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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第五章 逃れ得ぬ断罪の刃

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「謎は全て解けました!」

 アプリコット達の巡礼の旅はその後も順調に進み、気づけば暦が秋の節に入っていた。まだまだ残暑は厳しいが、それでも照りつける日差しは幾分優しくなり、徒歩での移動も大分楽になっている。


「はー、風が随分涼しくなってきましたね」


「確かに、過ごしやすい季節になってきましたわね」


「うむ。この時期は森に美味しいものが沢山増えるから、我は大好きなのだ!」


 すっかり履き慣れた靴で街道を闊歩しながら、三人が空を見上げてそれぞれの感想を口にする。そうしてゆったりと旅を楽しみながら歩いていると、道の先の馬車だまり……街道の脇にちょっとした井戸などがあり、旅人が足を止めて休憩することができるスペース……に、何人かが火を焚いて休んでいる姿が見えた。


「おや、先客がいるようですね」


「いい匂いがするのだ……飯でも食っていたのか?」


「なら、ご挨拶して私達も少し休ませていただきましょうか」


 特に警戒することもなく、アプリコット達は馬車だまりへと近づいていく。だがそこにいた人達が妙な寝転び方をしていることに気づき、アプリコットが声をあげる。


「あれ、ひょっとして食後に寝ているわけじゃなく、倒れてたりしませんか?」


「大変ですわ!」


 三人が慌てて駆け寄ると、やや上等な服を着た小太りの中年男性と、革鎧を身につけ腰に剣を佩いた二〇代くらいの二人の男女が、火にかけられた鍋を囲んでぐったりとしている。その顔色は青を通り越して白くなり始めており、アプリコットが慌てて筋眼を発動すると、ビックリするほど近くに全く同じ見た目をした骨ローブの死神の姿が映った。


「うひゃっ!?」


 思わず拳を振るってしまったアプリコットだったが、神の力を宿していない状態ではただ素通りするのみ。そして拳がすり抜けた骨の顔が、少しだけ心外そうな雰囲気を醸し出した。


「いや、違うんですよ! 別に死神様の顔が怖かったとか、そういうのではなくて……って、それどころじゃないです! レーナちゃん、<癒やしの奇跡>の準備を!」


「いつでもいけますわ!」


「流石レーナちゃんです! では……見敵必殺、拳撃必滅! 我が拳は信仰と共に在り!」


 聖句を唱えると、アプリコットの体に神の力が満ちていく。それから腕を引き絞ると、ウキウキで魂の出待ちをしていた死神の骨顔に、何とも言えない苦み走った空気が感じられる。


「毎度毎度お仕事の邪魔をするのは本当に申し訳ないんですけれども! でも、関わっちゃった以上は助けたいんです! ごめんなさい! 盛者必衰、常識失墜! <理を砕く左の怪腕バニシング・サー・ワン>!」


 精一杯の謝罪の気持ちを込めながら、アプリコットが左の拳を振り抜く。すると死神は小さく手を振りながら遙か彼方まで吹き飛んでいき、それを確認したアプリコットがすかさずレーナに声をかける。


「レーナちゃん、今です!」


「わかりましたわ! 天にまします偉大なる神に、信徒たる我が希う。その信仰をお認めくださるならば、神の奇跡の一欠片を、今ここにお示しください……無病息災、無傷即再! <慈愛に輝く右の指先ヒール・ライト・フィンガー>!」


 レーナの指先から生まれた輝きが、倒れていた三人の体に降り注ぐ。すると程なくして全員が、軽く呻きながら目を覚ました。


「うっ……あれ? 私は一体……?」


「は、腹が……腹が……いた、くない?」


「アタシ達、助かったの……?」


「おおー、三人とも目が覚めたのだ!」


「もう大丈夫ですわよ」


 そんな三人に、レーナとシフが話しかける。すると若い男性が真っ先に反応し、腰の剣に手をかけて二人を庇うように体を動かした。


「誰だ!? 怪我をしたくなければ、今すぐ俺達から離れ――イテェ!?」


「馬鹿! 何やってんのよエディ!」


「リサ!? 何って、俺達は護衛なんだぞ!? 訳の分からねー奴が近くにいたら、警戒するに――イテェ!?」


「だからアンタは馬鹿なのよ! その子達の格好を良く見なさい!」


「格好って……」


 守っていたはずの女性に二度も頭を引っ叩かれ、エディがマジマジとレーナ達の姿を見る。だがエディが口を開くより先に、その後ろにいた中年男性が穏やかな口調で話しかけてきた。


