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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第五章 逃れ得ぬ断罪の刃

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「その主張は受け入れられません!」

「その、ですね。確かに死神様にはご迷惑をおかけしてると思うんですけど、でも決して悪気があったわけではないというか……」


「何よ! 悪気がなかったら神様の仕事を邪魔していいとでも言いたいわけ!?」


「いえ、決してそういうわけでは……」


 神様の仕事を自分勝手な理由で邪魔していたら、怒られた。これっぽっちも言い訳の余地のない状況に、アプリコットはしどろもどろになってしまう。アプリコットとて死神マタライセは真っ当に仕事をしているだけだとわかっているのだから尚更だ。だが……


「でも、私の力で助けられる人が目の前にいるなら、助けたいと思うんです」


「そ、そうですわ! 死にそうな人を助けてはいけないというのなら、ほとんどの聖女の方は死神様に仇為す者になってしまいますわ! なのにどうして私達だけが神罰を与えられるんですの!?」


 アプリコットの言葉に、怯えるレーナが必死に声をあげた。するとタチアナがレーナをキッと睨んでその疑問に答える。


「別に人を助けちゃ駄目なんて言ってないでしょ! アタシが問題だって言ってるのは、マタライセ様の仕事を殴って邪魔してるってことよ! 神様殴っていいわけないでしょ!」


「うぐっ、それは……」


 またしても真っ当な主張に、レーナは再び口ごもってしまった。自分には触れるどころか見ることもできないが、神様を殴ってはいけないことなんて言われるまでもないことだし、実際目の前で癒神スグナオル様が引っ叩かれたりしたら、誰よりも声を上げて抗議するのは明白だったからだ。


「待って下さい。そういう理由なら、何故レーナちゃんを攻撃したんですか?」


 だが、そうなると話が少し変わってくる。顔をあげて問うアプリコットに、タチアナが呆れたような声を出す。


「そんなの、一緒にいたからに決まってるじゃない! 神様のお声を聞いて、神の奇跡を使う聖女の身でありながら、神様の仕事を邪魔する聖女を見逃すなんて、罪深いにも程があるでしょ!


 悪を見逃すのも悪……とまでは言わないけど、諫めもしないどころか積極的にその力を利用して人を助けているなら、それはやっぱり悪なのよ!」


「つまり、私だけでなくレーナちゃんやシフも、見逃すつもりはないと?」


「最初っからそう言ってるでしょ!」


「いえ、言ってませんが? というか、ほとんどいきなり攻撃してきましたよね?」


「あれ? ま、まあそうよ! アンタ達全員、アタシのこの手で断罪してあげるわ!」


「そうですか……」


 スッと立ち上がり、アプリコットが再び拳を握る。


「確かに私は死神様を殴ってます。なので私自身が罪深い存在であるというだけなら、それを誤魔化したり否定したりするつもりはこれっぽっちもありません。きっと私が死んだなら、その魂は罪に相応しい扱いを受けることでしょう」


「アプリコットさん!? 何を――」


 叫ぶレーナを振り返ること無く手で制し、アプリコットはまっすぐにタチアナを見つめたまま言葉を続ける。


「でも、私はそうしてでも、目の前の誰かを助けることをやめる気はありません。そして大事なお友達を巻き込むことも、絶対に許容しません」


「随分と傲慢な考えね? まさに悪逆非道……ああ、悪逆非道っていうのは、救いようがないほど酷い悪人ってことよ」


「フフッ、そうですね。確かに私は、救いがたい罪の中にいるのかも知れません。だったら――」


 アプリコットの小さな体から、黄金に輝く光が噴き上がる。それは少女然とした体の外に光り輝く神の筋肉を形成し、白く小さな拳に山をも砕く金剛力を宿す。


「誰かに私を救ってもらうのではなく、私が誰かを、この力で救い続けます! そのためになら……死神様だって、遠慮無く殴らせてもらいます!」


「上等ぉ!」


 アプリコットとタチアナ、二人の少女が拳を引き、互いの口から聖句が紡がれる。


「弱肉強食――」

「一撃必殺――」


 まるで示し合わせたかのように、二人が揃って右足を踏み込む。


「爆裂消滅!」

「一劇終幕!」


 いつもの青白い色ではなく、黄金に輝く幻の筋肉がアプリコットの腕を包み、黄昏よりもなお紅い光に包まれたタチアナの腕が、鎌の刃のように怪しく輝く。


「<万物を砕く右の豪腕デストロイ・ウー・ワン>!」

「<未来を断ち切る(フューチャリス・)右の幻腕(ウー・ワン)>!」


ガキィィィィィィン!


