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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第四章 薬師と聖女

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「驚愕の事実が判明しました!」

「なあオイ、最初からずっと気になっていたのだが、マリョクとは何なのだ?」


「えっ!?」


 つまらなそうに尻尾の先の毛繕いをしていたシフが、不意にそう問うてくる。だが改めてそう聞かれてしまうと、アプリコットもレーナも上手く説明することができない。


「魔力は……えっと……一部の男性だけが持つ、不思議な力、でしょうか?」


「不思議な力と言われてもわからないのだ!」


「そうですよね。でもそれ以上にどう説明すればいいか……」


 自分達もまた、魔力を持っているわけではない。故に答えに窮するアプリコット達を見て、イリアスが笑いながらテーブルの上で右手を伸ばす。


「ははは、確かに分からないよね。シフ君だったかな? 僕の手を握ってごらん?」


「ん? こうか?」


「そうしたら……んっ!」


 小さなうめき声をあげて、イリアスがシフと繋いだ手に力を込める。すると……


「……? 別に何もないぞ?」


「あー、うん。一応今、魔力を出してる感じなんだけど……まいったな」


 イリアス的には魔力を放出しているつもりだったが、残念ながら出力が弱すぎてシフは何も感じなかった。情けない笑みを浮かべるイリアスに、すかさずレーナがフォローを入れる。


「あ、あの! なら何かこう、魔法を使ってみせていただくのはどうでしょうか? 小さな火を指先に灯すとか、そういう魔法がありましたわよね?」


「確かにあるけど、ちょっと無理かな? 魔力を魔法現象として発現させるのは錬金術とは違う系統の技術だし、一定以上の魔力をずっと放出し続けないとだから、難易度が高いんだ。


 ちなみに、魔力が少なくても技術さえあれば何とかなるのは、魔導具の作成だね。次が魔法薬の調合で、魔法現象の発現は一番魔力が必要なんだ」


「へー、そうなんですのね」


「え、魔導具って、魔力が少なくても作れるんですか?」


 意外な事実に驚くアプリコットに、イリアスが更に話を続ける。


「勿論、物にもよるけどね。魔法薬の調合なんかは一度に済ませなければならないけれど、魔導具は大抵の場合無数の部品を組み合わせて作るだろう? つまり一番大きな部品を作るだけの魔力があれば、時間をかけて休憩を挟むことで巨大な魔導具だって作れるってことさ」


「おお、確かに!」


「まあ、そんな無理しても効率は最悪だろうけどね。もし僕が薬師じゃなくて技師だったなら……やっぱり厳しかっただろうなぁ。同じクオリティの物が作成できたとしても、今までの何十倍も時間がかかるってなったら、とても仕事としては受けられないだろうから」


「おぉぅ、確かに……」


 苦笑するイリアスに、アプリコットも困ったような顔で続く。それでも同じ品質を維持できるなら技師の方がまだやりようがある気もするが、そんなたらればを話したところで意味が無い。


 と、そこでずっと手を繋いだままでいたシフが、そのままイリアスの手に顔を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぎ始めた。


「フンフン……」


「シフさん? 何をしてらっしゃるんですの?」


「いや、何かこう……もの凄く薄いけど、こんな匂いを嗅いだことがあるような気がするのだ」


「匂い? それって――」


「というか、ごめん。今更なんだけど、この子は何なんだい? 耳と尻尾が生えてるんだけど……?」


「ああ、シフはですね……」


 ケモノ少女に手の匂いを嗅がれて困惑するイリアスに、アプリコットがいつもの説明をしていく。だがその間にもシフは眉間にキュッと皺を寄せながらひたすらに匂いを嗅ぎ続け……ついにはイリアスの手をペロリと舐め上げた。


「ひゃあ!? な、何だい!?」


「匂いが薄すぎてよくわからないのだ! だから味も確かめればわかるかと思ったのだ」


「味って……僕の手から味がするとしたら、薬草とかの味だと思うけど……?」


「いいから黙って舐められるのだ!」


「えぇ……?」


 繋いだままの腕を引っ張られ、匂いを嗅がれペロペロ舐められ、イリアスが縋るような目でアプリコット達を見てくる。が、アプリコット達からしてもシフの行動の意図がわからず、どうするべきかが判断できない。


