「レーナちゃんは天才だと思います!」
そうして部屋に戻ってみると、レーナはまだスピョスピョと眠っていた。その無防備な寝顔に癒やされつつ、アプリコットは変わらず扉の前に立つシフに声をかける。
「ふぁ……私ももう少し休みますから、シフも一緒に休みませんか?」
「む? もう守らなくてもいいのか?」
「ええ、大丈夫です」
さっき目が覚めた時点で必要最低限の回復はしているので、万が一何かあった場合も、今なら寝ていても反応できる。そう判断したアプリコットは、言いながら自分の寝ていたベッドをグッと動かし、レーナを起こさないように注意しながらそっとベッドをくっつけた。
「ほら、これなら三人寝られますしね。ということで、どうぞ」
「ふむ、そういうことなら我もちょっとだけ休むのだ」
小さな一人用のベッドに二人寝るのは窮屈だが、それを二つくっつければ三人でも寝られる。ゴロンと横になったアプリコットに手招きされ、シフもまたベッドに横になると、改めて三人でお昼寝を始めた。悩みはあっても疲れている体はすぐに睡眠を受け入れ、次に揃って目覚めたのは夕食の時間であった。
「さあ、どうぞ」
「わーい! いただきます!」
テーブルの上に山と盛られた心づくしに、アプリコット達は喜んで空腹のお腹に食事を詰め込んでいく。
「美味しいかい? そっちのお嬢ちゃんは、寝起きで重いならお粥とかも用意できるけど……」
「いえ、お構いなく。もう体の方はバッチリですから!」
「そりゃあ良かった。なら遠慮しないで沢山食べとくれ」
すっかり元気になったレーナがパンやらシチューやらをモリモリ食べていく姿に、メラルが目を細めて楽しそうに笑う。それからその横にいたダードリーが、改めてレーナ達に声をかけてきた。
「やっと直接お話できましたので、もう一度お礼を言わせて下さい。貴方達のおかげで私も妻も、それに村の者達も助かりました。本当にありがとうございました」
「いえいえ、お気になさらないでください。見習い聖女として当たり前の事をしただけですわ」
「弱っちい奴らを助けるくらい訳ないのだ。我は最強だからな!」
「それでも、ありがとうございます。その気持ちがあったからこそ、我々はこうして助かったのですから」
「そうよ。ありがとうね二人とも!」
「えへへ……」
「むふぅ」
ダードリーとメラル、二人から素直な感謝の気持ちを向けられ、レーナとシフが照れくさそうな顔をする。その後は「うちの孫の嫁にどうだい?」などと冗談交じりの他愛の無い会話を楽しみながら食事を終え、食後のお茶をゆっくりと飲んでいるところで、徐にアプリコットが話を切り出した。
「ところで村長さん。キノコの件はどうなりましたか?」
「……ああ、それですか。実は皆さんがお休みの間に、聞いたお話を元に村の者でキノコを選別してみたのですが……ちょっと待っていてください」
そう言って席を立つと、程なくしてダードリーが麻袋を二つ持ってきた。なお袋の片方には、これ以上ないほどわかりやすくバツの線が引かれている。
「こちらの袋の入っているのが今まで採れていたのと同じ食べられるキノコで、こちらに入れたのが毒キノコだと判断したものです。収穫したキノコの大半は鍵をかけた納屋にしまってありますので、ごく一部ではありますが……どうでしょう?」
事前の説明で、シフが通常のキノコと毒キノコを極めて正確に判別できることは説明してある。故に問うてきたダードリーに、アプリコットは横にいるシフに声をかける。
「どうですかシフ?」
「いくら我でも、袋に詰め込まれた状態じゃわからないのだ。一端全部出しちゃってもいいか?」
「ええ。混じらないように気をつけていただけるなら、どうぞ」
「なら調べてやるのだ!」
ダードリーの許可を得て、シフが二つの袋の中身を床の上にぶちまける。そうして一つ一つ調べていくと、その結果は少々辛辣なものであった。
「むむむ、これは…………」
毒キノコだと判断したもののなかに、三割ほど食用のキノコが混じっていた。それは損失ではあるが、より安全を考慮した結果なので、ダードリーとしても受け入れられる。
