「とても嫌な予感がしました」
「……い、いやいやいや! ちょっと待ってくれ!」
シフの素晴らしい目利きならぬ鼻利きにより、一瞬で事件は解決……となるはずだったのだが、そこにエディが待ったをかける。シフがつまみ上げたキノコをマジマジと見つめると、どうにも腑に落ちないとばかりにその口を開いた。
「うーん、やっぱり! これが原因ってことはねーだろ!」
「え、何故ですか?」
毒を含むキノコなど、珍しくも何ともない。なので首を傾げて問うアプリコットに、エディが更に言葉を続ける。
「いやだって、このキノコなら俺達毎年食べてるぜ? なあリサ?」
「ええ、そうね。確かに……うん、いつも食べてるやつだわ」
「そうなんですか? なら、毒抜きの処理を失敗したとか?」
「そうじゃねーって! そもそもそのキノコに毒なんか……ですよね、ロハスさん?」
「そうですね。煮たり焼いたりして食べてますが、毒になったことは……流石に生で食べたことはありませんけど、これで火が通っていないということはないでしょうし……っと、これはもう下ろしてしまいますか」
戸惑いながらも鍋を火から下ろしたロハスが、その中身に視線を落とす。先端が花の蕾のような形に膨らんでいる真っ白なキノコは縦に薄く切られており、火の通りは非常に良い。むしろこれを生のまま維持しつつ他の具材を煮えさせるなど、どんな高名な料理人だって無理だろうとしか思えない。
「このキノコは先程立ち寄った村の特産らしく、秋の節の始めから中頃くらいまでしか採れないんです。味も歯ごたえもいいので売り物にもしてますし、自分達でもこうして食べているのですが、毒があるなどという話は聞いたことがありません。
その、聖女様のお言葉を疑うわけではないのですが、本当にこれに毒が……?」
「むぅ? 我を疑うなら、これを食べてみればいいではないか。まあ喰ったら死ぬだろうがな」
「それは…………」
クッタリしたキノコを無造作に差し出され、ロハスが思わず顔をしかめる。疑問に思ってはいても、実際についさっき死にかけたそれを食べられるはずもない。
「……え、待って下さい。売り物って、そんなものを売ったら大変なことになるんじゃありませんの?」
「はっ!? そ、そうだ! ああ、何てこった!」
と、そこでふと気づいたレーナの言葉に、ロハスが大げさな身振りで頭を抱える。それからすぐにロバの体につけられていた荷物を漁り、取りだした袋をひっくり返して中のキノコを全て地面にぶちまけた。
「ちょっ、ロハスさん!? いいんですか!?」
「いいも悪いもないだろ、エディ。毒キノコを食用なんて言って売ったら、二度と私から食料品を買ってくれる人はいなくなってしまうよ。結構な損失だけれど、仕方ない。これは全部ここで焼いて処分を――」
「うん? 全部捨ててしまうのか?」
そんなキノコを見つめたシフが、ロハスに向かってそう問いかけた。するとロハスは疲れた笑みを浮かべて頷く。
「ええ、そうですよ。今言った通り、毒キノコを売ったりしたら――」
「なら、食べられるやつは我が貰ってやるのだ!」
「……え?」
「シフさん? このなかに、食べられるキノコと食べられないキノコがあるんですの?」
「そうだぞ。ほら、これとこれと……」
またも戸惑うロハスを横に、レーナがシフに問いかける。するとシフはあっさりと頷き、クンクンと匂いを嗅ぎながらキノコを指で弾いて二つに分けていった。
「……よし。こっちのキノコは食えるのだ。で、こっちのは食うと死ぬやつなのだ!」
「あ、あの! これ、よく見ても構いませんか?」
「ん? 別にいいぞ?」
「あ、じゃあ俺も!」
「アタシも見たい!」
シフに了承を得て、ロハスとエディ、リサの三人が毒キノコと普通のキノコの両方を手に持ち、マジマジと見比べていく。だが三人の顔に浮かぶのは、眉間にギュッと皺の寄った表情ばかりだ。
「うむむ、わからん……」
「なあこれ、子供がふざけて適当にわけただけじゃねーのか?」
「あ、アタシわかったかも!?」
真剣に悩むロハスと、ふてくされたように見比べるエディを余所に、リサが嬉しそうにそう声を上げる。それに反応して全員がリサに注目すると、リサは両手にキノコを持ったまま、得意げに説明を始めた。
「ほら、こっち! 毒のある方は、カサの先端から少し離れたところに、こう……うすーく黄色に輪がついてる気がしない?」
「むむむ、言われて見れば……?」
「えぇ? こんなの個体差っていうか、誤差の範囲だろ? 今までだって、こんなやつは普通に喰ってたじゃん?」
「でもほら、毒のある方は全部がそうだよ? ほら、これも! これも!」
言って次々と別のキノコを手に取るリサが指摘する通り、毒のある方はその全てが同じ特徴を持っている。ただしそれは明確な比較対象があるからこそわかるくらいの僅かな違いであり、またエディの言う通り、毒が無い方のキノコでも似たような模様が出ているものが存在している。
