「お話を聞いて回りました!」
「それで、具体的にはどうしますの?」
方針は決まったが、行動までは決めていない。首を傾げて問うレーナに、シフが興奮気味に尻尾をファサファサ揺らしながら言う。
「そんなの、捕まえてガオーッてしてやればいいのだ!」
「シフさん!」
「あはは、それは本当に最後の手段ですね。とりあえずは道行きがてら村の人にその子の事を聞きつつ、薬師のお父さんの話を聞きに行きましょう! あの、村長さん? その二人の名前と、家の場所を教えていただけませんか?」
「おお、そう言えばお教えしてませんでしたな。父親の方がイリアスで、子供はリック。家は村の西にある森の中ですが、道が続いているのですぐに分かるかと思います……いい大人である我らが、年端も行かぬ聖女様方にこのようなことをお頼みするのは恥ずかしいのですが、どうかあの子を良い方向に導いてやってください」
アプリコットの問いに答えると、村長ナザレが改めて頭を下げる。そんな二人に見送られつつ教会を出ると、アプリコット達は早速聞き込みを始めたわけだが……
「リック? ああ、いい子だよ。アタシが腰が痛いって言ったら、畑仕事を手伝ってくれたりして」
「リック君? うーん、普通? あ、でも、将来はお父さんの後を継ぐんだって言って、色々勉強してるらしいよ」
「リックぅ? あー、あいつか。神子さんに悪戯しまくってた頃はどうしようもねぇガキだと持ってたけど、今じゃすっかり真面目になって、偉いもんだ
「うーん……思ったよりもずっと評判がいいですね」
「ですわね。アプリコットさんに泥団子を投げたというから、もっとこう……『悪戯小僧!』って感じかと思っておりましたけれど」
「みんなまっすぐこっちを見て話してたから、そいつを庇って嘘をついてるとかって感じじゃなかったのだ」
道すがら出会った人の話を聞く限り、リックの評判は決して悪くなかった。三年前にやってきた神子さんを半年にわたる悪戯で追い出したことに関しては顔をしかめる人も多かったが、それすらも『所詮は子供がやったこと』だと流してしまっている人が多い。
無論なかには厳しい目を向けている人もいたが、あくまでごく少数。これまで何十年も薬師の存在によって聖女に頼ることなく過ごしてきていた村人からすると、リックは「ごく稀に通りすがりの旅人に意地悪するだけの子供」という程度の認識であった。
「でも、だからこそ怖いですね」
「? 何がですの?」
不思議そうな顔で首を傾げるレーナに、アプリコットが真面目な顔で言葉を続ける。
「人の評価というのは、ちょっとしたきっかけでもあっさり反転しちゃったりするのです。特に今回は、レーナちゃんが村の人をお助けしたので……」
それはここ数年、村人が大きな怪我や病気をしなかったからこそ表面化しなかった問題。頼りになったはずの薬師は代替わりして腕が落ちてしまい、村人の負った怪我を治せなかった。しかもそれをふらりとやってきた見習い聖女が、あっさりと治してしまった。
ついさっきのことなので今はまだ話が広がっていないが、助けられた若者達やその家族から、その事実が村人達に伝わるのはもはや時間の問題だ。そうなれば薬師に対する無意識の信頼は落ち、代わりに聖女の価値は飛躍的にあがるだろう。つまり聖女が行商人などと同じように、「村に大きな利益をもたらす、歓迎すべき旅人」に昇格するのだ。
そうなれば、その聖女に悪戯をして追い出してしまうリックの立ち位置は大きく変わる。村に被害が出る……ましてや自分や家族の命に関わる問題に発展するとなれば、流石にリックを庇う者はいなくなるだろう。だがリックがそれで考えを変えるかと言えば……
「実際に村の人達を助けた私達に泥団子を投げつけて追い出そうとしたなんて知られたら、きっとリック君はとても怒られると思うのです。でもそれでリック君が反省して、私達と和解するかと言えば、そうはならないでしょう」
「そうですわね。むしろ『何で自分ばっかり!』と拗らせてしまうのが目に浮かぶようですわね」
