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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第四章 薬師と聖女

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「昔の話を聞きました!」

「村長さんから聞いているかも知れないけど、僕の父もまた薬師でね。父の作る魔法薬の効果は素晴らしくて、偉い貴族の人なんかにも褒められたことがあるくらいなんだけど……そんな父でも、治せない病気というのはあるものでね。僕が一〇歳の頃に母が亡くなり、その傷心を癒やすためか、父は都会の喧噪を離れ、この小さな田舎村に移住することを決めたんだ」


 アプリコット達に説明するため、という理由で自分の過去を語り始めたイリアスの中に、当時の記憶がゆっくりと蘇っていく。子供の頃の自分の気持ち、大人になった今だからこそ推測できる親の気持ち。甘くて苦いその味は、まるで蜂蜜を入れた薬草茶のようだ。


「当時もこの村には聖女様はいなくてね、村の人達は大歓迎で僕達親子を受け入れてくれて、家まで建ててくれたんだ。


 ああ、ちなみにこんな村はずれに家があるのは、素材の採取に都合がいいのと、魔法薬の調合の際に強い臭いが出ることがあるからだよ。むしろ周囲の木を切ってこんなところに家を建ててくれた村の人達に、父さんはいつも感謝してたくらいさ」


「ああ、そういう理由があったんですわね」


 楽しげに笑いながら言うイリアスに、レーナも微笑みながら相槌を打つ。どうして一軒だけこんなところに、と思っていたが、理由を聞けば納得だ。


「そうして始まったここでの生活は、言ってしまえば平穏そのものだったよ。顔の見える相手に直接感謝されるって、凄くやり甲斐を感じるんだ。実際父さんもこの村に引っ越して来て少ししてから、徐々に良く笑うようになったしね。


 で、僕はそんな父さんを心から尊敬してたし、薬師って仕事にも憧れてたから、子供の頃から父さんを手伝って、大人になってからも二人で一緒に仕事を続けた。


 買い出しに行った町で素敵な女性と巡り会い、結婚して子供も生まれて、何もかも順風満帆だったんだけど……リックが生まれて五年後のある日、父さんが死んでしまったんだ」


 イリアスの表情が、ギュッと厳しく引き締められる。黙って待つアプリコット達に、イリアスがお茶を一口飲んでから話を続けていく。


「ああ、死んだと言っても事件とか事故とか、そういうのじゃないよ? 前の日の晩まで普通に食事をしてお酒を飲んで、明日は何をしようかなんて相談してて……そして次の日、目覚めなかった。ただそれだけのことさ。まだ六〇歳にもなってなかったから早いとは思ったけれど、それでも孫の顔を見てから死んだわけだし、いくら凄い魔法薬が作れたからって、寿命まではどうしようもないからね。


 村の人達も凄く悲しんでくれたし、みんなで葬儀もやってくれた。だから僕もちゃんと父さんを送り出すことができて、これからは父さんの分まで僕が魔法薬を作って、この村の生活を支えようって決意も新たに頑張ろうと思ったんだけど……その時初めて、僕は魔法薬が作れなくなっていることに気づいたんだよ」


「えっ!? 何でですか!?」


 いきなりな展開に、アプリコットが思わず声を上げる。それに対してイリアスは、皮肉と自嘲の入り交じった笑みを浮かべて話を続ける。


「ははは、そう思うよね? 僕も何で突然? と酷く驚いたものさ。まさか魔力が不安定になるほど落ち込んでたのかとか、生前に父さんが防犯的なものを家に仕込んでいたんじゃないかとか、色々と考えたり調べたりして、でもどうしても原因がわからなくて……


 それで結局、もう一度町に行って調べてもらったんだ。そうしたら……笑っちゃうよ、何と僕にはほとんど魔力がなかったんだ」


「……? それは、どういう……?」


 卑屈に笑うイリアスの言葉に、しかしシフはともかく、アプリコットやレーナは意味がわからず更に困惑を深める。魔力が無い男性は別に珍しくもなんともないが、であればそもそも魔法薬など作れないはずなのだ。


