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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第五章 逃れ得ぬ断罪の刃

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「タチアナさんのことがわかりました!」

「…………何でこんな扱いなのよ!」


「何でって、そりゃいきなり私達に襲いかかって来たからですけど」


 地面の上にちょこんと正座するタチアナの前に、アプリコットが若干むすっとした表情をしながら立つ。自分より小さな女の子に見下されて不満タラタラなタチアナではあったが、個人的な事情の変化により、今は大人しく従っていた。


 ちなみに、アプリコットの背後にはレーナが立っており、その隣には人型に戻ったシフが警戒するように寄り添っている。オオカミ化する時に脱げてしまった服もきちんと着直しているので、決して裸ではない。


「色々と聞きたいことはあるんですけど、まずは自己紹介から始めましょうか。私は見習い聖女のアプリコットで、こっちはレーナちゃんとシフです。貴方はタチアナさんでいいんですか?」


「そうよ。アタシはタチアナ・エンディード! 偉大なるエンディード家の次期当主よ!」


「へー」


「へーって……アンタまさか、エンディード家を知らないの!?」


 簡素な感想を返したアプリコットに、タチアナが驚愕の表情を浮かべる。だがそう言われてもアプリコットに思い当たることはない。


「レーナちゃん、知ってますか?」


「えっと……何処かで聞いたことがあるようなないような……?」


「嘘でしょ!? 一般人ならともかく、見習いだろうと聖女なのに、何でエンディード家を知らないのよ!?」


「そう言われても、知らないものは知らないとしか……有名なお家なんですか?」


「当たり前でしょ! エンディード家は、代々死神マタライセ様のお声を聞いた聖女が当主を務める、世界で唯一の家系なの!」


「おお、それは確かに凄そうですね」


「ちょ、ちょっと待って下さいませ! それってつまり、特定の神様からお声がけをいただく手段があるということですの!?」


 素直に感心するアプリコットとは裏腹に、レーナが目を丸く見開いて問う。聖女となるのに必要な「神からの呼びかけ」は狙って、願ってできるようなものではない。だというのに代々特定の神から声をかけられる術があるのであれば、世界がひっくり返るような大発見だからだ。


 そしてそれを、タチアナはちゃんと理解している。だからこそ得意げな笑みを浮かべながら……地べたに正座したままだが……レーナの問いに答えた。


「フフーン、そうよ! ねえアンタ、マタライセ様と他の神様との決定的な違いって、何だかわかる?」


「違いですか? 神様は皆様違いますけれど、そういうわけではないんですわよね?」


「当たり前でしょ! ふふふ、わからないなら教えてあげるわ! 他の神様と違って、マタライセ様は死んだら確実に会えるのよ! 何せ死神様だもの!」


「……ああ、確かに」


 その言葉に、アプリコットとレーナが納得して頷く。たとえ自分に声をかけてくれた神様であろうと、普通人と神が会うことはない。が、死神だけは死者の魂を迎えにくるという職務があるため、いつか死ぬ定めにある人間が最後の瞬間に出会うのは、むしろ当然のことであった。


「エンディード家の初代となった聖女様はね、マタライセ様の忠実な信徒として、世界中の死に怯え、死に苦しむ人達に救いを与えていったの。死は決して怖いだけのものじゃない。苦しみからの解放であり、新たな命への準備であり、赤子が入る揺り籠のように、優しく温かいものなんだってね。


 で、そんな初代様が、死んで魂となってマタライセ様に会ったときに、お願いしたのよ。どうか私の娘達にも、この崇高な行いを続けさせてくださいって。それをマタライセ様が叶えてくれて、初代様の孫娘がマタライセ様の声を聞いて聖女になった。


 勿論、その時はまだ何も知らなかったらしいけど、それでもお婆さんの素晴らしい生き様を見ていた孫娘は、先代の願い通りに素晴らしい聖女となって、先代と同じように世界に救いを与え……そして死んだ時に、やはり同じようにマタライセ様にお願いした。


