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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第五章 逃れ得ぬ断罪の刃

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間話:聖女タチアナは挫けない

「ったく、妙にクサい魔力があると思って来てみたら、こんなのがいるとはねぇ。大丈夫だったかい、お嬢ちゃん?」


「あ、はい。ありがとうございます……?」


 突如現れた謎の女性に地面に降ろされ、タチアナは礼の言葉を口にしつつじっくりとその姿を観察する。


 身長はかなり高く、おそらく一八〇センチはある。体に纏っているのは聖女の白いローブだが、その下にある体は引き締まった筋肉がムキムキと主張しまくっており、明らかに戦う者のそれだ。


 ちょっぴりモサモサと波打つ茶色の髪は肩より少し長く、彫りの深い顔つきは然れど何処か愛嬌があり……だがその顔がキュッとしかめられると、悪戯をした子供を叱るような口調でタチアナに話しかけてくる。


「にしても、こんな子供を戦わせるなんて! アンタ、何処の神様に声をかけられた子だい?」


「子供って!? アタシだってこれでも立派な聖女なのよ! あと、アタシに神託を下さったのは、死神マタライセ様よ!」


「あー、マタライセか。確かにアイツは、人を才能で見るところがあるからねぇ……でも幾ら優秀だからって、子供は子供さね。ま、ここはアタシに任せときな」


「ちょっと!」


 タチアナが抗議の声をあげようとするも、女性は笑いながらヒラヒラと手を振り、吹き飛ばされた黒ずくめの方へと近づいていく。すると黒ずくめは激しく混乱しながら声をあげ、顔を押さえつつヨロヨロと立ち上がった。


「な、何が!? コノ私が、どうしてコんナ!?」


「おーう、生きてるね? まああの子が近くにいたから本気で殴らなかっただけだけど」


「何だ!? 何ナノだ貴様は!?」


「あん? このアタシを知らないのかい?」


「知るわけがナイだろう!? 何故私が人間のことなど知る必要があるノダ!?」


「ハッ、そーかい。ま、アタシだってアンタのことなんてこれっぽっちも知らないから、ならお互い様ってところかねぇ」


「くっ! 調子に乗るナ!」


 初めて戦闘態勢を取った黒ずくめの体から、淀んだ青い光が立ち上る。バッと黒い外套を翻した黒ずくめの体はまるで枯れ木のように細かったが、そこに渦巻く力は凶悪にして強力無比。青い光を纏わせた黒ずくめの拳が女性の顔面に向かって放たれ……


ズバンッ!


「なっ!?」


「調子に乗ってるのはそっちだろう?」


 押しつぶされた空気が裂ける轟音を響かせ、しかし女性は平然と黒ずくめの拳を手のひらで受け止めニヤリと笑う。そのまま黒ずくめがジタバタし始めるが、女性の巨体は小揺るぎもしない。


「ソンナ!? あり得ない! 私が、こんな!?」


「ハッハッハ、まるで陸に上がった小魚みたいに元気だねぇ。なーに、アンタみたいな小物に聞くこともなけりゃ、いたぶって楽しむ趣味もない。一発で終わらせてやるから、安心しなよ!」


「離せ、ハナセッ! 私に手を出せば、どうなるか――」


「別にどうにもなりゃしないだろ? ああ、でももし万が一助かったなら、アンタの親玉に伝えときな。このアタシ、シェリー・ブロッサムが、そのうち首を取りに行くってね!」


「シェリー……シェリー・ブロッサム!? まさか貴様が――」


「おらっ!」


 シェリーが左の拳を振るい、黒ずくめを宙に浮かせる。五メートルほど打ち上げられた黒ずくめに浮かぶのは、驚愕と絶望。


「力を貸しな、破壊神コナ=ゴナ! 我が拳は信仰と共に在り!」


 一見雑な聖句を唱えると、周囲の景色が歪んで見えるほどに、シェリーの右腕に力が集まっていく。為す術無く落下してくる黒ずくめに放たれるのは、無慈悲なる神の鉄槌。


「絶対無敵、絶滅拳撃! <災厄を壊す右の鉄腕カタストロフ・ウー・ワン>!」


「――――――――っ」


 斜め上方に向かって吹き荒れる破壊の嵐に巻き込まれ、黒ずくめが跡形も無く消し飛んだ。それと同時に何処かボーッとしていた村人達の意識が戻り、不思議そうに首を傾げ始める。


