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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第五章 逃れ得ぬ断罪の刃

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「協力をお願いされました!」

「さて、そうなると最後に気になるのは、その『神様に害を為す何かがいる』ということですわね」


 互いの主張を話し合い、とりあえずいい具合に纏まったところで、レーナが改めてそれを切り出す。結局のところ今回の問題の本質はそこであり、それに関しては未だ何も聞いていないに等しいからだ。


「私達と間違えたということは、その方も私達のような女の子なんでしょうか? それとも……?」


「外見に関しては、わかんないわね」


 問いかけるレーナに、タチアナが素っ気ない感じでそう答える。だがその一言で済まされては困ると、レーナが更に質問を重ねていく。


「わからないって……それでどうやって探しますの?」


「マタライセ様が言うには、見たらわかるらしいわ」


「……? 見たらわかるのに、私達と間違えたんですか?」


「それは……っ! ちょっと閃きが先走っちゃったとか、そういうのよ」


「えぇ……」


 首を傾げるアプリコットに、タチアナが口を尖らせて言う。その様子から思った以上にタチアナのやらかし(・・・・)が大きかったのではと思うアプリコット達だったが、せっかく終わった話を蒸し返すこともないと、多少の不満は飲み込んでそのまま話を続けた。


「では、その『見ればわかる』というのは、タチアナさん以外が見てもわかるのですか?」


「え? どういうこと?」


「いえ、本当に『誰が見てもわかる』のであれば、領主様や、それこそ王様なんかに陳情を出して、兵士の方にご協力いただければ、その分早く見つかるのではないかと思ったのですが」


「あー、それは無理よ」


 レーナの提案を、タチアナがあっさりと否定する。そうして首を傾げるレーナが「何故?」と問い返す前に、タチアナが自分で言葉を続けた。


「アタシ以外の人が見てわかるのかは何も聞いてないからわからないけど、少なくともマタライセ様はこの話を広めるのは駄目って方針みたいよ。だから誰かに『神敵がいる』って伝えて、協力をお願いするのは基本的にできないの」


「そうなのですか? 何故でしょう?」


「こっちが探しているのを相手に知られたくないんじゃないか? 最強の我だって、自分が探されていることに気づかなかったら、ちょっとくらい油断しちゃうかも知れないぞ?」


 首を傾げるレーナに、シフが自分の考えを告げる。


 自分の存在を知られていないというのは、間違いなく最強の手札だ。急いで探し出す必要があるならそれを捨ててでも人海戦術に頼る方がいいだろうが、そうでないなら不用意に切ってしまうにはあまりに惜しい。


「……あるいは、被害を減らすため、ですか?」


 と、そこにアプリコットが別の視点から言葉を挟む。するとタチアナが一瞬だけ驚いた表情を見せるも、すぐに大きく頷いて答えた。


「そうよ。勿論そっちの耳っ子が言ってることも間違いじゃないけど、『神に仇為す存在』は、神の力でないと対抗できないらしいの。だから普通の人に協力を頼んでそれで見つかったとしても、捕まえることもできずただ逃げられるだけになっちゃうみたいなのよ」


「ああ、確かにそれじゃ意味がありませんわね」


 仮に見つけられたとしても、本当にただ見つけることしかできないなら、「自分を探す存在がいる」と相手に伝えるだけで終わってしまう。その結果本格的に隠れられてしまえばそれこそ見つからなくなってしまうわけなのだから、むしろ何もしないよりも状況が悪化してるとすら言える。


「でも、それでしたら教会に報告して、各地にいる聖女様方の協力を得るのは駄目なのですか?」


「駄目ね。確かに聖女なら『神に仇為す存在』を捕まえる事が出来るかも知れないけど、その後が続かないでしょ? 偶然出会っちゃうのは仕方ないけど、その存在を知っていてこっちから探すのは、あくまでもアタシみたいに『出会ったその場で断罪できる強さ』がある聖女じゃなきゃ駄目なのよ。


 でもほら、聖女って基本的に戦えないでしょ? アンタだって大量の人を助けたっていうなら見習にしてはまあまあの力があるんだろうけど、アタシやアプリコットみたいに自分が戦えると思う?」


「それは……」


 タチアナの言葉に、レーナは何も言えなくなってしまう。もしレーナがアプリコットやタチアナのように戦いたいと思うなら、戦神アラクレトールのような戦闘向きの神の奇跡を使えるようになる必要がある。


 が、神の奇跡というのは筋力や技術とは違い、あくまでも神様が「こいつには力を貸してやってもいいかな?」と判断して与えるものなので、聖女の側がどれだけ熱望し努力を重ねたとしても、それで使えるようになるわけではないのだ。


