「強敵(?)が現れました!」
それから一〇日ほど、アプリコット達はその村に滞在し、奉仕活動に従事した。キノコという収入源がなくなってしまった村人のために有り余る筋肉力で畑を広げるお手伝いをしたり、突然死にかけたことで不安を覚える村人達の相談に乗ったり、食用キノコと毒キノコが実際にどんな感じで生えているのかを調査したりと、忙しくも充実した日々はあっという間に過ぎていく。
そうして自分達のやれることを大体やりとげると、アプリコット達は惜しまれながら村を出た。揃って歩きながら、三人は他愛の無い会話を交わす。
「うーん、できればもうちょっと滞在したかったですわね。せめて錬金術師の方とのやりとりの結果くらいは知りたかったところですが……」
「それを待ってると普通に一月くらいかかっちゃいますからね。冬までには王都に辿り着きたいですから、仕方ないですよ」
実りの秋は始まったばかりだが、それでもたったの三ヶ月で冬がやってくる。王都は北にあるため、できれば秋の節の間に辿り着いておきたいというのがアプリコットの本音である。
そしてそれを、この中で一番体力の無い……他の二人が突出し過ぎているだけだが……レーナは良くわかっている。もし雪でも降れば巡礼の旅を続けるのは一気に難しくなるが、小さな村だと長期滞在は難しい。なので何処まで進み、何処で冬を過ごすのかというのはとても大きな問題なのだから、ここで我が儘を言うつもりはなかった。
「確かに、冬に対する備えは大事なのだ。こういうのは早め早めでやらないと、冬にお腹がキュウキュウ鳴ることになるからなー」
「大丈夫ですよシフ。万が一王都まで辿り着けなかったとしても、それなりに大きな町に腰を落ち着ければ、食料が足りないなんてことはありませんから」
「そうなのか!? ならば冬でもママを我慢しなくてもいいのか!?」
「あー、流石にジャムの在庫がそこまであるかはわかりませんけど……」
「ぐぬぅ……じゃあ冬になったら、少しだけ節約するのだ……」
「シフさんは相変わらずシフさんですわね。なら今のうちに沢山食べましょうね」
「勿論なのだ!」
ションボリ垂れ下がったと思ったら、すぐに嬉しそうにファサファサ揺れるシフの尻尾を見て、アプリコット達がフフフと笑う。そんな楽しい旅を続ける三人の前に、不意に小さな人影が立ちはだかった。
「遂に見つけたわよ!」
「? どちら様ですの?」
夕焼けのように鮮やかなツインテールの赤髪に、自分達と同じデザインの白いローブを身に纏った、同い年くらいと思わしき少女。見つけたと言うからには自分達を探していたのだろうが、その顔にも探される理由にも全く心当たりが無いレーナが問いかけると、少女は何故かいきり立って声を荒げた。
「どちら様ですって!? よくもまあそんな厚顔無恥な台詞が吐けたもんね! ああ、厚顔無恥っていうのはあれよ、恥を知らないとか、そういう感じの言葉よ!」
「はぁ……それで、どちら様ですの?」
「あー嫌だ! 何でそんな事が言えるのかしら!? 無知蒙昧な人間じゃなきゃ絶対言えない台詞だわ! ああ、無知蒙昧っていうのは、自分のやったこともちゃんと理解出来てないとか、そういう感じの言葉よ!」
「へー、そうなのか?」
「そうですわね。それでその…………どちら様ですの?」
「だ、か、ら! 何でアンタ達がアタシの事を知らないのよ! そんな無礼千万な態度が許されると思ってるの!? ああ、無礼千万っていうのは、何かこう……もの凄く失礼みたいな感じの意味よ!」
「……………………」
言葉は通じているはずなのに、何故か話が通じない。ダンダンと足を踏みならす少女を前に、アプリコット達は何とも言えない表情になる。だがそれが気に入らなかったのか、少女は更に激高して言葉を続ける。