 とは言え、流石にこのまま舐めさせ続けるのはよくないだろう。そう思ったレーナがシフを止めようとした、正にその時。


「わかったのだ!」


 バンッとテーブルを叩きながら、シフが勢いよく立ち上がった。やっと手を離され、ベチョベチョになった手をどうしたものかとしかめっ面で見つめるイリアスをそのままに、レーナがシフに声をかける。


「シフさんはもう少し落ち着いてくださいませ……で、何がわかったんですの?」


「マリョクというのが何なのかがわかったのだ! なるほど、村のあんちゃん達が使ってたのがマリョクなのだな! おっちゃんのは弱すぎて、よーく調べないとわからなかったのだ!」


「あ、ああ、そうだったのか……まあ、うん。わかってもらえたなら、やってみた甲斐があった……のかな? ははは」


 ウンウンと一人いい顔で頷くシフに、ハンカチで手を拭きながらイリアスが引きつった笑顔を見せた。だが続いた言葉には驚愕せざるを得ない。


「何だ、これを増やしたかったのか。なら簡単だぞ?」


「何だって!? ど、どういうことだい!?」


 今度はイリアスが叫びながら立ち上がり、テーブルを回り込むとシフの肩を掴んで問い詰める。必死の形相は並の子供ならば怯えるほどに鬼気迫っていたが、生憎とシフは並の子供ではないので、平然とそれに答える。


「マリョクが強い獲物を狩って、その心臓を食えばいいのだ」


「心臓を? それは…………」


 その言葉にイリアスが俯いて考え込み、しかしすぐに首を横に振る。


「いや、そんなはずない。そんなことで魔力は増えないはずだ。他者の魔力を取り込もうと考えるなら、その血肉を喰らうのは最初に思いつく手段で、そんなことは歴史上数え切れない程繰り返されているはず。


 というか、狩った獣の肉を食べるなんて当たり前の行為で魔力が増えるなら、とっくに誰かが気づいてなきゃおかしい。肉なんてみんな食べてるわけだしね」


「シフさんのその……白銀? の一族だけの特徴ということはありませんの?」


「むぅ? そんな事言われてもわからないのだ。ただ我の村ではそう言われていて、実際に食べれば食べただけマリョクが強くなってたのだ」


「種族特性、か……ありそうだね。それだと僕には無理みたいだ」


 途端に表情を暗くしたイリアスが、ガックリとその場に膝を突く。そこにレーナが寄り添うが、アプリコットの方はまっすぐにシフを見つめて問いかけを続ける。


「シフ。心臓を食べるというのは、何か条件がありませんでしたか?」


「条件? ああ、そう言えば獲物が生きている状態で心臓を抜き取って、それをそのまますぐに食べないと駄目だと言っていたな。時間が経ったり焼いたりして命が失われてしまうと、もうマリョクは増えないと言っていたのだ」


「な、生食!? 種族じゃなくて、それが条件なのか!? それなら僕にも……」


「いやいや、無理ですわよ!? 生の心臓をそのまま食べたりしたら、お腹を壊してしまいますわ!」


「それは……どうだろう? 新鮮な肉なら、生でも食べられると聞いたことがあったような……あるいは、君達が<癒やしの奇跡>を使ってくれれば、万が一があっても大丈夫なんじゃないか?


 なあ、頼むよ! せめて一度! 一度だけでいいから、試させてくれないか!?」


「えぇぇ!? そんな、どうすれば……ねえアプリコットさん、どうしましょう? アプリコットさん?」


 縋り付くイリアスに、今度はレーナが戸惑いの声をあげる。だがいつもならば笑顔で応えてくれるはずのアプリコットはというと……


「……心臓喰いの悪魔」


 まるで周囲の声など聞こえていないかのような真剣な顔でキュッと唇を噛み締め、小さくそう呟いていた。

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