「力を合わせて頑張りました!」
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「わっはっは! 速いのだー!」
ロハス達がやってきたという村へと、アプリコット達は全力で駆ける。久しぶりに思い切り走ったことでシフは楽しげに笑っているが、アプリコットには……正確にはその背中に乗っているレーナには、そんな余裕はこれっぽっちもない。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ……」
とんでもない勢いで景色が流れ、アプリコットの小さな背からはみ出した自分の体には、まるで壁に押しつけられているかのような圧力がかかり、今にも後ろ側に吹き飛ばされそうな気がする。そんな恐怖に思わず悲鳴を漏らすレーナに、アプリコットが少しだけ速度を緩め、軽く振り返って問う。
「レーナちゃん、大丈夫ですか? 少し遅くしますか?」
「だ、大丈夫ですわ! 何ならもっと速くても平気ですわよ!」
「ふふっ、わかりました! じゃあもうちょっとだけ急ぎます!」
それは明らかな強がりだったが、それでもアプリコットはレーナの意を汲んで足を速める。そうして走り続けると、程なくして遠くに小さな村が見えた。
「あった! このまま中に飛び込みます!」
「はいですわ!」
「突撃なのだー!」
幸か不幸か、入り口付近に人影はない。ならばとそのまま飛び込めば、アプリコットとレーナの体が一瞬だけピカッと光ったが、今回はそれを完全に無視して村の中心部へと辿り着くと、そこには目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
「うわーん! うわーん!」
「おお、神よ! 何故この村にこのような悲劇が!? せめて幼子の親だけでも、どうかどうかお助けくだされ……っ!」
広場に五つほど設置された鍋と、その周囲で横たわる何十人もの村人。倒れた人の側では子供が泣き叫んでいたり、お年寄りが地に膝を突いて神に祈りを捧げていたりする。
「遅かった……っ! でも、間に合いました!」
キノコを食べる前に警告するのは失敗。だが泣いている子供がいるということは、倒れてからまだそこまで時間が経っていないということ。アプリコットはレーナを背から下ろすと、素早く筋眼を発動する。
「ひょわっ!?」
見えたのは、倒れた人の数だけ寄り添う大量の死神。かつて無い骨密度に、葉っぱの裏をひっくり返したら虫の卵がびっしりと付いていた時のような気持ちに襲われ、アプリコットは思わず変な声を出してしまった。骨の顔が「流石にそれはちょっと心外」とでも言いたげな雰囲気を醸し出していたが、今はそれどころではない。
「シフ! 私が殴ったら、その側にいる人をレーナちゃんのところに運んでください! レーナちゃんは、<癒やしの奇跡>を!」
「わかったのだ!」
「お任せですわ!」
「えーっと、みんな纏めて、ごめんなさい! 見敵必殺、拳撃必滅! 我が拳は信仰と共に在り!」
最低限の指示を出すと、アプリコットは聖句を唱え、その体に神の力を満たしていく。その後は素早く全体を見渡し、最も死が近い……何ならちょろっと魂が抜け出していて、今にも死神がそれを掴もうとしている中年男性の側へと駆け寄る。
「盛者必衰、常識失墜! <理を砕く左の怪腕>!」
青く輝く不可視の筋肉腕に殴られ、ぽいーんと死神が吹き飛んでいく。その冗談のような光景の下では、土気色をしていた男性の顔に僅かな赤みが戻った。
「今です、シフ!」
「わかったのだ!」
アプリコットの言葉に、シフがその人を抱えてレーナの側に運ぶ。するとレーナが即座に<癒やしの奇跡>を発動させ、小さなうめき声をあげて男性が目を覚ました。
「うっ……あれ? 俺は……」
「目が覚めましたわ!」
「ならドンドン行きます!」
一連の流れが確認できたことで、アプリコット達は手際よく同じ作業を繰り返していく。最初は呆気にとられていた村人達も、同じ流れで二人三人と目が覚めていけば話は別だ。
「ぐっ、うぅ…………ここは……?」
「もう平気ですわ! さあ、次の人!」
「おらヨハン、目が覚めたならすぐどけ!」
「おぁ!? 何だよハンス、何が――」
「うるせぇ! いいから今はこっちこい!」
「家の中で倒れてる奴がいたら、そっちのちっちゃい嬢ちゃんの方に運べ!」
「全員助かる……いや、助けるぞ! 動け動け!」
「調子が悪い人は、こっちに寝かせてやりな! 聖女様の手を患わせるんじゃないよ!」
「おがあざーん!」
「大丈夫よ、もう大丈夫。心配かけてごめんね……っ!」
詳しいことは何も分からない。だが年端もいかぬ少女達が、自分達を助けようと必死になってくれていることはわかる。村人全員が一丸となってアプリコット達を助けるように動き、倒れている人の数はみるみる減っていく。
「<理を砕く左の怪腕>! レーナちゃん、これで最後です!」
「はい、ですわ…………無病息災、無傷即再……っ! <慈愛に輝く右の指先>!」
肩で荒く息をするレーナの指先から溢れた光が体を包み、ガッシリした体格をしたひげ面の男が目を覚ます。
「うっ、ううん…………ありゃ? 俺は――」
「父さん!」
「貴方!」
「おぉぅ!? ど、どうしたんだ二人とも……いや、っていうか俺は……?」
戸惑う男性に、奥さんと子供が泣いて縋り付く。そうして全員の生還を見届けると、アプリコットはそっとレーナの側に近づいて声をかけた。
「ふぅ……お疲れ様です、レーナちゃん」
「ええ。何とか……やり遂げましたわ…………でも、ごめんなさい。私もう…………」
瞳をうるませ、レーナが弱々しい声を出す。通常ならば、<癒やしの奇跡>を使うのは一日で一〇回くらいまでだ。だが今回は僅か一時間ほどの間に四〇回近く使っており、レーナの体にかかった負担は尋常では無い。
おまけに、<神の奇跡>で消耗した肉体は、<神の奇跡>で癒やすことはできない。もしそれができるならレーナが自分自身に<癒やしの奇跡>を使えばすむ話なのだが、力の行使による心身の疲労と損耗は怪我や病気ではないからだ。
「ふふ。実は私も、結構クタクタです」
そしてそれは、アプリコットも同じだった。レーナよりずっと頑強な筋肉を持っているし、心臓の病で倒れたクレソンの時と違い、一人一回しか殴っていないのでレーナに比べれば随分と余裕があるが、それでもこれだけ連続で力を発動させれば、流石のアプリコットも疲労する。
「ということなので、シフ。申し訳ありませんが、私達は少し休みます。詳しい事情は目が覚めたらお話しすると、村の人に伝えておいてください」
「わかったのだ! 二人のことは我が守るから、安心して休むのだ。何せ我は最強だからな!」
胸を張って断言するシフに、アプリコットとレーナは顔を見合わせ微笑み合う。そのまま二人は手を繋ぐと、コツンと額をくっつけあって目を閉じた。
「それは…………頼もしいですわ…………」
「では、お願いしますね……」
抗えぬ疲労感と心地よい達成感に身を委ね、二人の意識が沈んでいく。こうして小さな田舎村を襲った毒キノコ騒動は、ただ一人の死者を出すこともなくひとまずの幕を下ろすのだった。