そうなれば、もう自分達の声など絶対に届かない。奉仕活動で年下の子供の面倒を見ることも多いアプリコットやレーナは、そういう子供の心の動きを、何度もその身で経験して知っていた。
「ふむ? ならそのリックとかいう奴が余計なことをする前に、さっさと片をつけてしまえばいいと言うことか?」
「そうですね。今回はスピード勝負でいきましょう!」
シフの言葉に頷くと、アプリコット達は聞き込みを切り上げ、早足で森の方へと向かっていた。そうして見つけた細道を進んで行くと、その先には周囲の木々を切り拓いて作ったと思われる空間に、ポツンと一軒の家が建っていた。
「薬師の方の家というから、てっきりお店のようになってるのかと思いましたけれど……普通の家ですわね?」
「ですね。とは言え他に家もないですし、呼んでみましょう! こんにちはー! 誰かいませんかー?」
大きな声で呼びかけながら、アプリコットが扉をノックする。もしここでリックが出てきたなら、今度は逃さず捕まえて両親と一緒に話を聞こうとアプリコットとシフが軽く身構えたが、幸か不幸かリックが姿を現すことはなく、家の中から返ってきたのは大人の男性の声だ。
「はーい! お待たせしました……って、ありゃ? 子供?」
開かれた扉の向こうに立っていたのは、三〇代後半くらいの、痩せ気味の男性だった。訪ねてきたのが見知らぬ子供だったことに、男はその目を丸くして驚きを露わにする。
「えっと、君達は?」
「初めまして! 私は巡礼の旅で村に立ち寄った、見習い聖女のアプリコットです!」
「私はレーナで、こちらはシフですわ!」
「よろしくな、おっちゃん!」
「見習い聖女…………」
元気に挨拶をしたアプリコット達に、その男性が微妙に表情を歪める。
「ひょっとして、うちの息子が何かしたのかい?」
「そのことで、ちょっとお話があるのですけれど」
「……わかったよ。立ち話も何だし、入ってくれ。お茶くらいは出すから」
「はい。お邪魔します」
きちんと挨拶をしてから、アプリコット達は家に入る。そうして四人掛けの長方形のテーブルに着くと、程なくしてお茶を手にしたイリアスがやってきて全員にカップを配り、自分もまた腰を下ろした。
「どうぞ、特製の薬草茶だよ」
「ありがとうございます! おお、何だか体に良さそうな雰囲気がありますね」
「何だか不思議な香りですわ」
「うえっ!? 草の味がするのだ!?」
「ははは、正直味は良くないよね。でも体の中がとても温まるんだ。夏場は内臓が疲れやすいから、暑いときでも温かい物を飲むのはいいんだよ」
「へぇ! 流石は薬師さん、物知りですわ!」
「筋肉に染み渡っていく気がします!」
「我は普通にママの方が好きなのだ」
「……それで、話というのは?」
筋肉だのママだのの発言を華麗にスルーし、イリアスが真面目な顔で問うてくる。そこでアプリコット達が今日あった出来事を説明していくと、イリアスは顔の前で両手を組み、俯きながら深いため息を吐いた。
「ハァー…………そうか、リックがそんなことを……すまなかったね」
「いえ、とりあえず何事も無くやり過ごしましたから。ただこのままにしておくのは、リック君に対しても良くないと思いまして」
「そうですわね。というか、何故リック君はそんなにも聖女がお嫌いなんでしょうか? この村にはずっと聖女様はいらっしゃらないということですから、そもそも嫌いになる理由がないと思うのですが……?」
もしこの村に聖女が常駐していたのなら、自分の親が聖女に仕事を奪われ続けるという状況を目の当たりにし、聖女を逆恨みすることもあるかも知れない。が、村長や村人の話を聞いても、この村には最低でも三〇年以上は聖女が常駐することはなかったようだ。
となると、そもそも聖女や教会関係者との接点そのものがほとんど無いことになる。なのに何故あそこまで……と問うレーナに、イリアスの表情がより一層険しさを増す。
「そう、だね。正直あまり話したくはないんだけど……黙っているわけにもいかないか。少し長くなるけど、聞いてくれるかい? 僕の家族の……そして僕の恥の話を」
苦み走った顔に少しだけ自嘲の笑みを浮かべると、そう言ってイリアスが自分の事を話し始めた。