 手刀と拳、およそ生身の肉体が打ち合ったとは思えない硬質な音が辺りに響き、眩いばかりの閃光が辺りを満たす。


 力は互角。互いに右の腕は伸びきり、一端引かねば追撃は不可能。だが……アプリコットは一人ではない。


「ウォォォォォォォン!」


「なっ!? 犬!?」


 雄叫びと共に、白銀の子犬……ではなくオオカミとなったシフが、タチアナの伸びきった右腕に噛みつく。鋼鉄より硬くなっているはずの自分の腕にほんのわずかに走った痛みに、タチアナは驚いて腕を引いてしまった。


「そんな、噛み付かれたくらいで、どうして!?」


「我が名はシフ。白銀(しろがね)のシフ。天に輝く白銀を浴びて、神さえ殺す神狩りの牙! 仲間を襲われて黙っているほど、我は腑抜けではないぞ! あと犬でもないのだ!」


「神狩り!? まさかそっちが本命だったってこと!? なら――」


「おっと、油断は禁物ですよ!」


 タチアナの意識がシフに向いた隙を見て、アプリコットが左の拳を引き絞る。タチアナは乗り越えるべき障害であり話し合う必要のある同僚ではあっても、倒すべき敵ではない。ならば狙うは無力化であり……これこそが本命の一撃。


「盛者必衰、常識失墜! <理を砕く左の怪腕バニシング・サー・ワン>!」


「きゃあっ!?」


 放たれた拳を咄嗟に受けたタチアナの右腕から、神の力が霧散していく。神本人すら殴れるというのなら、その力を僅かに借りているだけの聖女の力を打ち砕くことなど容易いのだ。


「そんな!? マタライセ様のお力が……!?」


「さあ、これで貴方はもう戦えないはずです。改めて話を――」


「フッ、フフフ……アッハッハッハッハ!」


 兎にも角にも、会話が足りない。相手が名乗りはしたが、自分達は名前すら伝えていない……襲ってきたのだから知っているのかも知れないが……という状況をこれでどうにかできるかと思ったアプリコットだったが、<神の秘跡>を打ち消されたはずのタチアナが天を仰いで笑い声をあげ……そしてニヤリと笑みを浮かべる。


「いーわよいーわよ、よーくわかった! そこまでマタライセ様のお力を拒絶するっていうなら、アタシだって考えがあるわ! まだ使っちゃ駄目だって言われてたけど、もうそんなこと知らないんだから!」


「あの、誰に言われたのかは知りませんけど、それは多分守った方がいいやつだと思いますよ?」


 世の中、禁止されていることにはそれなりに意味がある。こういう感じでそれを破ると、大体酷い目に遭うのが人生というものだ。割と本気で心配して声をかけたアプリコットに、しかしタチアナは聞く耳を持たない。


「フッフッフ、そんな余裕こいてられるのも今だけなんだから! さあマタライセ様、私にその偉大なお力……を…………?」


 天に向かって両腕を開いたタチアナだったが、不意にビクッとその体を震わせると、上げていた手を下げてアプリコット達に背を向けた。


「えっ、違う? 人違い? いやでも、マタライセ様を殴ったのは…………え、いいんですか!? ですけど、私神を殺すとか言ってる子に、腕を噛まれて……元凶? 被害者? あー、そういう…………はい、はい……わかりました、はい…………」


「あの…………」


 背中を丸めて小声で何かを呟いているタチアナに、アプリコットが遠慮がちに声をかける。するとタチアナがバッと振り返り、軽く涙目になりながら無理矢理胸を張って言う。


「ふ、フンッ! 今日のところは見逃してやるわ! でもいつか必ず神罰が下るから、首を洗って待ってなさい! ああ、首を洗ってって言うのは、覚悟しときなさいとか、そういう感じの意味よ!」


 一方的にそう告げると、タチアナは全力でその場を走り去ろうとし……


「あうっ!?」


「いや、私の方は見逃しませんよ?」


 ギュインと残像が残る勢いで動いたアプリコットが、その肩を掴んで離さない。起きた問題はその場で解決する、先送りしない系聖女であるアプリコットの本領発揮であった。

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