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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第四章 薬師と聖女

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「流石にそれは無いと思います……」

「心臓喰いの悪魔、ですの?」


「むぅ、何だそれは! 我のとーちゃんやご近所さんは、悪魔なんかじゃないぞ!」


 アプリコットの呟きを聞き取ったレーナが首を傾げ、シフが抗議の声をあげてくる。するとアプリコットは慌てて顔の前で手を振りながら言葉を続けた。


「あ、いえ、別にシフの村の人達の話じゃありませんよ。勇者と聖女のお話のなかに出てくる悪魔がいるでしょう? あの悪魔は、そうやって生き物の心臓を食べて強くなっていたようなのです。で、悪魔の強さというのはそのまま魔力の強さなので……」


「へー、そんな話初めて聞きましたわ……あれ? でもアプリコットさん、以前は『歴史には詳しくない』と仰っておりませんでしたか?」


「ぬがっ!? そ、それは…………あれです。基本的には詳しくないですけど、それはしっかり覚えていたんです。だってほら、そんな話を聞いたら忘れられないでしょう?」


「まあ、そうですわね」


 何故か焦ったように誤魔化すアプリコットに、レーナはとりあえず納得する。確かにそんな衝撃的な話、一度聞けば二度と忘れることはないだろう。


 ちなみに、シフは「勇者と聖女」の話も知らなかったので、あの日孤児院でしたのと同じ話をレーナが語って聞かせた。それによりシフもアプリコットの言わんとすることを理解はしたが、だからこそその顔を少しだけ不安げに曇らせる。


「ということは、我のとーちゃん達が獣の心臓を食べたりしてたのは……」


「『人を悪魔に近づける呪い』の一環ではないかと」


「じゃ、じゃあ僕が鹿とかイノシシとか、そういう動物を狩ってその心臓を食べると、僕にも耳や尻尾が生えてくるってことかい?」


 アプリコットの見解に、ジッと黙って話を聞いていたイリアスが言葉を割り込ませてくる。いい年をした大人の男性として、いくら魔力が増えるとしても、ケモ耳や尻尾が生えるのを許容するのはなかなかに難しいのだ。


 そしてそんなイリアスに、アプリコットは小首を傾げながら答える。


「うーん、それはどうでしょう? 普通の人が食べた場合、魔力が増えるのか増えないのかもわかりませんし、食べ続けて大丈夫かどうかもわかりません。ただ一つ言えることは……」


「……何だい?」


 ゴクリと唾を飲み込むイリアスに、アプリコットがとても嫌そうな顔をする。


「まだ生きてる獣の体を斬り裂いて、脈打ってる心臓をそのまま食べるような人と仲良く暮らしていける人は、多分あんまりいないと思います。加えて言うなら、そういう人が作った魔法薬を使いたいかと言われると……」


「あぁぁぁぁ…………それは、うん。そうだね。確かにそうだ」


 その言葉に、イリアスは思い切り気の抜けた声を出した。手や口元を血まみれにしながら生き肝を生で丸かじりするような奴が近所にいたら、自分だって警戒する。しかも「こうすると魔力が増えるんだ」と笑顔で告げられたりしたら、息子には絶対に近づくなと厳命することだろう。


 ならこっそり食べればいいか? その結果何かの拍子で村人に見つかったりしたら、それこそ最悪だ。村を追い出されるくらいならマシな方で、イリアスの脳内には強い敵意に塗れ、鋤や鍬で武装した村人達が、心臓を喰らう自分に襲いかかってくる姿がありありと思い浮かんでしまった。


「無いな、これは無いや……ごめんねレーナ君。僕から頼んでおいて何だけど、さっきの話は無かったことにしてくれるかい?」


「え、ええ。私もその方がいいと思いますわ」


 頭を下げるイリアスに、レーナが心からの同意を返す。悩んではいても追い詰められているわけではないイリアスからすると、耳や尻尾くらいならまだギリギリ悩む余地があったが、そこまでいくともう駄目だ。


 村人達との関係を全て捨てて山奥にでも隠遁するなら選べもするが、そんな本末転倒な結論を出すほどイリアスは愚かではなかった。


 その後もいくらか雑談を続けたが、結局のところこれといった解決策を思いつくことはなかった。アプリコット達がイリアスの家を出る頃にはすっかり日が暮れてしまっており、村長家で美味しい夕食をご馳走になると、すぐに無人の教会に戻って寝る準備を始める。


