議に思ったアプリコットが声をかけると、すぐにレーナがハッとして答えた。


「ああ、ごめんなさいですわ」


「いえ、それは別にいいですけど、どうかしたんですか?」


「どうというか……何となくですけれど、町全体がこう、フワフワしている感じがしませんか?」


「フワフワですか?」


「ふむ。確かに何だかみんな、忙しそうにしているのだ」


 外から見た感じでは小さめの町という感じだったのに、門から入った大通りには沢山の人が忙しそうに行き交っている。確かにこの賑わいは、町の規模からするとやや人が多すぎる気がする。


 ただ、そこに悪い感情は見受けられない。汗を流す人達は皆一様に笑顔を浮かべており、響く声には忙しさすら楽しむような雰囲気が感じられる。


「おや、お嬢ちゃん達は聖女様かい?」


 と、そこでアプリコット達に、通りで露店を開いている老婆が声をかけてきた。人の良さそうな笑みを浮かべる老婆に、アプリコット達は店の方に近づいて返事をする。


「はい! 私達は見習い聖女です!」


「巡礼の旅の途中なのですわ!」


「そうなのかい。それは随分といい時に来たねぇ」


「いい時? 何かあるのか?」


「三日後にね、町を挙げての大きなお祭りがあるんだよ」


「「「お祭り!」」」


 その言葉に、アプリコット達が揃って声をあげる。なるほど祭りの準備に忙しいとなれば、この町中の喧噪は納得のいくものだし……何よりお祭りというのが、もうそれだけで楽しい空気を出してくる。


 そしてそんなアプリコット達の雰囲気を感じ取ったのだろう。キラキラした少女達の目を見て、老婆がシワシワの顔を更にしわくちゃにして笑いながら説明を続けてくれる。


「そうだよ。このホッタルテの町は赤イモが名物でね。町を挙げてのイモ掘り大会があるのさ。優勝すると、何と赤イモが一年分もらえるんだよ」


「おお、それは凄いです!」


「おいレーナ、赤イモとは何なのだ?」


「赤イモは、地面に埋まった蔓の先にできるおイモですわ。皮が赤くて、焼くととっても甘くなるんですわよ」


「おおおおお! それは凄く食べたいのだ!」


 イモには幾つも種類があるが、この世界で代表的なのは、土の中で細長く伸び、シャキシャキした食感が楽しいが触ると手が痒くなる長イモ、丸くてゴツゴツしており、荒れ地でもよく育つが収穫してからしばらくすると毒が出てしまうため、保管に気を使う必要のある白イモ、そして最後がその二つの中間のような太長い形をした赤イモである。


 そんななかで赤イモは簡単に焼いただけでもホクホクと甘く食べられるため、大人から子供まで好きな人の多い、手軽な庶民のスイーツとして人気なのであった。


 いいことを教えて貰ったと老婆にお礼を言って立ち去ったアプリコット達は、その足で町の教会へと向かう。その道すがらで話題に上るのは、当然ながらお祭りのことだ。


「うぅ、我も赤イモを掘りたいのだ!」


「我が儘言ってはいけませんわシフさん。この手のお祭りは、基本的には元々町に住んでいる人しか参加できませんわよ?」


「ですね。それにこれだけ忙しそうなら、奉仕活動も沢山ありそうです。そこで頑張れば、赤イモのお裾分けもあるかも知れませんよ?」


 ウズウズと尻尾を震わせるシフを諭すレーナ続いて、アプリコットがちょっとだけ悪戯っぽく笑いながら告げる。見習い聖女の奉仕活動に金銭的な報酬はないが、かといって善意のもてなしを否定する訳ではない。


 というか、町を挙げてのお祭りというのなら、そんな心配をするまでもなく町中の至る所で赤イモの屋台が出るだろうし、教会にだって当然配分があるだろう。そうなれば「赤イモだけは絶対に食べない!」という鋼の意思でもない限り、この町にいれば赤イモを食べられるのはほぼ間違いないのだ。


「うぉぉ、そうなのか! なら我は目一杯頑張るぞ! そして赤イモにママをつけて食べるのだ!」


「えぇ? ホクホクの甘いおイモに、マーマレードジャムをつけるんですの? それは……どうなのでしょうか?」


「さあ? 私もそれは食べたことがないので、何とも……」


「何を言ってるのだ二人とも! 美味しいものに美味しいママを塗ったら、更に美味しくなるに決まってるのだ!」


「「う、うーん……?」」


 確信を持って強く断言するシフに、しかしアプリコットとレーナは微妙な表情で首を傾げるしかない。甘い物と甘い物なので決定的にマズくなることはなさそうだし、ひょっとしたら新たな味わいが生まれて本当に美味しくなる可能性もあるが、今ひとつ味が想像できない。


「ま、まあいいんじゃないですか? 食べるのはシフですから」


「そうですわね。もし駄目そうでしたら、私達の赤イモを少しわけて差し上げればいいですわよね」


 もしもシフがションボリ尻尾を垂れ下がらせることになったら、少しだけ自分達のおやつを我慢しよう……そんな覚悟をこっそり決めつつ、アプリコット達は特に何事もなく教会へと辿り着いた。ここでもまた忙しくしている神子さんに案内され、教会の責任者であるという終導女のお婆さんと、この町での奉仕活動の仕方を相談していたのだが……


「イモ掘り大会? 望むのでしたら、貴方達も参加できると思うわよ?」


「えっ、そうなんですか!?」


 終導女の言葉に、アプリコットが驚きの声をあげる。すると終導女の老婆が優しく微笑みながらその言葉を続けた。


「ええ、そうなのよ。元々この町のお祭りには、周囲の村からも参加を希望する人がやってくるから、町に住んでいない人でも参加できるようになってるの。


 まあ、流石に大きな男の人が何十人も……とかなったらお断りされるでしょうけど、貴方達くらいの年頃の女の子が三人なら、何の問題もないわ」


「で、でも! 私達は見習い聖女ですから、どちらかと言うなら奉仕活動の一環として、お祭りやイモ掘り大会のお手伝いをしなくてはいけないのではありませんか?」


「それは勿論、正しいわ。貴方達がそちらを望むのであれば、私としてもそうお願いするところだけど……」


 そこで一端言葉を切ると、終導女がゆっくりとアプリコット達を見回し、それから少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。


「神様は人が楽しむことを禁じてなどいないわ。それに誰かを幸せにしたいと願うなら、まず自分自身が幸せでなければならないし、幸せがどんなものかを知らなければならない。


 貴方達はまだまだ子供の見習い聖女なのだから、楽しいことを沢山知っておくのもいい経験よ。そうしていつか大人になったら、その楽しさを貴方達に続く子供達に、目一杯お返ししてあげればいいの」


「じゃ、じゃあ……」


「私達も、お祭りに……?」


「我もイモを掘ってもいいということなのか!?」


 期待を込めたアプリコット達の眼差しを一身に受け、終導女が大きく頷く。その瞬間、祭りの準備で賑やかな教会の一室に、「やったー!」という嬉しそうな見習い聖女の声が響き渡るのだった。

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