「よくわからないけど、解決しちゃいました……?」
「なんと、そんなことが……!? わかりました、すぐに村の者を集めましょう」
村に戻り、レーナの話を聞いた村長ナザレは真剣な表情で頷いて対処を約束してくれた。そうして翌日、集まった一〇人ほどの村の男性陣と一緒にアプリコット達も再び森へと入っていったのだが……
「えっ!?」
辿り着いた、昨日と同じ場所。だがそこには何も無かった。放置された大量の獣の死体どころか、地面に染みた血の跡すらない。唯一下草が折れていたりすることからそこに何か重い物が置かれていたであろうことくらいはわかるが、それだって普通に獣が寝ていただけだと言われてしまえば、何の証拠にもなりはしない。
「これは一体どういうことですの!? あれだけあった死体が、全部綺麗になくなるなんて……!? シフさん、ここは間違いなく昨日と同じ場所なんですわよね!?」
「むぅ……」
勢い込んで問いかけてくるレーナに、しかしシフは何とも渋い顔で眉根を寄せる。
「我は森の中で道を間違えたりしないのだ。だからここは間違いなく昨日と同じ場所なのだ。でも……」
「でも? 何ですの?」
「あれだけクサかったら、最低でも一月は臭いが残るはずなのだ。なのにここには何の臭いも残っていないのだ……だから我にも良くわからないのだ」
「そんなぁ……」
「あの、レーナさん?」
愕然とするレーナに、ナザレが声をかけてくる。するとレーナは顔の前で激しく手を振り、慌てて弁明を始めた。
「ち、違いますわ! 昨日は確かにここに、大量の獣の死体が散乱していたのですわ! 決して嘘をついたりしたわけでは――」
「あー、いえ、別にレーナさん達が嘘をついたなどとは思っておりません。ただ、だとすればどういうことなのかなと思いまして」
出会ってすぐというのならともかく、レーナが村人達の怪我や病気をかいがいしく治療していたことも、シフが若衆と一緒に狩りに出て獲物を持ってきてくれたことも、ナザレを初めとしてこの場の全員が自分の目で見て、その恩恵に預かっている。
唯一アプリコットだけはリックへの対処のために人目に触れづらい教会で活動していたためあまり知られていないが、三人が揃って話をしているのだから、それはこの際関係ないとして……そういう実績があるのだから、ナザレはレーナの言葉を疑ったりはしていない。そして、だからこそ問題なのだ。
「大量の獣の死体を、血の一滴すら残さず処分するなど、できるものなのでしょうか?」
「それは何とも……少なくとも、私達にはできませんわ。というか、もしそんなことができるなら、昨日の段階でしておりますもの」
「でしょうなぁ。となると……」
「ひょっとして、魔法師の人がやったのでしょうか?」
ナザレの呟きに、アプリコットが続く。すると周囲の視線がアプリコットに集中し、それを受けたアプリコットが更に言葉を続けていく。
「私にはわかりませんけど、そういう魔法もあるのかな、と。昨日ここにいなかったのは後片付けの準備をするためだったと考えるなら、一応筋は通るかなと思ったんですが……」
「つまり、その真っ黒な魔法師の方は最初からあれを放置するつもりはなくて、私達はたまたま『片付けの準備』をしているときにここを見つけてしまった、と?」
「確かに、そうであるなら何の問題もありませんな。いやはや、魔法とは凄いものですなぁ」
首を傾げるレーナを横に、ナザレが納得したように頷く。感心するようなその表情には、既に問題が解決したという安堵が見て取れる。
実際、そういうことであればこの話は終わりなのだ。魔法師はここで魔力を増す魔法薬を作る材料を調達し、自分が生み出した惨状も自前で片付けて立ち去った。アプリコット達はたまたまその隙間、掃除前の状態を目にしただけであるというのなら、誰も何も悪くないということになる。
「うぅ、申し訳ありませんでしたわ、村長さん」
「いえいえ、厄介な問題が起こりそうだったのをきちんと教えていただいたのですから、謝っていただくことなどありませんよ」