「……ということは、確実に食べられるのはこの黄色い輪が出ていないものだけ、ということかな?」
「そのようですわね。食べられるものでも少ししおれたりするとこの輪が出るようですけれど……これを見分けるのはちょっと無理そうですわ」
「我なら分かるぞ! 我は最強だからな! 食えるか食えないかくらい、あっという間に分かっちゃうのだ!」
「くそっ、ちょっと耳と尻尾が付いてるからって偉そうに……っ」
「それシフちゃんの凄さと何の関係もなくない? いえ、それとも関係あるの?」
「それは――」
「あの! ちょっといいですか!」
話が盛り上がり始めたところに、突然アプリコットの大きな声が響く。雑談を中断した全員が注目するなか、アプリコットは徐にロハスに話しかけた。
「ロハスさん。このキノコを毎年食べているということでしたが、だったら今回のこれは、村の人が選別に失敗したということでしょうか?」
「え? それは……どうでしょう? そもそもこんなにそっくりな毒キノコがあるということ自体今知ったわけで。でも、そうですね……」
アプリコットの言葉に、ロハスが真剣に考え込む。
「キノコを選別している人物が代替わりして、その未熟さ故に毒キノコが混じるようになった……というのは確かにあり得そうですけれど、でも一つや二つならともかく、これほど大量に混じるのは幾ら何でも不自然ですな」
「そうよね。何なら黄色い輪っかが出てるのは全部捨てちゃえばいいってだけだから、ここまで混じるのはおかしいわよね」
ロハスが地面にぶちまけた大量のキノコのうち、おおよそ三分の一くらいは毒キノコだった。食べたら死ぬ毒キノコがこの割合で混じっていたら、お世辞にも選別をしたなどと言えるものではない。
「ひょっとして、俺達を殺そうとしてたとか!?」
「確かに私達が通りかからなければ、皆さんはお亡くなりになっていた可能性が高いですが……」
「仮に食べなくても、売ったら商人として終わるって言ってたしね」
レーナの言葉に、リサが追従して頷く。だがそれを否定したのは他ならぬロハスだ。
「その可能性が皆無とまでは言わないけれど、流石にそこまで恨まれるような商売はしてないつもりだよ。それに私が売った毒キノコで死人が出たりしたら、その出所であるあの村だって当然叩かれる。そうなったら誰もあそこに行かなくなって、困るのは村の人達の方だろうし」
「なら、今年から生えるようになったのではないか? キノコは自分達だけだとそんなには広がらないが、人や動物にくっつくと遠くに生えることもあるぞ?」
「確かに、それが一番納得のいく理由ですな」
今までは食用のキノコしか生えなかった場所に、遠方の旅人の服にでも付いていた胞子が持ち込まれた。その結果去年までは存在しなかった毒キノコが今年から生え始めたという可能性は、ずっと毒キノコの存在を秘密にされていたとか、ましてや自分が暗殺されそうになったなどと考えるより、よほどロハスを納得させた。
だが、そんなシフとロハスの言葉に、レーナが口元を引きつらせながら言葉を紡ぐ。
「あの、私今、凄く嫌な予感が頭に浮かんできたのですけれど……」
「偶然ですねレーナちゃん。私もです」
「あはは、アタシも……」
「何だよリサ、何を思いついたんだ?」
「あー……つまりね、村の人達はアタシ達と同じかも知れないって事よ。去年までは安全だったキノコに、今年からいきなり見た目そっくりなのに食べたら死ぬ毒キノコが混じったりしたら……」
「……そう言えば、あの村では毎年採れたキノコを村の皆で食べるという習慣がありましたな」
恐ろしい、だがどうしようもない現実を前に、ロハス達が何とも言えない表情でそう口にする。しかしそんな空気を打ち砕くように、アプリコットが堂々と声をあげる。
「全速力です! レーナちゃん、私の背中に!」
「とうっ! ですわ!」
腰を屈めたアプリコットの背に、レーナが普通に乗る。かけ声は勇ましいが、レーナは一般的な身体能力しかないので、別に飛び乗ったりはしない。
「それじゃ皆さん、私達はその村に行きますので、毒キノコの処分と情報の共有をお願いします!」
「え、ええ、わかりました。これから向かう先で、商業ギルドを通じて伝えておきますが……その、今から村に行っても……」
「大丈夫です! 何せ私は鍛えてますから! では!」
「行くのだ!」
「れっつごー、ですわー!」
アプリコット達の姿が、あっという間に地平の彼方に消えていく。ポカンとそれを見送ったロハス達は、「聖女は凄いなぁ」という共通の感想を抱きつつ、料理を処分し、サンプルとして提出するために毒キノコと通常キノコをそれぞれ袋に分けて詰め込むと、改めて旅に戻るのであった。





