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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第五章 逃れ得ぬ断罪の刃

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「事情を説明しました!」

「ふがっ!」


 あまり可愛くない声をあげて、アプリコットが目を覚ます。すると目の前には正真正銘の見知らぬ天井があり、体はそれなりにフカフカのベッドに横たえられていた。


「おお、起きたのか?」


「シフ!」


 それに気づいて、シフが声をかけてくる。アプリコットが上体を起こして横を向くと、そこにはピッタリと扉に背をくっつけて立つシフの姿があった。


「何でそんなところに……あっ、ひょっとして……」


「無論、我がお前達を守っていたのだ! 我は最強だから、誰も部屋に入れなかったのだぞ!」


「あはは……ありがとうございます」


 多分、善意で世話をしてくれようとした村の人達も入れなかったんだろうなぁと、アプリコットは微妙な笑みを浮かべる。だがそうやってシフが自分達を守ってくれたこと、守るに値する存在だと思ってくれていることがとても嬉しい。


「あとでレーナちゃんと二人で、美味しいマーマレードの料理を一杯作ってお礼しますね」


「うぉぉ、やったのだ! ママは最強だからな! 今から楽しみなのだ!」


「ふふ……ちなみにですけど、マーマレードとシフなら、どっちが最強なんですか?」


「むがっ!? な、何と難しいことを聞くのだ!? どっち……どっちが?」


 腕組みをして真剣に悩み始めてしまったシフに笑顔を向けてから、アプリコットは立ち上がって隣のベッドへと向かった。並んで置かれたそこには、当然ながらレーナが眠っている。


「すぅ…………すぅ…………」


(うん、大丈夫そうですね)


 実に可愛らしい寝息を立てるレーナの顔色は普通で、念のため発動した筋眼にも、死神の姿は映らない。安心と共にそのほっぺたをプニッとしたい衝動がアプリコットのなかに沸き起こったが、疲れているレーナに悪戯をして起こしてしまってはいけないと、鋼の意思で自制した。


「むーん…………」


「まだ悩んでるんですか!? 私は村の人達に事情を説明してくるんで、シフはもう少しここでレーナちゃんを見ててもらってもいいですか?」


「わかったのだ……我がママを食べるから、我が最強……いやでも、あの美味さは最強以外には……」


 何処か上の空ながらも、シフがファサリと尻尾を振って横にずれる。それを苦笑しながら見送ると、アプリコットは寝室から外に出た。そのまま適当に廊下を歩くと、その先にはテーブルについてお茶を飲んでいる五〇代くらいの中年の女性の姿があった。


「あのー……」


「おお、目が覚めたんだね! よかった……」


「はい。お部屋を貸していただいて、ありがとうございます」


「何言ってるんだい! こっちは村の人達の命を助けてもらったんだ、部屋くらいいくらだって使ってくれていいんだよ。


 いや、本当は私が面倒を見たかったんだけど、何かあの……耳と尻尾が生えてる子がいただろう? あの子が『全部自分がやるから、近づくな』って言ってきかないもんだから」


「あー、やっぱり……ごめんなさい。ただ私のお願いを聞いてくれただけで、シフに悪気はないんです」


「ははは、いいさ。変に近づきさえしなけりゃ普通のいい子だったしね。っと、そうだ! アンタの目が覚めたら呼ぶように言われてたんだよ。今主人を呼んでくるから、ちょっと待っててね」


「あ、はい」


 そう言うなり、ご婦人が席を立って家を出て行ってしまう。一人取り残されたアプリコットは微妙な居心地の悪さに立ったままモジモジしていると、程なくして同じくらいの年齢だと思われる男性が、さっきのご婦人と一緒に家に入ってきた。


「どうもお待たせしました。私はこの村で村長をしております、ダードリーと言います。この度は村の者達を助けていただきまして、ありがとうございました」


 見た目は一〇歳くらいの女の子であるアプリコットに、村長のダードリーは丁寧に頭を下げる。するとダードリーの後ろから、ご婦人の方が呆れた声で話しかけてきた。


「ちょっとアンタ、そんな畏まった物言いをしたら、この子が困っちまうだろう? ごめんねぇ、アプリコットちゃん。アタシはダードリーの妻で、メラルって言うんだ。よろしくね」