「……あれ? 俺は一体……?」


「何かボーッとしてたような……って、ヤバいヤバい! 仕事しなくちゃ!」


「ふぅ、とりあえずこれで片付いたかね」


「あ、あの!」


 そんな村人の様子を見て一息ついたシェリーに、タチアナが声をかけて近づいていく。するとシェリーはニッコリと笑ってタチアナの頭を撫でた。


「おや、お嬢ちゃん。まだ逃げてなかったのかい?」


「当たり前でしょ! これがアタシが頼まれた仕事だったし……で、でも、あれよ。その……助けてくれてありがとう、ブロッサムさん」


「ハッハッハ、そんなに緊張しなくても、シェリーでいいよ」


「そ、そう? じゃあシェリーさん、一つ聞きたいことがあるんだけど」


「ん? 何だい?」


「アプリコットって見習い聖女を知ってるかしら? シェリーさんによく似た感じの子なんだけど……」


「アプリコット? あー、筋肉神ムッチャマッチョスの声を聞いたって子なら、知ってるけど?」


「やっぱり!」


 自分の予想が完全に当たったと思い、タチアナがここぞとばかりにシェリーに指を突きつけて叫ぶ。


「なら先輩の聖女として、ちゃんとあの子に常識くらい教えておきなさいよ! そのせいでこっちは困ってるんだから!」


「おいおい、いきなりどうしたんだい?」


「どうしたもこうしたもないわよ! あの子がマタライセ様を殴って大事な仕事の邪魔をしまくってるから、マタライセ様が困ってるの! アンタの娘でしょ、どうにかしなさいよ!」


「あー……」


 勢いづくタチアナの言葉に、シェリーが何とも困ったような顔でポリポリと頬を掻く。


「あの子が死神を殴るのは、あの子なりの理由があるからなんだけど……それをアタシの口から勝手に言うわけにはいかないねぇ。それと何を勘違いしたのか知らないけど、アタシはアプリコットの母親じゃないよ? 五〇もとっくに過ぎてるってのに、あんな小さな子供がいるわけないだろう?」


「えっ!? えええっ!?!?!?」


「そんなに驚くことかい? そもそも何でアタシがあの子の母親だなんて思ったんだい?」


「だ、だって、戦い方とかがそっくりだったし……あと、五〇歳!?」


「正確には五四歳だね。もうそろそろ聖女も引退だから、最後の仕事を片付けてるところさ」


「そんな……あ、じゃあひょっとしてアプリコットのお婆ちゃん!?」


「誰がババアだい! アタシはまだピチピチのムッキムキだよ!」


「ひぃっ!?」


 ムンッとポーズを決めて叫ぶシェリーに、タチアナが思わず悲鳴をあげてしまう。そんなタチアナの頭を少し乱暴に撫でながら、シェリーが改めてその口を開いた。


「とにかく、アタシはあの子の面倒をみたことがあるだけで、別に血縁でも何でもないんだよ……最後に会ったのはもう随分前だけど、あの子は元気にしてたかい?」


「ええ、そりゃあもう元気だったわよ! お友達二人と、随分楽しそうな『巡礼の旅』をしてたわ」


「へぇ、友達と……そうかい。なら良かった」


 そう言うシェリーの顔は、黒ずくめと戦っていた時とは別人のように優しくて、タチアナは不意に故郷の母のことを思い出す。春の節に入ってすぐに神託を受けて旅に出たので、気づけばもう半年くらい両親の顔を見ていないのだ。


 その後はアプリコット達の話をいくらかすると、シェリーは「まだ仕事が残っているから」と言って、足早に村を立ち去っていった。空はもう大分暗くなっていたのだが、あれだけの強さのシェリーが獣や野盗にどうにかできるとは思えないので、タチアナが彼女を心配することはない。


「ハァ……アタシって、実はあんまり強くなかったのかなぁ?」


 一晩の寝床を借りるべく教会へと向かう道すがら、その代わりにタチアナはうっすらと空に見え始めた星を眺めてそう呟く。


 自分が成人前の子供であることは認めつつ、それでもタチアナは自分が下手な大人の聖女よりよほど強い自身があった。純粋な身体能力は歳と性別相応ではあるが、歴代のエンディードの聖女のなかで最も強く死神マタライセの加護を受けているという事実は、タチアナにとって自信であり誇りであったのだ。


 が、同い年であるアプリコットには限りなく引き分けに近い……ほぼ引き分けというか、何なら自分が勝ったと言っても過言ではないが、客観的に評価した場合辛うじて負けであった可能性が否定できない……敗北を喫したうえ、ついさっきまで目の前で、今の自分では遠く及ばない強者達の戦いを見せつけられた。


 ならばどうなる? 普通なら落ち込んだり、あるいは自信を喪失したりするのだろう。だがタチアナは違う。生来の負けず嫌いが敗北を認めず、逆にその胸にやる気の炎を燃やしてくれる。


「そうよね。あの人もアタシの事子供子供って言ってたし、子供ならこれからグングン成長するわよね! シェリーさんの言葉だとあの黒っぽい奴の親玉もいるみたいだし、マタライセ様からの新しい神託もないから、『神に仇為す存在』を探してやっつける旅は継続。となると……」


 タチアナの頭に浮かぶのは、三人組の聖女。その中央に立つちんちくりんの頭を、タチアナは脳内でグリグリとやって勝ち誇った笑みを浮かべる。


「フフフ、見てなさい! あのおばさんより強くなって、今度こそアンタをギャフンと言わせてやるんだから! さあ、明日からも頑張るわよ! えいえいおー!」


 夜空に輝く星に向かって、拳を突き上げ誓いを立てる。孤独なようで孤独ではない聖女タチアナの日々は、こうしてまた続いていくのだった。

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