だが、食用だと判断したキノコのなかに、一〇個以上の毒キノコが混じっていた……そちらに関しては絶対に妥協などできない。
「うーん、やっぱりこれ、見分けるのは相当難しいですね」
「というか、完全に真っ白なキノコ以外は食べられないと判断するしか無さそうですわ」
その結果に、アプリコット達も改めてキノコを手に取りマジマジと観察する。昼間もそうだったが、こうして区別されたものを比べれば一応違いはわかるのだが、適当な一本を手に取って「これは食べられるのか?」と問われると、確実に大丈夫だと言えるものはほとんどない。
もしアプリコット達が安全性を重視してこのキノコを仕分けるなら、シフが食べられると判断したキノコの九割以上は毒キノコかも? ということで捨てる決断をしたことだろう。
「これは……駄目だな。もうこのキノコを売るのは無理だ」
「そうだねぇ。死人が出ちゃったら、商売どころじゃないものねぇ」
森で採れたキノコの販売は秋の大きな収入源だが、確実に大丈夫なものだけを収穫、販売するのはあまりにも効率が悪すぎる。ガックリと肩を落とすダードリーに、メラルがそっと寄り添う。
そんな二人の姿に、何とか力になりたいと再び思うアプリコットだったが、やはりこれと言った手段は思いつかない。テーブルの下でギュッと拳を握っていると、不意に横にいたレーナがその口を開いた。
「でしたら、錬金術師の方にお売りするのはどうでしょうか?」
「錬金術師……ですか?」
「ええ、そうですわ。最初は無料でお譲りして、毒の特性を調べてもらう。で、それが有効に使えそうであれば、普通に買い取っていただけると思いますわ」
「いや、ですが、毒を売るというのは……」
「あら、毒というのは使い方で薬にもなるものですわよ? 勿論需要がなければ買い取ってはいただけないでしょうから、必ずしも以前のように儲けが出るとは言えませんけれど。
ただ毒の特性を調べる過程で毒キノコを安全に、かつ完全に見分ける手段とか、あるいは毒抜きの方法なんかもわかるかも知れません。そうすれば以前のように食べられるキノコだけを収穫することができたり、何なら毒キノコだって美味しく食べられるようになるかも知れませんわよ?」
「レーナちゃん!」
何気なくそんな提案をしたレーナに、アプリコットは思わずギュッと抱きついてしまった。
「ひゃわ!? な、何ですのアプリコットさん!?」
「レーナちゃんは天才です! 最高に凄いです!」
「確かに! 錬金術師……そんなこと考えてもみませんでした。早速町に使いを出してみることにします。いやぁ本当に、貴方こそ救いの女神だ!」
「そんな、大げさですわ!?」
アプリコットに抱きしめられて動けないレーナの手を、ダードリーが心からの感謝と敬意を込めて両手でギュッと掴む。
「むぅ、我だけのけ者にしては駄目なのだ! 我も抱きついちゃうのだ!」
「シフさんまで!?」
その流れに乗り遅れまいと、シフまでレーナに抱きつく。左右からギュウギュウと抱きつかれたうえ、正面からは両手を掴まれてブンブンと振るわれて目を回すレーナの姿に、苦笑したメラルが三人を強引に引き剥がした。
「ほらほら、感動したのはわかったけど、レーナちゃんが困ってるだろう? あとアンタ、感心するのはわかったけど、子供相手にやりすぎだよ! レーナちゃんが怖がってるじゃないか!」
「そ、そうか? あー、その、申し訳ない……」
「いえ、大丈夫ですわ。というか、私は本当に、ただ思いついたことをちょっと言ってみただけですので……」
「ははは、その『思いつく』ということが大切なのですよ。特に自分のように歳を取ってしまうと、どうしても思考が固まってしまいますからね」
そう言って笑いながら、ダードリーが自分の頭を掻く。突如として降って湧いた理不尽な出来事。本来ならば大量の死人を出し、大きな収入源の一つが潰れたことで廃村待ったなしだった状況。
だが、そんな暗闇の未来を目の前の少女達が明るく払いのけてくれた。見えざる神の温かさを確かに感じ取り、ダードリーは明日から毎日教会で祈りを捧げようと、固く心に誓うのだった。