「もういいわ! 神敵を相手にせめて懺悔くらいは聞いてやろうと思った、私が馬鹿だった! 信賞必罰、神勝悪伐! 我が瞳は信仰と共に在り!」
『LA――LA――TA――NO――I――ME――MA――SE――』
「なっ!?」
薄い茶色だった少女の瞳が夕焼けのように真っ赤に染まり、その体を神の力が満たしていく。溢れる神威にレーナが慄き、シフがブワッと尻尾を膨らませるなか、少女は自らの右腕を見つめ、更に聖句を続けていく。
「瞳に映るは神の意志。疑は義なり、信は真なり! 見よ、我が右腕は折れず砕けぬ神の武器なり! 一撃必殺、一劇終幕! <未来を断ち切る右の幻腕>!」
「ひっ!?」
「レーナ!」
真っ赤な光の膜を纏わせた少女の右腕が、レーナに向かって振り下ろされる。咄嗟にシフがレーナを突き飛ばしたが、今度はシフがその腕の軌道に入ってしまう。
ぱっと見は、少し離れたところで少女が腕を縦に振り下ろしているだけ。だがシフの獣の本能が寒気がするほど震え上がり、あれを振り下ろされたら確実に死ぬと悲鳴を上げている。
あらゆる命が最後に辿り着く、避けられぬ終焉。それにシフが思わずギュッと目を瞑り……だがいつまでも訪れぬそれに再び目を開いた時、そこに映っていたのは少女の右腕を己の右腕で受け止めるアプリコットの姿であった。
「くっ!? 神罰を邪魔するなんて、何のつもりよ!?」
「そっちこそ、何のつもりですか? 私のお友達をいきなり殺そうとするなんて……どんな事情があったとしても、絶対にそんなことさせませんよ!」
「はぁ? アンタ聖女のくせに、神様の意思に逆らおうっていうの!?」
「私に力を貸して、レーナちゃん達を守ってくれたのも神様の力です」
少女とアプリコットの二人が、どちらも一歩も譲らず睨み合う。そんななか突き飛ばされて転んでいたレーナが、震える声で少女に話しかけた。
「あ、あの! 神罰とはどういうことですの!? 私達、神様に罰せられるようなことは何一つしておりませんわ!」
「チッ、どの口がそんなことを! アタシは知ってる! アンタ達が神様に酷い事をしたって、ちゃんと聞いてるんだから!」
「そんな!?」
「……どういうことですか? もうちょっと具体的な内容をお聞きしたいんですけど」
泣きそうな声を出すレーナを背後に庇いながら、アプリコットがそう問いかける。同時に頭の中でこれまでのことを思い返してみたが、神に命を狙われるような理由など当然思い当たらない。
(いや、それともまさか……?)
が、そこでアプリコットはシフの事を思い出した。神を狩る存在として生み出されたシフを庇うことは、確かに神に敵対していると言えなくもない。
だが、シフは大事な友達だ。そしてそんな友達を守るために、筋肉神は今も力を貸してくれている。ならば自分に出来ることは、相手の神様から友達を守りつつ説得することだろうと改めて固く心に誓うと……目の前の少女が呆れたように大きなため息を吐いた。
「ハァ、いいわ。なら貴方達がどれほど罪深い存在かを教えてあげる! よーく聞きなさい!」
そこで一端言葉を切ると、少女は両手を腰にあて、胸を反らして高らかに宣言する。
「アタシは聖女タチアナ・エンディード! 私に声をかけてくださった、偉大なる死神マタライセ様の忠実なる信徒! そしてアンタ達の罪は、マタライセ様の仕事を何度も何度も邪魔したことよ! 人の信じる神様を数え切れない程ぶん殴っておいて、まさか罪が無いなんて絶対に言わせないんだから!」
「あっ……………………」
聖女タチアナの主張に、レーナが言葉を失ってアプリコットの方を見る。そしてアプリコットはと言うと……
「えっと…………その、本当に申し訳ありませんでした」
地に膝を突き、額に土がつくほど頭を下げ、心から謝罪の言葉を口にするのだった。