「お嬢さん方は、聖女様ですね? 私はこの辺で行商をやっております、ロハスと言います。どうやら助けていただいたようですね、ありがとうございます」


「これはご丁寧に。私は見習い聖女のレーナですわ。見習いとはいえ神様の意を汲む者として、お困りの方を助けるのは当然ですわ」


「私も同じく見習い聖女で、アプリコットです! で、こっちはシフです」


「シフなのだ! よろしくな、おっちゃん!」


 恭しく頭を下げるロハスに、レーナがニッコリと笑って答える。それに次いでアプリコットとシフも挨拶をすると、エディが腰の剣に手をかけたままポカンと間抜けに口を開けた。


「み、見習い聖女? なら、俺達は……」


「だから助けてもらったのよ! ほら、アンタもちゃんとお礼言いなさい! ありがとうございます、聖女様方。私はロハスさんの護衛をしてます、リサです。で、こっちの馬鹿は相棒のエディです」


「誰が馬鹿だよ!?」


「命の恩人に剣を向ける人が、馬鹿じゃなくて何だって言いたいの?」


「うぐっ!? それは…………」


 リサにジッと睨まれ、エディが漸く腰の剣から手を離す。それから微妙に不本意そうな顔をしつつも、エディもまた頭を下げて礼を述べた。


「エディだ。その……助かった、ありがとう」


「どういたしまして。それで、皆さんは一体どうしてこんなところで死にかけておりましたの?」


「いや、それが……」


 レーナの問いに、ロハス達三人が困惑の表情で顔を見合わせる。その後代表して答えたのは、四〇代中盤くらいと思われるロハスだ。


「正直なところ、心当たりが全く無いのです。昼食を食べてすぐに猛烈な腹痛に襲われて、そこから先は……」


「食事……ということは、これに原因があるということですわよね?」


 言って、レーナは未だに火にかけられた鍋に目を向ける。中には雑多な具材を煮込んだと思われるスープが入っているが、それを見ただけでは何もわかりはしない。


「うーん、秋の節に入ったとは言えまだまだ暑いですし、痛んだ食材を食べちゃったとかでしょうか?」


「可能性としてはそれが一番高いのですが、私も行商人を二〇年以上やっておりますし、食材の管理には十分気をつけておりますから……」


「それに、今回の煮込みに入れたのって、いつもの干し肉と前の村で貰った野菜に、調味料の類いでしょ? 仮に干し肉がカビてたとか、野菜が見て分からない程度にちょっとだけ腐っちゃってたとかしたとして、多少お腹を壊すくらいならあるかも知れないけど、食べたら死んじゃうような状態になるかって言うと……ねぇ?」


「それは確かにそうですわね」


 同意を求めるようなリサの言葉に、レーナが軽く首を傾げつつも頷く。どれだけ旅慣れていようと、人間なら失敗することはある。が、それが旅の苦労話を一足飛びに越えて致命になるようなことはまずない。流石に命に関わる内容なら、誰だって二重三重にチェックするのだ。


「なら、料理を作るのに使った水はどうです? そこの井戸の水ですよね?」


「それも考えましたが、ほら、そちらのロバが……」


「ぶるるるる……」


 ロハスが視線を向けた先では、荷物をつけたままのロバがのんびりと草を食んでいる。その近くには水の入った木桶もあり……つまり人間だけに作用する猛毒が投げ込まれてでもいなければ、井戸水は無害だということだ。


「となると……」


「クンクン…………お前達、これを食べたのか?」


 と、そこで鍋の匂いを嗅いでいたシフが、鍋の中から具材を一つ取り出す。


「シフ、それは?」


「毒のキノコなのだ。こんなの食べたら死ぬに決まってるのだ」


 アプリコットの言葉に、シフがあっさりと答えを告げる。謎の殺人犯の正体は、こうしてあっさりと判明した。

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