 そしてその疑問の答えは、すぐにイリアス自身の口から語られる。


「どうもね、僕は特異体質らしいんだ。自分の魔力はほとんど無いんだけど、空っぽの器に自分と波長の近い他人の魔力を満たして、それを自分のもののように使えるらしいんだよ。


 つまり、僕が魔法薬を作れていたのは、僕の側に優れた魔力を持つ存在……父さんが一緒だったからなんだ。でも父さんが死んで、僕に魔力を供給してくれる人がいなくなってしまった。だから僕は魔法薬が作れなくなっちゃったんだよ」


「……そんな人がいるなんて、初めて聞きましたわ」


「私もです。ビックリですね」


 イリアスの告白に、アプリコット達は言葉を失う。聖女である自分達は、その奇跡の力が神様からの借り物であることを常に自覚している。だからいずれそれを還し、終導女となることは最初からわかっていることだ。


 だが、魔法師の持つ魔力は、自分の中に宿る自分自身の力だ。それがある日突然「実は他人から借りていたものだった」と言われれば、その衝撃はどれほどだろうか?


「それを知って、正直かなり悩んだよ。でも三〇歳を過ぎて結婚して子供もいるのに、今更別の仕事を探すってわけにもいかないだろう? だから少ない魔力でも作れる薬を今も必死に研究してるところなんだけど……効果はまあ、ね。さっきの話を聞くと、君達も見たんだろう?」


「「あー……」」


 言われて思い出すのは、大怪我をした若者達の状態。レーナはともかくアプリコットはちゃんとした(・・・・・・)魔法の回復薬の効果を知っているだけに、あれをそうだと認めるのはちょっと……いや、かなり厳しい。


「あれでもちょっとした切り傷とかには、まあまあ効くんだ。実際村で需要があるのは水仕事で出来たあかぎれの治療とか、そういうのが一番多いからね。なんで今は息子と二人で何とか暮らしていけるくらいの収入は得られてる。


 ただ、そこに至るまでの間はなかなかに厳しくてね。父さんが死んで薬が作れなくなった翌年には、こんな生活続けられないと妻に離縁されてしまった。妻はリックも連れて行くつもりだったようだけれど、リックが強固に僕と一緒にいることを望んだから、今はこうしてここで二人暮らしをしてるってわけさ」


「……………………」


 苦笑するイリアスに、アプリコット達は言葉が出ない。辛いときにそれでも支え合える家族は素敵だと思うけれど、そのために自分の人生を犠牲にするのが当然だと考えるのは傲慢だと言うことくらいは、子供である二人にもわかる。人生に「絶対にこうすべき」などという正解はないのだ。


「むーん……随分と長い話だったが、結局リックとかいう子供がアプリコットやレーナを嫌う理由は何処にあったのだ?」


「ちょっ、シフさん!?」


 と、そこで話を聞くのに飽きてきたシフが、遠慮無くそう口走る。それにビックリしたレーナがすぐにシフの口を塞ごうとしたが、他ならぬイリアス自身がそれを手で制して話を続ける。


「ごめんごめん。そうだね、その話もしないとね。と言っても、特別に深い理由なんていうのは無いと思うんだよ。僕にとって父さんが尊敬する人物であったように、息子に……リックにとっても、僕は尊敬すべき薬師だったんだ。


 だから聖女様が村に現れず、僕だけがここで薬を作り続けていれば、昔のように村の人達が僕を頼るだろうって、それだけの浅い考えで聖女様を嫌ってるんだと思う」


「とすると、リック君が考え方を変えるには……」


「僕が昔みたいに、聖女様が使う奇跡にも負けない優れた魔法薬を作れるようになればいいってことだね。まあ、それが一番難しいんだけど」


 そう言って頬を掻くイリアスの姿に、アプリコット達は思わず頭を抱える。聖女になりたいと願ったフランソワにならまだ助言のしようもあったが、男性しか持ち得ない魔力の増やし方など、完全な門外漢だ。


 単純な問題ほど、解決が難しい。ほどよく冷めたお茶は体の中をポカポカと温めてくれるが、いいアイディアまではもたらしてくれなかった。

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