「そうだぜレーナちゃん。余計な仕事が増えたってんならともかく、無くなったんなら大歓迎だ!」
「だよなぁ。放置するわけにはいかねーから来たけど、腐った死体の山を片付けるなんて、やらなくて済むなら一番だぜ」
ペコリと頭を下げるレーナに、ナザレを初めとした村人達が口々にそう声をかける。その後はすることもなくなった全員で一端村に帰り、解散してそれぞれが自分の仕事に戻っていった。当然アプリコット達も奉仕活動を再開し……そして三日後、一行は何事もなく村での滞在を終え、次の旅路についたのだが……
「うーん…………」
「アプリコットさん、どうしましたの? ここしばらく、ずっと難しい顔をしてますけれども」
「レーナちゃん……いえ、特に何かあるわけではないのですが……」
心配して声をかけてくれたレーナに、アプリコットは苦笑して誤魔化す。実際、特別に何かを悩んでいるわけではない。ただ単純に、自分の中で消化しきれない感情を持て余しているだけなのだ。
だが、それではレーナだって納得しない。アプリコットのほっぺたをプニプニと突きながら、その顔を覗き込むようにしてくる。
「何かお悩みがあるのですか? 私で良ければ、いつでもお話をお聞きしますわよ?」
「そうだぞアプリコット。我だってママさえくれれば、誰の話だって聞くのだ! あとお前なら、特別にママをくれなくても話を聞いてやるのだ!」
「ふふふ、ありがとうございます二人とも」
心配してくれる友達に、アプリコットは笑顔を返す。その後はチラリと後ろを振り向くと、頭の中から悩み事を吹き飛ばした。考えてどうにかなるものでもないなら、無駄に悩んで今を楽しまないのは損なのだ。
「そういうことなら、二人から元気をもらいましょう! えいっ!」
「きゃあ!?」
「ぬあっ!?」
アプリコットは二人を抱き寄せ、レーナとシフのほっぺたで自分の顔を挟み込んだ。ムニムニとプニプニにサンドされたアプリコットの顔からは、幸せオーラがプルプルと溢れ出ている。
「ふふっ、くすぐったいですわアプリコットさん」
「何だ、匂い付けをしたいのか? なら我もグリグリしてやるのだ!」
「うひゃっ!? それはちょっと激しすぎます!?」
「シフさんには負けていられませんわ! 私も、ぐりぐりー!」
「レーナちゃんまで!? えーい、受けて立ちます! 二対一だからって、私に勝てると思わないでください!」
楽しげに笑いながら、ほっぺをグリグリ押しつけ合う三人の少女達。ほんのわずかな謎を残しつつも、見習い聖女達の旅は今回もまた一つの終わりを迎え、新たな始まりに向けて歩き出すのだった。
そこは村から遠く離れた、とある高い山の上。黒い帽子に黒い外套、真っ黒黒の存在が、その頂に座って一人小さくため息を吐いた。
「フゥ。まさかとっくに絶滅させたはずの白枯れの血族があんなところにいるトハ、とんだ計算違いデシタ。まあ未熟な個体のようデシタし、あの程度の隠蔽でも問題無いデショウ」
いつか神を屠るために造られたかの者達は、生やした牙にて魔力を喰らう。喰われた獲物はその身が白く枯れ果てるため、ついた字は白枯れの一族。その目的の為に白枯れの鼻はより良質な魔力を嗅ぎ分け、獲物を狙えるようになっているのだ。
「それに……ああ、残念ながらあの薬は飲まれなかったようデスネ。まああの状況で薬を飲まれたら、白枯れの子供に獲物をかっさらわれていたデショウから、結果は変わらなかったのかも知れマセンが」
無知蒙昧なる人の身からすれば、それは魔力を増やす奇跡の薬。だがそれを造れる者達が用いる真の意味は、調味料である。
「久しぶりに魔力漬けの心臓が食べられると思ったのですが……残念デスネ」
魔力を持つ獣の生きた心臓を喰らえば、その魔力を我が身に取り込むことができる。だがどうせ喰らうならただの生肉より味付けされた美味い心臓の方がいいに決まってるし――そして当然、人もまた獣である。