 そうやって代々マタライセ様にお声がけをいただいているのが、エンディード家なのよ」


「それは何とも、凄くて壮大なお話ですね」


「でも、どうしてそのようなことをタチアナさんがご存じなんですの? 死んだ後に頼んだなんて、人の身では知りようがないと思いますが……?」


「そこが凄いところなのよ! 何代も何代もそうやってマタライセ様に仕えることで、エンディード家の娘とマタライセ様の間には、強い絆が生まれていったの。その結果として、エンディード家から生まれた聖女は、マタライセ様限定ではあるけど、割と気軽に『神託』がいただけるの! そこで今の話を聞くことができたのよ!」


「まあ! それは本当に凄いですわ!」


 神託とは、即ち神の声であり言葉である。通常は聖女になるときの一言しか聞けないことを考えれば、気軽に神の声が届くというのがどれだけ凄いことかは言うまでも無い。


「そーよ、凄いのよ! まあ『神託』の内容は、マタライセ様の許可がなければ基本的に他人には話せないんだけどね」


「? 何故ですの? 神様のお言葉なら、広く沢山の人に聞いていただいた方がいいと思いますけれど」


「何でも好きに言っていいってなると、神様が言ってないことを『神の言葉である』って言わせたい人が出てくるからよ。神様に禁じられてるって言えば、そんなことしないでしょ?」


 神の奇跡が身近にあるこの世界で、神の存在を疑う者はまずいない。ならばこそ神の権威を利用したい権力者は幾らでもいるが、実際に神に仕え、神の声を聞く聖女からすれば、そういう輩の相手は面倒の一言に尽きる。


 が、そこで「神が禁じている」となれば話は別。よほどの愚か者以外はその一言で黙らせられるので、この決まりは聖女の自由を縛るためではなく、むしろ守るために神が課したものなのだ。


「ふむふむ、その辺はしっかりしてるんですね……ということは、さっき急に後ろを向いてブツブツいいだしたのも、神様の声を聞いていたんですか?」


「うぐっ!? そ、そうよ…………」


 アプリコットの言葉に、直前まで調子よく話していたタチアナの表情が曇る。口元を引きつらせて顔を反らしたが、アプリコットは執拗にその顔を追いかけて目を見つめ続ける。


「あーもう! 何よ!」


「いえ、別に? ただ突然心変わりしたように立ち去ろうとしたのは、何を聞かされたのかなーと思いまして」


「だ、だから神託の内容は言えないって言ったでしょ!」


「そうですね。でも出会った時の第一声が『遂に見つけた』でしたから、何かを探してたんですよね? で、それと私達を間違えたと? 間違いで人を殺しそうになった挙げ句、何も言えませんで済ませるのは、人としてどうなんですか?」


「何よアンタ、年下のくせに生意気よ! それにたとえマタライセ様が許したとしても、神様を殴るような聖女なんて、罰されて当然じゃない!」


「はうあっ!? それに関しては、確かに話し合う余地はあるかと思うのですが……というか、タチアナさんって年上なんですか? 私は一二歳なんですが」


「えっ、同い年!? こんなちんちくりんなのに……?」


「誰がちんちくりんですか!」


 もの凄く意外そうな顔をしたタチアナのほっぺたを、アプリコットがぷにょんと摘まむ。すると正座を辞めたタチアナも負けじとアプリコットのほっぺたを摘まみ返し、二人の少女が互いの頬をプニョり合う。


「はにふるほよ!」


「ほっちほほ!」


「さっきから我にはわからない話ばっかりでつまらないのだ! もうガブッとして終わりでいいのではないか?」


「流石にそれは駄目ですわよ! とはいえ話が進まないのはそうですし……あの、タチアナさん? 話せる部分だけで構いませんから、せめてもう少し事情を説明していただけませんか?」


 タチアナの家の事はわかったが、それ以外の、そして本当に聞きたかった情報が何もわかっていない。改めて問うレーナに、タチアナは最後にプルンとアプリコットの頬を揺らしてから手を離す。


「はぁ、ははっは……ちょっと、アタシが離したんだからアンタも手を離しなさいよ! ったく……わかったわよ。マタライセ様からもアンタ達にだけなら少し話してもいいって聞いてるから、話してあげる。神様のお言葉なんだから、よーく聞きなさいよ!」


 アプリコットの手をうざったそうに振り払ってから、タチアナは改めて今回の襲撃の経緯を語り始めた。

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