「でも、だからこそアンタにはビックリしたわ! ねえアプリコット、アンタ一体どんな神様のお力を使ってるわけ? アタシの知る限り、戦神アラクレトール様の力にマタライセ様を殴れるようになるものなんてなかったはずなのに……?」


「ああ、私が使っているのはアラクレトール様の力じゃなくて、筋肉神ムッチャマッチョス様のお力です!」


「ムッチャマッチョス……? 聞いたことない神様ね。まあでもいいわ! ねえアンタ、アタシに協力する気はない?」


「協力ですか?」


 突然の申し出に、アプリコットがコテンと首を傾げる。するとタチアナは勢い込んで更に言葉を続けていく。


「そうよ! さっきも言ったけど、戦える聖女って本当にいないのよ! でもアンタは、本気じゃ無かったとは言えアタシに対抗できたでしょ? そのくらい強いなら、マタライセ様も『神に仇為す存在』と戦うのを駄目とは言わないと思うのよ。


 どう? 散々マタライセ様の邪魔をしてきたんだから、今回くらいはマタライセ様の役に立ってみてもいいんじゃない?」


「は、はぁ。協力するのは構わないんですけど、でも私達は今、王都の方に向かってる途中なので……」


 アプリコットとて「神に仇為す存在」の事は気になる。自分の力で役に立てるなら是非頑張りたいと思うが、かといってシフの問題をレーナに押しつけ、自分だけタチアナと一緒に行くことはできない。そんな思いを抱くアプリコットに対し、タチアナはニヤリと笑ってアプリコットの額を突く。


「フンッ、別にそれはいいのよ! っていうか、むしろせっかくアタシほどじゃないにしても戦える子がいるなら、別行動した方が効率がいいもの! アタシほどじゃないけど、アンタならそう簡単には負けないでしょうしね! アタシほどじゃないにしても!」


「タチアナさん、どれだけ負けず嫌いなんですか……」


「だからアタシは負けてないわよ! まだ本気出してなかったって言ってるでしょ!?」


「フフフ、わかりました。確かに私の方もまだまだ本気じゃありませんでしたから、勝負はその『神に仇為す存在』を倒してから、改めてすることにしましょう!」


「へー、いいじゃない! ならそれを楽しみにしとくわね!」


 そう言ってアプリコットに向けて人差し指を突きつけると、タチアナがその場を歩き去って行き……そしてすぐに戻ってくる。


「ちょっとアンタ! そのシフとかいう耳と尻尾の生えた子のことも教えなさいよ! このアタシに秘密にするなんて言語道断よ! あ、言語道断っていうのは、そんなことは絶対に許さないみたいな、そういう感じの意味よ!」


「えぇ? タチアナさんが聞かずに行っちゃっただけじゃないですか!」


「それに、別に秘密ではありませんわよ。私達が王都を目指すのは、シフさんが危険な人ではないと証明してもらうためですし」


「へー、そうなの? でも人の腕に齧り付く犬が危険じゃないって言うのは無理じゃない? ってか、そうよ! 何あれ? 犬になるってどういうこと!?」


「むがー! 誰が犬なのだ!? 我は最強のオオカミなのだ!」


「あれは誰がどう見たって子犬だったでしょ!? 今思うと、噛まれたときの感じも何かこう……甘噛みみたいだったし?」


「レーナ! こいつは嫌な奴なのだ! 手加減無しでガブッとして分からせる必要がある奴だぞ!」


「ちょっと、駄目ですわよシフさん! それにタチアナさんも。確かに変身したシフさんはとてもお可愛らしい姿ですけれども、シフさんはそれを気にしてらっしゃるみたいですから……」


「むぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! おいアプリコット、お前はどうなのだ? 我と戦ったことのあるお前なら、我を可愛いなどとは……!?」


 そっと顔を逸らすアプリコットに、シフが衝撃で口をカパッと開けてしまう。


「そう言えば、お前が最初に我を抱っこしてきたのだ! うぉぉぉぉぉぉぉん! ここには我の味方が一人もいないのだ!」


「そ、そんなことありませんわ!? ねえ、アプリコットさん?」


「そうですよシフ! ほら、マーマレードジャムで何か作ってあげますから!」


「そんなことで我は誤魔化されないのだ! 我は最強なのに! 最強なのに……あと誤魔化されはしないけど、それはそれとしてママは食べるのだ……」


「何なのよコイツら…………」


 いつものやりとりをするアプリコット達を、タチアナは呆れた顔で見ていることしかできなかった。

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