「許し合いました!」
「そもそもアタシが旅をしていたのは、マタライセ様から『神に仇なす存在がいる』って神託をいただいたからなのよ。それが何なのかは具体的にはわからないんだけど、そんなこと言われたらそりゃどうにかしようとするでしょ?」
「それはまあ、そうですね」
「神様をどうにかしようとするなんて、許せませんわ! ……あっ、でも、時と場合というのはある気がしますけれども」
憤るレーナが、一瞬アプリコットの方に視線を向けて慌てて言い直す。するとアプリコットが顔を逸らして音の鳴らない口笛をフーフーと吹き始め、タチアナが物言いたげな視線を向ける。
「……まあそんなわけで、その不埒な悪党をどうにかするために町や村を回って情報を集めていたんだけど、この前まで滞在していた町で、気になる話を聞いたの。とある村から錬金術師に毒キノコを売りに来た人の話よ」
「うぐっ!? それって……」
もの凄く心当たりのある人物に、アプリコットがグッと顔に力を入れてしかめる。するとそれを見たタチアナが、意地悪そうな笑みを浮かべて言葉を続けた。
「その人が言うにはね、今年初めて毒キノコが見つかったことで、村中の人がそれを食べて大変なことになったけれど、通りかかった見習い聖女が死神様を殴り飛ばして助けてくれたんですって。
それでね、ピンときたのよ。ああ、マタライセ様の言う『神に仇為す存在』はそいつだって。だってそうでしょ? 神様殴ってる時点でもう仇を為してるわけだし?」
「それはまあ……そういう意見もあるようなないような……?」
思い切り顔を逸らすアプリコットに、今度はタチアナがクルリと回り込んでその目をジッと見つめる。そうしてニヤリと笑うと、我が意を得たりとばかりに胸を反らして大きな声で宣言した。
「そうなのよ! つまりアタシがアンタ達をそいつと間違えたのは当然で、アタシが悪いわけじゃないのよ! っていうか、たまたま今回はアンタが対象じゃなかったってだけで、アンタが罰せられて当然の存在だってのは明白なのよ!」
「……い、いやいやいや! 確かに私だけなら罰せられる覚悟はありますけど、でも『一緒に居たから』なんて雑な理由でレーナちゃんを襲ったのがいいわけないじゃないですか!
それにいきなり攻撃をやめて逃げようとしたってことは、死神様は私や、ましてやレーナちゃん達を罰することを認めなかったってことですよね? 死神様の意向を無視した態度をとるのはよくないことなのでは?」
「う、うるさいわね! とにかくアンタが悪いの! アタシは悪くないの!」
「私が悪いことと、タチアナさんが悪くないことは別の話です!」
「何よ!」
「そっちこそ!」
「「むーっ!」」
アプリコットとタチアナが、再び鼻がくっつきそうなほどに顔を付き合わせて睨み合う。すると不意にレーナがパンと手を打ち鳴らし、二人の注目を集めてから話を始めた。
「はい、そこまでですわ! まずタチアナさん……突然襲われたわけですけれど、私は貴方を許しますわ!」
「は!? だからアタシは悪くないって――」
「えっ、いいんですかレーナちゃん?」
驚きから一転、不満の声をあげるタチアナを遮って、アプリコットが問いかける。するとレーナはニッコリ笑ってアプリコットとシフを交互に見る。
「ええ、構いませんわ。確かにあの時はとても怖かったですし、下手をすればそのまま死んでしまっていたんでしょうけど……でも、アプリコットさんとシフさんが、私を守ってくれましたから」
「お友達を守るのは当然です!」
「そうだぞ、最強の我が守ってやるのだ!」
「フフ、ありがとうございますわ、お二人とも……だからこそ、私はお二人の罪も背負いたいのですわ。アプリコットさんが死神様を殴っていることも、シフさんが神様に害を為すかも知れない存在であることも……その全てを、私は私自身のこととして受け入れます」
「なっ!?」