「おいメラル! 確かに見た目は子供だが、相手はこの村の恩人で、見習いとはいえ聖女様なんだぞ? あまり失礼な物言いは……」


「いえいえ、気にしないでください。どっちの感じも慣れてますから」


 気さくなメラルを咎めるように言うダードリーに、アプリコットが笑いながら答える。


 聖女として丁寧に扱われるか、あるいは子供として気楽に扱われるかは、最初の出会い方による違いが大きい。今回のように命を救う形になると大抵は丁寧に扱われるが、そうでなければ「巡礼の旅を頑張っている子供」として褒められたり撫でられたりすることも間々あるのだ。


 そしてアプリコットは、そのどちらの扱いにも文句はない。粗雑な対応をされればムッとすることくらいはあるが、実際に子供であり聖女でもあるのだから、その通りに扱われて不満を感じるはずもないのだ。


「ところで、お一人のようですが、お連れの方は……?」


「ああ、レーナちゃんは奇跡の使いすぎでまだ寝ているので、今もシフに……耳と尻尾の子に見てもらってるんです。なのでもう少し休ませてあげてもいいですか?」


「ええ、ええ、勿論ですとも。何日でも何週でも、好きなだけお泊まりください。何ならずっと住んでいただいてもいいくらいですよ」


「ふふふ、ありがとうございます」


 朗らかに笑うダードリーに、アプリコットもいい感じの笑顔で返しておく。ちなみに、ダードリーの誘いは社交辞令ではあるものの、本当にここに住みたいとアプリコット達が申し出れば、喜んで家を用意することだろう。見習いとはいえ何十人もの村人の怪我が治せる聖女が定住してくれるとなれば、向こう数十年は怪我や病気の心配をしなくていいようになるのだから当然である。


「それで村長さん。今回村の人達が死にかけていた件なんですけど」


「ああ、はい。それなんですが……どうにも原因がわからないのです。鍋を食べた者がほぼ全員倒れているので、そこに何かあったのだとは思うのですが……」


「やっぱりそうですか。実はですね……」


 去年までと同じ事しかしていないのにと首を傾げるダードリーに、アプリコットがついさっき判明したばかりの毒キノコのことを告げていく。するとダードリーの表情がみるみる変わっていき、「村の者を集めてきます」と言って慌てて家を飛び出していった。


 それから三〇分ほど待つと一〇人ほどの村人を連れてダードリーが戻ってきたので、アプリコットは再び同じ説明をする。すると話を聞いた村人達は騒然となり、村長の家の一室が小さな村にはそぐわない喧噪に包まれた。


「馬鹿な!? 去年まで平気だったのに、何で今年だけ同じキノコに毒が!?」


「だから同じじゃないんだって言ってただろ!? 見た目がそっくりの別のキノコなのか、いつも食べてるキノコに毒が混じったものが増えたのか、その違いはわからないけど……」


「幸いだったのは、まだロハスさんにしか売ってなかったってことか。もし別の行商人にも売っちゃってたら、この村から毒キノコを販売したことになっちまうからなぁ」


「馬鹿言え、一番の幸運はこの子達がこの村に来てくれたことだろ。じゃなきゃ今頃、俺達全員あの世に行ってるところだぜ?」


「ほら、静かにせんか! 今後の方針に関してはまた後ほど話し合うが、さしあたって収穫済みのキノコは全部一カ所に集め、絶対に食べないように倉庫に鍵をかけておくこと。


 ああ、それと子供達にもしっかりと教えておいてくれ。大人が何か隠していると妙な好奇心を出されたりすると死人が出るからな。皆を治してくれた聖女様は疲れ切って寝ているから、今何かあったらもう助からん。それを念頭に置いて、厳重に警戒すること。いいな?」


「了解です、村長」


 念を押すダードリーの言葉に、村人がきちんと頷いて家を出て行く。これでひとまず今後も死にかける人が続出する事態は避けられたが……


「ハァ、何でこんなことに……」


「ほら、アプリコットちゃんも説明ばっかりで疲れただろう? お友達と一緒に、もう少し休んでおいで」


「はい……」


 始まったばかりの苦悩にダードリーが小さくため息を吐く。相変わらず殴って解決しないことには役に立てない自分を歯がゆく思うアプリコットだったが、メラルにそっと背を押され、後ろ髪を引かれる思いを抱えつつもレーナの寝ている部屋へと戻っていった。

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