 ベッドのある部屋は二つあったが、一つのベッドは小さく二人で寝るのも厳しい。が、そこはアプリコットがひょいとベッドを持ち上げて運び、狭い部屋にベッドを二つくっつけて置くことで、同じ部屋で三人寝られる状況を作り出した。


 そうして三人が寄り添いながらベッドに横になり、後は部屋の明かりを消して寝るだけ……となったところで、徐にレーナが話を始める。


「され、それじゃ後は寝るだけですけれど……明日からはどうしますか?」


「む? ホーシカツドウをするのではないのか?」


 レーナの言葉に、尻尾があるせいで横向きに寝ているシフが、その尻尾をファサリと揺らしながら問う。鼻先をくすぐられたアプリコットがクシュンと可愛いくしゃみをしたが、それを気にせず……内心では「可愛らしいですわぁ」と思いつつ……レーナが話を続ける。


「そのつもりでしたけど、ほら、リック君を取り巻く問題が、結局何も解決できなかったというか、解決する目処すら立ちませんでしたから。このまま奉仕活動をしてしまうと、彼の立場が酷く悪くなってしまうんじゃないかというのが、どうにも気になるんですわ」


 如何に神の奇跡の力を借りられようと、聖女は所詮人間であり、できないことは幾らでもある。それを自覚し己を戒めることも巡礼の旅の目的の一つなので、問題が解決できなかったことそのものは、レーナも気に病んではいない。


 が、これからやろうとしていることで、明らかに誰かが酷い目に遭うのがわかっているとなれば話は別。どうにかしたいとは思うが、こちらもやはり明解な解決策というのは思いつかなかった。


「一番簡単で穏便なのは、私達がこのまま何もせず、明日の朝に村を出ていってしまうことですわ。そうすれば悪戯をする対象がいなくなったリック君が責められることもなくなりますし、平穏無事に終わるでしょう。


 でも、それではリック君の悪戯を諫めるという村長さんとのお約束が守れませんし、そもそも私達の次に来た聖女様や見習い聖女の子、あるいは神子さんなどが悪戯をされてしまいます。見て見ぬ振りで逃げ出すのは、ただの先送りですわ」


「なら、やっぱりホーシカツドウを普通にやって、悪戯しに来たリックをガオーッとするのか? 我に任せれば生意気なガキなんて、一発でチビらせることができるぞ!」


「私達が今回を乗り切るだけなら、それも一つの手ではありますけれど、やっぱり根本的な解決にはなりませんわ。あるいはもっと徹底的にやって『聖女を怒らせると怖い』と思わせれば、悪戯はしなくなるでしょうけど……それもまた納得のいく手段ではありませんし」


「むーっ、ならどうするのだ?」


「それがわからないから、こうして悩んでいるのですわ。はぁ……どうしたものでしょうか?」


 不満げに唸るシフに、しかしレーナもまた軽くため息を吐く。短絡的な解決法なら幾らでもあるが、真にリックのためになる解決法……リックの中のわだかまりをどうにかする方法となると思いつかない。


 というか、そもそもリックの中にある自分勝手で見当違いな思い込みこそが問題なのだから、それを解消する以外に適切な解決法などあるはずもないのだ。


「ねえアプリコットさん? 貴方も何か……アプリコットさん?」


 道理の通らない子供に、道理を教えて道理を通す。その難しさに頭を悩ませるレーナがシフ越しにアプリコットの方を見ると、その口元がまるで猫のようにニュフッと笑っているのが見えた。


「そのお顔……何かいい方法が思い浮かんだのですわね?」


「ふっふっふ、その通りです! では今からレーナちゃんとシフに、私のとっておきのアイディアを披露しましょう!」


 そう言って、アプリコットが修正された「男の子を改心させよう大作戦」の内容を説明していく。それを聞き終えたレーナは、呆れと感心の入り交じった表情を浮かべて部屋の明かりを消した。


「何ともアプリコットさんらしいというか、アプリコットさんにしかできないというか……ですがそういうことなら、ひとまずお任せしますわ」


「こっちは我に任せて、アプリコットは好きにやればいいのだ! ま、駄目だったら我がガオーッとしてやるから、安心するのだ!」


「ありがとうございます、二人とも。それじゃ……」


「「「おやすみなさい」」なのだ」


 声を重ねて挨拶をして、目を閉じれば一日が終わる。安らかな眠りの先に待っている明日が、果たしてどうなるかは……今はまだ誰も知らない。

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