その言葉に、タチアナが驚きで目を見開く。てっきり「無関係な自分を襲ったことを許してやる」という上からの流れだと思っていたばかりに、その驚愕はひとしおだ。だがそれよりも驚いたのは、当然ながらアプリコットである。
「レーナちゃん、それは……」
「いいんですわ。だって私達はお友達ですもの。それにタチアナさんが言うことも、間違いではありませんの。たとえアプリコットさんが死神様を殴っていると知っていても、それで助けられる人がいるなら、私だって助けたいですわ。
だからアプリコットさん。どうか私にも、その罪の一端を担がせてくださいませ。これからも二人一緒に、目の前の人を助けるために」
「レーナちゃん……っ!」
感極まったアプリコットが、レーナの体にギュッと抱きつく。そんなアプリコットの背中をポンポンと優しく叩いてから、レーナは改めてタチアナに声をかけた。
「さあ、私は罪を認めましたわ。それでタチアナさんはどうされるおつもりですか?」
「どうって、だからアタシは何も悪くないって言ってるじゃない!」
「本当にそうですか? 神様のお言葉を早とちりし、目標とは違う人に襲いかかってしまったことに罪はないと? でもそれは、死神様のご意向とは違ったのですわよね?」
「あぐっ!? そ、それは……………………」
まっすぐに目を見て言うレーナに、タチアナが一歩後ずさる。タチアナとて決して馬鹿ではない。自分が悪いことをしたことなどわかっているが、何となく引っ込みがつかなくなっているだけなのだ。
「罪人を断ずるという理由で、自分の行為を正当化する……それはタチアナさんが先程お話してくれた『神様の言葉を自分に都合のいいように利用する人』そのものではありませんの?
本当にそれでいいのですか? 私達がどうではなく、そうしてしまったタチアナさんの心は、信仰する死神マタライセ様にこれからもまっすぐ向き合えるのですか?」
「……………………」
責めるのではなく純粋に問いかけるレーナの言葉に、タチアナは顔をしかめて俯いてしまう。そのまましばし考え込み……やがて小さな声でその言葉を口にした。
「…………わかったわよ。アタシも悪かったわ」
「はい、その謝罪を受け取りますわ。そして私の答えは、先程お伝えした通りです。アプリコットさんとシフさんはどうですか?」
「私ですか? レーナちゃんがそう言うのなら、勿論私も謝罪を受け入れます。あと私も伝えてありますけど、死神様に対しては正式に謝罪します。謝るだけで、これからも必要であれば殴るのを辞める気はないですけどね」
「ムッ!」
タチアナがアプリコットを睨んだが、アプリコットとしてもこればかりは譲れない。そんな二人の横で、シフが空気を読まずに言葉を続ける。
「これ以上攻撃してこないというのなら、我はそれでいいのだ。そっちが何もしてこないなら、我だって神様だのをどうこうしようとは思ってないしな」
「ということですわ。では今回は痛み分けということで、このお話はここまでにいたしましょう。ああ、痛み分けというのは、引き分けとかお互い様とか、そういう感じの意味ですわ!」
「何それ、ひょっとしてアタシの真似?」
「まさか。たまたま手が滑って間違った相手を攻撃してしまうことがあるように、たまたま口が滑って誰かと同じようなことを言ってしまうこともある……それだけですわ」
「……フンッ!」
クスクスと笑うレーナに、タチアナは思い切り鼻を鳴らしてそっぽを向く。レーナの言う通り互いの失敗を認め合っただけなのだが、どうにも自分が負けたような気がしてならない。
だというのに、思ったよりもずっと不快ではない。そんな不思議な気分をタチアナが持て余すなか、ある意味元凶であるアプリコットはと言うと……
「やっぱりレーナちゃんは凄いです! もっとギューッとしちゃいます!」
「何だ? 前はアプリコットにやったから、今度はレーナなのか? なら我もギュッとしてやるぞ!」
「わっ、ちょっとお二人とも!?」
シフと一緒にレーナに抱きつきまくり、自分の拳とは違う強さを持つレーナに、心から尊敬の念を送るのだった。





